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五十三話「魔王、不純な友人関係を築く」

 三茅は岩井と小坂に対してあまりいい目を向けなかった。確かに、あの合宿で朱音とつるんで悪事を犯したのがいまだ尾を引いている。

「いいんですか、魔王様? こいつら信用して?」

 昼食を校舎に面した通路、窓からは影になる場所で食べながら、僕らはつどっていた。

 普段はあまりしゃべらない相手だっただけに、いつもより新鮮な気配。


「我輩はな、この者たちを取立ててやろうと思うのじゃ」

 二人ともすこし目をそらしていた。魔王の眼光がいい意味でも悪い意味でも強すぎるのだ。この単純さは、つくずく後ろめたい。

「我輩は先ほどのことは少しも気に病んではおらぬからな。あれがあったからこそ今の我々がある!」

 小坂は魔王のようにはなれない。魔王の気立の良さとか、表裏のなさは、心に影を負った人間にはあまりに重すぎるものだ。

「私、元はと言えば魔王についてあまりいい思いしてなかったし、今でも許してもらえてるかどうか不安でならない……」

「よいか」と一声、小坂の両肩をつかみ、

「我輩はあの時のことを忘れはせぬぞ。それはあのままではずっと苦い記憶のまま何も変わらぬ! それを栄光ある未来への第一歩に昇華させるのは貴様の行動にある!」

 どこまでも未来志向な魔王。

 それから別の方向をむき、

「岩井、お主も何か言えよ。せっかく小坂が勇気を出して我輩に進言してくれておるのじゃぞ」


「あんた、全然気にも止めてないな……」

 岩井は悩みつつ考えこむ。

 わりと長い思索の時間の後、あみだした答、

「カラオケ……とか?」

「はあ!? カラオケ? 私音痴なんですけど!?」

 びびる三茅。

「先ほど我輩が苦心した問題を平易やすやすと解いてみせたではないか。きっとその方面には巧なのであろう?」

 ちっとも岩井は安心しない。

「いや、あれはただ、解説を読んで――」


 だが魔王の眼は容赦なく輝いている。

「お主にはその才能がある! 必ずや我輩の片腕となってくれるであろうぞ!!」

 岩井は頭をかきむしり、途方にくれながら小坂の顔を見やる。小坂もまた岩井と同じ懸念につかれ、おどおどし始め。

「おい魔王、いくらなんでも高く買いかぶり過ぎじゃないか?」

 僕がこんな発言に至ったのは決して妬みによるものではなく、純粋に魔王を心配しての発言だった……と信じたい。

「こいつらは視た所」

「わ、私はどうしても恩返がしたいの!」

「……見返りを果たしたいからだろ?」

 率直な感想を言渡すと岩井がやけに顔をしかめている。――おい、そんな箇所で図星さらすんじゃねえぞ。俺だって好きで魔王を手伝ってやったわけじゃないんだ。でも魔王の体面を壊さないために、仕方ねえんだよ……!


「だが勇者、イエス・キリストも『不正にまみれた富で友人を作れ』と言うておるぞ」

 相不変人がいいのか目ざといのか区別しにくらい笑顔。

「どうせ誰だって完全に潔白な人間などありはせんのだからな」

 それで構わぬ、と言ってるみたいに。

 じっと横で聴いてた三茅は、ますます口をとがらせ。

「ねえ魔王様、私はこんな二人に魔王様のお近くに侍らせたくはありません」

 きっと魔王に一番古くから仕えている身なだけあって、新しい人間が入るのを歓迎しないのだ。

「この二人には」

 その背景からして、当然の発言。

 けど、いやだからこそ言いたくなる。

「……三茅、お前に言える口か? 元は魔王を捕まえるため、自分から近づいて行ったんだからな」

 この事実を指摘するのにほとんど緊張もしていなかったし、さしてためらいも。

「あなたなんかに言われたくない!」

 三茅はきっとなって起立たちあがる。

 頬を血みたいに赤くして、語気を荒げ。

「魔王様が来る前は私を助けてくれなかったくせに! そんな風にえらい口叩かせてたまるか!」

 そこまで激怒することだろうか。

「よせ、三茅」

 魔王は三茅の口をおさえ、その目に近づいて諭す。

「それは慢心じゃ。お主は自分自身を喪失みうしなっておるぞ」

 僕に脱然おもいきり怒りの形相をぶつけて。

「でも、勇者なんかに侮辱されました!」

「いずれ勇者は報いを受けるのだからな、今すぐ報復すべきでもあるまいに」

 ……こんな所で呪いの吐口にされる僕に同情してくれる奴が今いないとはな。

 これほどの屈辱を受けるのは久々……でもないか。

 魔王の僕に対する表情は演技とは思えない位冷たい。まるで前世が相殺ころしあいにふけった魔王だとしてもおかしくないほど。

 

「……というわけでだな、岩井と小坂、我輩をよろしく頼む」

 笑顔で二人を安心させるのだから。やはり魔王は僕らが推量するより遥かに複雑な思考に満ちた人物だと痛感せざるを得なかった。三茅はただ、魔王がまるで高嶺の花と化したかのような眼で、うつろに三人の様子に見入っていた。



 そして自宅。

 僕はこの角ばった、赤茶けた石を机の上に置き、その時を待った。

 そして、数秒後、光を放って例の女の姿が虚空に描き出される。

「……なんであの時、私の応答に出てくれなかったわけ?」

 エリアーデの顔は、思いきりむすっとしている。

「授業があったんですよ、数学の!」

「数学? ……それは、魔法陣の角度とか研究するわけ?」

 あまりの無知に、僕は卒倒してしまう。

「あーあ、本当にあなたたちは肝が小さいんだから! もっと男気ちなさいよ!」

 エリアーデは僕が浮足だったものと誤解して、叱りつける。

「違います……本当にあなたとの世界とは何もかも違うんです……常識が……」

 まるで上言うわごとみたいに。

「あなたは私たちの世界に関わってしまった以上このままってわけには行かないのよ。第一、私たちの世界でもこの事態について知ってる人は数少ない……」

 僕は恐る恐る上体を起こし、再び机よりうえに立上がって映像を眺める。

 エリアーデはさっきより、憂いや葛藤を含む、ずっと複雑な表情。

「僕に、何をやれって言うんですか?」

「そのままの生活を送ってるみたいに装いなさい。何か隠してると感じさせてはいけない」

「でもいつか、ロデリックとかに襲われるとも不限」

 エリアーデはやや間を置いてから、こう。


「だから、よ。私がみっちり自己防衛の技術を教えてあげるのよ」


「……自己防衛」

 それまでどこか遠い場所のお話にしか思えなかった『世界の危機』が急に身近で、深刻な響を帯びてくる。

 僕は真実を知るもので、だからこそ狙われる。殺されそうになる。それを防ぐには自分が強くなるしかない。

「具体的に、何をするんですか?」

「体使って戦う護身術もある。それから魔法の特訓も、ね」

「魔法って、僕みたいなこの世界の人間も使えるのですか?」

「魔法はね、道具を使う魔法と精霊を媒介して使う魔法の二種類があるの。まあ、あなたみたいに何も知らない人間なら、まず道具を使う魔法が一番やりやすいわけだけど」


 自分でもいぶかるくらい、その状況を自然に受入れることができた。

 僕はどうせ、この事態に大きく関わる存在であるはずがないんだからな。


「お願いします。魔法をお教えください」


 そして、エリアーデとの特訓が始まった。

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