第4話 ポーションってどう作るの?
第4話|ポーションってどう作るの?
朝。
シロネは家の隅に座り込み、昨日調べたことを頭の中でもう一度整理していた。
ここは、前世で遊んでいたゲームとほぼ同じ世界。
現在は魔歴1230年。ゲーム本編が始まる魔歴1240年より、まだ十年も早い。
知っていることは使う。知らないことは確かめる。そして、家族とこの村を守れるくらいには強くなる。
そのために、まず欲しいものがある。
シロネ:(《鑑定》)
ゲームでは当たり前のように使っていた情報系スキル。
自分の職業やスキル、アイテムや魔物の情報まで確認できる。もちろんレベルが低ければ見られる情報も少ないが、それでも、何も分からないまま手探りで進むよりずっといい。
シロネ:(この世界も同じなら、取得方法は分かってる)
必要なのは、基本職《調合師》の解放。
ゲームでは《調合師》を解放すると、初期スキルとして《鑑定》を取得できた。
シロネ:(職業の切り替えも自分の意思でできる)
そこで突然、シロネの脳内に妙に元気な声が響く。
シロネ脳内放送:『この世界の職業は、自分の意思で自由に切り替え可能! わざわざ転職神殿まで行く必要はないのだ!』
シロネ:「……」
自分で考えておいて、ちょっとうるさかった。
ともかく、《調合師》の解放条件は覚えている。
**低級ポーションを一つ作ること。**
シロネ:「よし」
さっそく材料を集める。
必要なのは薬草と水。どちらも珍しいものではない。薬草を数枚、水を入れた器を用意して、シロネは床に並べた。
シロネ:(ゲームだと、薬草と水を選択して――)
頭の中に、昔の画面が蘇る。
材料を選択。
調合。
**ポンッ!**
完成。
シロネ:「…………」
目の前には薬草と水。
シロネ:(……で?)
現実には「調合」のボタンなんてない。
シロネは薬草を一枚つまみ上げる。
シロネ:「水に入れる……?」
ぽちゃん。
薬草が水面に浮かんだ。
じーっ。
シロネ:「…………」
何も起きない。
シロネ:(待てばいい?)
しばらく待つ。
やっぱり何も起きない。
シロネ:「…………違う」
薬草を取り出し、今度は別の器へ。
シロネ:(混ぜる?)
水に薬草を入れ、棒でぐるぐるとかき回す。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
シロネ:「…………」
ただ薬草が回っている。
シロネ:「ん~……」
耳がぺたりと倒れる。
前世では調合なんて何百回、何千回とやった。どの素材から何が作れるか、効率のいい熟練度上げまで覚えている。
でも――。
シロネ:(作り方そのものなんて知らない)
ゲームではボタン一つだったのだ。
シロネ:(薬草と水なのは間違いない。低級ポーションのレシピなんて忘れるわけないし)
もう一度混ぜる。
ぐるぐるぐるぐる。
変化なし。
シロネ:「むぅ……」
リナ:「シロネ?」
後ろから声をかけられ、シロネの耳がぴくっと動いた。
振り返ると、母のリナが不思議そうにこちらを見ていた。
リナ:「さっきから何してるの?」
シロネ:「ポーション作ってる」
リナ:「ポーション?」
リナが床を見る。
水の入った器。散らばった薬草。水に浸かった薬草。混ぜられ続けて少ししおれた薬草。
リナ:「……それで?」
シロネ:「できない」
リナ:「そうなの?」
シロネ:「薬草を水に入れてもダメ。混ぜてもダメだった」
リナは少し考えてから、薬草を一枚手に取った。
リナ:「薬草なら、すり潰すんじゃない?」
シロネ:「なっ!」
耳と尻尾が同時に跳ねた。
リナ:「え?」
シロネは薬草と水を交互に見る。
シロネ:(そうか!)
薬草をそのまま水に浮かべていたって、ほとんど何も出てこない。
シロネ:(すり潰して、水に薬草の成分を溶かす……!)
ゲームでは省略されていた工程。
材料の組み合わせは知っている。完成品も知っている。でも、その間にある現実の作業をまるごと知らなかった。
シロネ:「盲点でした」
リナ:「……そう?」
リナには何が盲点なのか分からない。
シロネはさっそく薬草をすり潰し始める。
ゴリゴリ、ゴリゴリ。
細かくなった薬草を水へ入れて混ぜる。さっきとは違い、水に薬草の色が広がっていく。
シロネ:「おぉ……」
耳が立つ。
量を変える。混ぜる。濃すぎたものには水を足す。
何度か失敗しながら試していくと――。
ふわっ。
器の中の液体が、一瞬だけ淡く光った。
シロネ:「!」
見覚えのある色。
ゲームで何度も見た、最下級の回復アイテム。
シロネ:「できた……!」
続けて同じ手順で作っていく。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
床には五つの器に入った低級ポーションが並んだ。
その瞬間――シロネの中に、今までなかった感覚が生まれる。
**《調合師》が解放されました。**
シロネの目が見開かれる。
そして続けて――。
**スキル《鑑定》を取得しました。**
一拍。
シロネ:「……やったぜ」
尻尾が、ぶんっ! と大きく揺れた。
シロネ:(本当に取れた!)
ゲームと同じ条件が通用した。
これは大きい。
すべてがゲームどおりだとは考えない。すでにポーション作りだけでも違いを経験した。
それでも、知識を試して、使えるものと使えないものを確認できる。
何より――。
シロネ:「まずは自分」
覚えたばかりの感覚を意識する。
シロネ:「《鑑定》」
目の前に情報が浮かび上がった。
**――――――――――**
**名前:シロネ**
**種族:■■族**
**職業:《村人》Lv.2**
**解放職業:《調合師》Lv.1**
**スキル:《隠密》Lv.1/《俊足》Lv.1/《幻惑》Lv.1/《鑑定》Lv.1**
**――――――――――**
シロネ:「おぉ……!」
目が輝く。
シロネ:(これこれ……!)
自分が何を持っているのか。どこまで育っているのか。それを感覚ではなく、情報として確認できる。
シロネ:(《鑑定》ありがたい……)
しみじみと眺めて――。
シロネ:「……ん?」
視線が一か所で止まる。
**種族:■■族**
シロネ:「…………」
自分の耳を触る。
次に尻尾を見る。
シロネ:(猫族……じゃないの?)
もう一度《鑑定》。
**種族:■■族**
変わらない。
シロネ:「なんでそこだけ隠すの……」
《鑑定》そのものがLv.1だからなのか。それとも別の理由があるのか。
現状では判断できない。
シロネ:(まあ、見えないもの考えても仕方ないか)
分からないなら後回し。
それより、使える情報はもうある。
《村人》Lv.2。
《調合師》Lv.1。
現在のスキルと、それぞれのレベル。
シロネの口元がわずかに上がる。
シロネ:(これなら育成効率を――)
次に何を上げるべきか。
どの職業を解放するべきか。
どの順番なら最短で強くなれるか。
頭の中で次々と育成ルートが組み上がっていく。
シロネ:「よし! 次は――」
リナ:「ちょっと待ちなさい!!」
シロネ:「なっ!? な、なに?」
びくっ!
耳と尻尾が一斉に逆立つ。
振り返る。
リナが笑顔で立っていた。
ただし――目が笑っていない。
リナ:「シロネ」
シロネ:「……はい」
リナ:「これは?」
リナが指差す。
床一面。
使った薬草。
使わなかった薬草。
すり潰した葉っぱ。
水。
棒。
器。
こぼれた緑色の液体。
夢中になっていたせいで、作業場はぐちゃぐちゃになっていた。
シロネ:「…………」
リナ:「片付けるわよね?」
シロネ:「……はい」
耳がぺたんと倒れた。
こうして、シロネの次なる育成計画は一時中断。
散らばった薬草を集め、濡れた床を拭いていく。
その途中、シロネは完成した低級ポーションを見る。
シロネ:(そういえば、ちゃんと効果あるのかな)
《調合師》が解放された以上、成功しているはず。
それでも現実で作った初めてのポーションだ。
シロネは一つ手に取る。
シロネ:「飲んでみよ」
リナ:「変なものじゃないでしょうね?」
シロネ:「ポーションだから大丈夫」
ぐびっ。
シロネ:「…………」
動きが止まる。
耳がゆっくり倒れる。
尻尾も床へ落ちる。
リナ:「どう?」
シロネ:「……まずいぃ」
苦い。
とにかく苦い。
薬草を濃縮して、そのまま口いっぱいに押し込まれたような味。
シロネ:「にがぁ……」
涙目になりながら飲み込む。
シロネ:(回復薬なのに……逆にダメージくらってる気分……)
残り四つ。
シロネは並んだポーションを見る。
さっきまで宝物に見えていた緑色の液体が、急に強敵に見えてきた。
その横で、ミアが興味津々に片付けを眺めている。
リナ:「ミアも遊んだら、ちゃんと片付けるのよ。お姉ちゃんみたいに出しっぱなしはダメよ」
ミア:「はーい!」
シロネ:「…………」
反論できない。
ミアは元気よく頷き、シロネを見る。
ミア:「お姉ちゃん、ちらかしやさん?」
シロネ:「なっ!?」
リナ:「ふふっ」
シロネ:「……むぅ」
シロネは黙って床を拭く。
《調合師》を解放した。
《鑑定》も手に入れた。
自分の状態も確認できた。
成果は上々。
ただし――。
シロネ:(次からは、片付けまで含めて効率化しよう……)
五歳のシロネは、今日ひとつ賢くなった。
第4話 終
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