五十四話「今あかされる魔王の過去」
エリアーデがソファに深々と座ってコーヒーをすすっている。何度観てもなれないこの光景。
いかんせん僕のサイズに合うくらいの大きさだから、頭数個分も高い彼女にはどうしても窮屈。少しでも生地に尻を押付けないとずり落ちてしまう。
エリアーデの世界にもコーヒーなんてあるのだろうか……そんな疑問を浮かべつつも、決して心穏やかにいないであろう彼女にそんな気軽な質問は憚られた。
「この世界に、一体何が起きているんですか……?」
「あなた、マギア・ユスティシアが何か企んでいる気配をうかがわなかった?」
「全然。それより文化祭で音楽部の力を借りようとしてるみたいですよ」
どうやら、エリアーデは魔王が結局馬鹿なままでいることを察したらしく、会話を本筋に。
「……私たちが二つの世界がなぜか繋がっていることに気づいたのは今から数年前だった」
急に深刻な表情になったので、僕の方でも気分を刷新めざるを得なかった。
「私たちの世界とあなたたちの世界は本来交わるはずがなかった。普通なら私が君の目の前にいることもありえない。でもある時、時空が重なりあっていることが魔術師たちの報告で判明したの」
「時空が重なりあっている……?」
また僕は頭が破裂しそうな錯覚にとらわれる。
「この宇宙にはいくつもの世界がある、という話は可能性として知られていた。けれど、実際に別の世界に渡れるなんてどんな魔法を使っても不可能なことよ。それが不可能じゃない現在は、おかしい」
「エリアーデさんたちは、魔法を使ってこの世界に……?」
「私たちの世界では、魔法を使って瞬間移動するのはそう珍しくないわ。こっちじゃどうか知らないけど」
こっちは科学の世界だからな……。訊きたい質問は山ほど、けれど時間は限られている。
「で、二つの世界を往来できる原因は分かってないんですね?」
「ええ。そして間違なく、これは良いことじゃない」
エリアーデの口調がどんどん低く、怖れを含みだす。
「おかしいのは、最初は世界を移るのにかなり高度な魔法を駆使して長い時間をかける必要があったのよ。でも、それが時間が経つごとに、いききが容易になってきてる。これは尋常な状態じゃない。このままいくと……」
数秒おいて、
「世界の衝突。そして崩壊」
胸がさしつらぬかれる衝撃。
「大勢の人が死ぬでしょうね……物質的な空間が合成されることで、空間に空虚な部分がなくなるわけだから」
僕は慌てて、
「ど、どうすれば解決できるんですか!?」
「それをマギア・ユスティシアに求めているのよ!」
エリアーデはカップを投捨て、叫ぶ。
「勇者様はこの間ずっと私たちの前に姿を隠しているの。もうすぐご報告があってもおかしくないのに。不安でならないの」
いつも以上の焦燥感に、目が血走っていた。
「けど明らかなのはマギアが世界の危機を秘策を有しているってこと。だから何とか魔王を尋問してそれを勇者様の許可なくやっていいはずもない」
エリアーデはマギアという音を、学校の連中とは比較にならないくらい重みをもって発音している。同一人物と疑うほどに。
とてもあいつが何か秘密を持ってるとは思えないが。
「結局、勇者様とやらを待つしかないというわけですね」
「だから、魔王と接しているあなたにでもあなたも何も知らない様子だしね、あーあ!」
何という八方塞がり。僕は
エリアーデは一気に胸を張って、そのままソファの下へひきずり倒された。床の上で腕を伸ばしつつ、
「そういうわけで、あなたには世界の救出に協力してもらうのよ」
僕の家にはアレクサンデルが常駐することになった。いつロデリックが襲ってきてもいいように。
そして、魔法の鍛錬を、例の金髪の女と始めたのだった。
◇
「どうじゃ、勇者? 我輩の声は。前よりも美しくなったかの?」
「え? さあ……」
「音楽部の面々に売り込んでやるのじゃ!」
「だから無理だって……」
すると三茅が僕の腕をつかんで詰寄る。
「勇者がつべこべ言うんじゃない。私たちと魔王様と特訓を積んだんだから!」
僕は三茅の言葉に耳を貸すのも嫌で、ずっと目をそむけている。
「よう、咲!」
「あ、魔王、久しぶり……」
咲は意外と小声で、おどおどしてるみたい。
「すまぬな、最近話せてなくて」
魔王は咲に、興味津々な顔つき。
「うん、私も大会が近くて、部活が忙しいんだ」
「大会か、練習の様子は如何様じゃ?」
しかし、咲の顔が明るくなり、具体的な内容を話しだそうとした時。
「ちょっと聴けよ、なあ!」
吉田が後ろからぽんと叩く魔王の肩。
「近所にいいラーメン屋見つけてきたんだよ。放課後にでも行かないか」
「すぐには行かぬ。」
「なるほど……なら、文化祭の打上はその店で決定じゃな!」
いつの間にか、魔王が文化祭で歌うのは既定の事実と化している。
三茅も小坂も歓声をあげた。
遠ざかっていく魔王たち。取残されるのは、咲と勇者。
僕は、吉田に毒づいた。
「あの野郎、魔王との会話を勝手に寸断しやがって」
「別にいいよ。魔王も色んな予定がつまってるみたいだし、いちいち雑談に応じる暇なんてないもんね……」
平気なふりをよそおいながら、語気には寂寥感。
「私、魔王を一人の友達だと思ってたの」
咲は、そう元気がある様子には見えない。
「友達だと思ってたから、魔王とかいう設定も自然に受入れられたし、一緒に遊ぶこともできた。それはうれしいんだけど……何かが違う」
「私、何だか魔王が遠くに行っちゃったみたいで」
咲の声の妙な歪みに、羨ましさが潜んでいるようだ。
魔王はもしかしたら、彼らの隣にはいないのかもしれない。
はあ、とため息をつきながら廊下を歩いていると、恵からの電話が来た。
「魔王様が文化祭でライブ開くって本当?」
単刀直入に訊かれたので、数秒はまごついた。
「え、ひょっとして魔王から電話もらったのか?」
あいつ……まさか家族に対しても広言してないだろうな。
「うん。絶対やって見せるといきなり誓ってきたの」
「誓わなくていいから……」 良心。
けど恵は驚くほど無邪気に、こう誘いかける。
「ねえ、もし魔王が私も連れてってくれる?」
そうきたか。僕はううむ、とうめいてから、何とか当障のない表現を見つけようとする。
たとえどうであれ、恵の心をこれ以上傷つけたくはない……。
「……もちろんだよ。断るわけないじゃないか」
僕は、迷った挙句そう答えた。別に、魔王の歌が聴きたいわけじゃ全然ないんだから。
ただ、できる限は恵の側にいたい……。
「ありがとう、翔吾くん」
「今の声は?」
「ああ、友達ですよ」
と言いながら側面を向くと朱音の先輩、北野春風。




