第6話 「正しいこと」ではなく「できること」 一
ラーデ村へ向かうのは、三度目だった。
今回は、ガルドだけではなく、教会から交換用の魔石を預かったセレネも同行している。
馬車を降りると、村長が駆け寄ってきた。
「アルヴァン様、お待ちしておりました」
「ああ。今日は井戸の魔石を交換する」
「ありがとうございます」
村長は深々と頭を下げた。
その後ろでは、何人かの村人がこちらを見ている。
前回とは少し違う。
領主が自分たちのために魔石を用意した。
そのことが、すでに村中へ伝わっているらしい。
「井戸へ案内してくれ」
「はい」
村長の後について歩く。
井戸は村の中央に近い場所にあった。
周囲には人が集まっている。
セレネが古い魔石を取り外し、新しいものへ交換していく。作業そのものは、思ったより早かった。
「これで大丈夫です。浄水術式は正常に動作しています」
セレネが術式を起動する。
井戸の周囲に淡い光が走った。
以前よりも、光が安定している。
「水を確認します」
セレネが桶を下ろし、水を汲み上げる。
透明な水だった。
「問題ありません」
「そうか」
アルヴァンは頷いた。
これで、ひとまず終わりだ。少なくとも、古くなった魔石を使い続ける必要はなくなった。
「ありがとうございました」
村長が頭を下げる。
「いや」
アルヴァンは井戸を見る。
「少し話をしたい」
「はい」
「井戸のことは、とりあえず問題ない」
アルヴァンがそう言うと、村長は頷いた。
「はい。水も安定しております」
「だが、村の水の問題が、それだけで終わったとは思っていない」
「……と、言いますと?」
「浄水装置を作動させても、今のままでは家畜のふん尿や汚水が井戸に染み込んでしまう。それでは浄化魔石もまたすぐに限界を迎えるだろう」
「人間だって魔石だって、頑張りすぎたら疲れちゃうよね!」
周囲から声が上がった。
目を向けると子供がニカッと笑っている。そばに立つ母親が、子供の頭を押さえながら申し訳なさそうにこちらにお辞儀した。
アルヴァンは子供の方を向いて話す。
「そうだ。魔石だって働かせすぎたらすぐに疲れてしまう。だから、頑張りすぎなくても良いように楽させてあげなきゃな」
腑に落ちたのか、村人たちにも頷く反応がチラホラ見えた。
「魔石を長持ちさせる為にも、この村の水の使い方を、少し変えたい」
「水の使い方、ですか?」
「ああ」
アルヴァンは中央井戸へ目を向けた。
「水を綺麗にするだけじゃない。水が汚れないようにする」
村長が黙って聞いている。
「まず、井戸の周囲の排水を整えたい」
「排水ですか」
「雨が降ったとき、井戸の周りに水が溜まらないようにする」
「それなら、できるかもしれません」
「それから、家畜小屋を井戸から離したい」
村人の間から、小さなどよめきが起こった。
「家畜を、ですか?」
「ああ」
「待ってくだせえ!」
一人の男が言葉を選ぶように口を開いた。
「家畜は、あそこから動かせません」
「なぜだ?」
「魔物が出ます」
アルヴァンは黙った。
男は続けた。
「村の外に家畜を置いておけば、襲われます。だから夜は全部、柵の内側へ入れるんです」
「だから家畜小屋もこの場所に?」
「はい。水だって飲ませねえとなりません」
アルヴァンは村を見渡した。
柵。
門。
その内側に家々が並び、その近くに家畜を収める場所がある。
今まで見ていた。
だが、意味を考えてはいなかった。
「……そういうことか」
村長が尋ねる。
「何か?」
「いや」
アルヴァンは首を振った。
「家畜を井戸から離せと言うのは簡単だ。でも、村の外へ出せばいいという話ではないんだな」
「はい」
「魔物から守らなければならない」
「その通りです」
アルヴァンは少し黙った。
衛生だけを見れば、家畜は水源から遠ざけた方がいい。
だが、この村には別の問題がある。
魔物だ。
家畜は食料であり、財産でもある。
それを夜の村外へ置くという選択肢はない。
アルヴァンは井戸を見た。
「家畜を守ることは必要だ。そこは変えない。その上で、井戸を汚さない方法を考える」
村人たちが静かになる。
「勝手に決めるつもりはない。実際の暮らしを見てから考える」
村人たちの緊張が少しだけ解けた。
「便所も同じだ」
アルヴァンは村長へ向き直った。
「井戸から離したい」
「便所も……。ですが、遠くへ移すとなると、夜に困ります」
「そうだな」
また同じ問題だった。
衛生だけを考えれば、井戸から遠ざければいい。
だが、村で暮らす人間にとっては、距離にも意味がある。
夜に外へ出る。雨の日に歩く。冬の夜に雪の中を進む。
魔物の存在もある。
「もちろん防衛柵の内側でいい。使い勝手もあるだろう。その上で、井戸から少しでも離したい」
「でしたら、場所を探せます」
「ただし、雨が降ったときに井戸へ流れ込まない場所を選ぶ」
「分かりました」
村長が頷いた。
便所については対策可能、と。
アルヴァンは少し考える。
前世なら、衛生上の原則を示せばいい。
だが、ここは前世の世界ではない。
この世界には魔物がいる。
人間が暮らす場所そのものが、魔物から身を守るために作られている。
だから、衛生だけを理由に暮らしを変えることはできない。
守るべきものを守りながら、別の問題を減らす。
その方法を考える必要がある。




