第4話 魔石を採る者
領都へ戻った翌日、アルヴァンは朝一番に教会を訪れていた。ラーデ村の井戸に使われている浄水用魔石を交換するためだ。
教会の奥にある応接室は、外の冷気が嘘のように暖かかった。壁際には小さな暖炉があり、その横では魔石灯が静かに光っている。
アルヴァンの向かいには、五十代ほどの司祭が座っていた。
「アルヴァン・レイス子爵様。お待ちしておりました」
「急な話ですまない」
「セレネから事情は伺っております。ラーデ村の浄水用魔石についてですね」
「ああ。できれば早急に交換したい」
「承知しております」
司祭は机の上に小さな帳面を置いた。
「現在使用されているものは、伺った状況から交換時期を過ぎていると判断できます。ただ、完全に機能を失っているわけではありません」
「だから村では、そのまま使っていたわけか」
「おそらくは」
アルヴァンは頷いた。
「交換用の魔石は、いつ用意できる?」
「明日の午後にはご用意できるかと」
「費用は?」
「ご喜捨として、これだけいただいております」
司祭が金額を告げた。金貨一枚。
安くはない。だが、村の規模を考えれば、払えないほどではない。
「今回は子爵家で負担する」
「ありがとうございます」
「一つ確認したい。この浄水用魔石は、普通の魔石とは違うんだな?」
「はい」
司祭は頷いた。
「魔物から採取した魔石を、そのまま使うことはできません」
「加工が必要ということか。」
「まず魔力の性質を整えます。個体によって出力も性質も異なりますから。その後に聖別を行います」
「聖別?」
司祭の口調が少し慎重になる。
「浄水術式に適合するよう調整したうえで、教会の術式による聖別を行います。浄水という用途は、人の口に入る水を扱いますので、品質については特に厳しくしております」
「なるほど」
アルヴァンは納得した。
昨日までなら「魔石を交換すればいい」としか考えていなかった。
だが、実際には、魔物から採る。加工する。術式に適合させる。聖別する。
そこまでして、ようやく浄水設備に使える。
「この聖別は、どこの教会でもできるのか?」
「いえ、実際には教会が認めた工房で行います」
「領都には?」
「加工を行う工房はございます。しかし、浄水用魔石の最終工程については、王都の工房で行います」
「そうか」
アルヴァンは席を立った。
「分かった。交換用の魔石については任せる」
「承知しました」
教会を出る。外へ出たところで、隣を歩いていたガルドに声をかけた。
「ガルド」
「はい」
「魔石について、少し教えてくれ」
「どのあたりを?」
「領内の流通だ」
ガルドは頷いた。
「承知しました」
「教会の話では、浄水用魔石の最終工程は王都へ送るらしいな」
「その通りです」
「領都ではできないのか?」
「領都では聖別ができません。こればかりは、教会が指定する工房から仕入れるしかありません」
アルヴァンは黙って歩いた。
それなら、王都から仕入れること自体は不自然ではない。
加工には設備が必要。聖別には特殊な技術が必要。品質保証もある。
遠方から運ぶ分の費用まで含めて、それで成り立っている。
現代でも似たようなことはいくらでもあった。
原材料を生産する場所と、高度な加工を行う場所が同じとは限らない。むしろ、技術や設備が集積している場所へ原料を運ぶ方が効率的な場合もある。
「……なるほどな」
「何か?」
「いや。王都から買っている理由は分かった」
「はい」
「では、ラーデ村の近くで採れた魔石はどうなる?」
「まずは領都へ集めるでしょうな」
「その先は?」
「商人を通じて、殆どを王都へ出荷いたします」
「領都にも加工業者はいるのだろう?」
「多少は扱いもあるでしょうが、規模が違いすぎます」
アルヴァンは頷いた。
そこで初めて、別の疑問が生まれた。
「その魔石を採っているのは?」
「冒険者です」
聞いたことはある。
だが、まだ実際に見たことはなかった。
「領軍も魔物を狩るだろう?それでも冒険者が必要なのか?」
「必要です」
ガルドは即答した。
「領軍の役目は領地の防衛です。街道や集落の周辺に出た魔物への対処はしますが、魔物領域の奥まで継続して入るような仕事は、冒険者に任せることが多いです」
「なるほど」
「それに、魔物だけが仕事ではありません。護衛、探索、採取、人探しなどもあります」
「便利屋だな」
「言い方はともかく、そういう面はあります」
ガルドが苦笑した。
「依頼を受けて、その都度必要な場所へ動ける。そこが彼らの強みです」
アルヴァンは考えた。
領軍は組織として動く。
冒険者は個別の依頼に応じて動く。
同じ「魔物を狩る」という仕事でも、役割が違うらしい。
「一度、冒険者ギルドを見てみたい」
「わかりました、案内しましょう」
*
冒険者ギルドは、南門に近い大通り沿いにあった。
大きな建物ではない。しかし、人の出入りは多い。
受付には依頼書を持った者が並び、壁には様々な紙が貼られている。
魔物討伐。街道護衛。薬草採取。荷運び。探索。依頼の内容は思っていたより幅広い。
「ここで依頼を受けるんだな。魔石も?」
「討伐で得た魔石は、ここで買い取ってもらうことが多いです。中には業者と直接取引きする者もおるでしょうが」
「買い取り価格は誰が決める?」
「品質を見て、ギルドが査定します」
アルヴァンは掲示板へ目を向けた。
そのときだった。
「子爵様?」
背後から声がした。
振り返る。
三十代半ばほどの男が立っていた。
厚手の外套を着て、腰に剣を佩いている。背中には弓。
肩から下げた革袋から、青白い光が漏れていた。
男は軽く頭を下げた。
「ローディン・クロウです」
ガルドが反応した。
「ローディン殿か」
「代官殿もご一緒でしたか」
「最近はどこへ?」
「西の山です」
ローディンは革袋を軽く叩いた。
「街道近くまで魔物が下りてきていましたので、片付けてきました」
「それは魔石か?」
「ええ」
袋の口を少し開く。
中には大小様々な魔石が入っていた。色も形も揃っていない。
アルヴァンは一つを見た。
「これが採ったばかりのもの?」
「そうです」
「このままでは浄水には使えないんだな」
「浄水?」
ローディンが意外そうな顔をする。
「魔石は魔石でしょう。そんな使い方もあるんですか?」
「……あるらしい」
アルヴァンは苦笑した。
考えてみれば、冒険者に浄水術式の話をしても仕方がない。
彼らに必要なのは、魔石がいくらで売れるかだ。
「この魔石は、どこへ持っていく?」
「ギルドで買い取ってもらいます」
「その後は?」
「商人が持っていくでしょう」
ローディンは肩をすくめた。
「俺たちはそこまで気にしません。依頼をこなして、魔石を売る。それで次の仕事を探すだけです」
実に分かりやすい。
彼らにとっては、それが仕事なのだ。
「魔物を狩る依頼は多いのか?」
「この辺りでは多いですね、魔物領域が近いですから」
ローディンが頷く。
「街道に出てくる奴は特に危険です。村の近くまで下りてくることもありますから」
「その場合は?」
「討伐です」
「領軍では?」
「大物なら領軍も出ます。でも、小さな群れまで全部兵士を出していたら、いくら兵がいても足りません」
なるほど、ガルドの説明と一致する。
「魔石目当てで魔物を狩ることもあるのか?」
「もちろん。魔石が高く売れる魔物なら、狙います。多くがそれで生計を立ててますから。それに魔物の素材もですね」
「危険では?」
「危険だから高いんですよ」
ローディンはそう答え、笑った。
「ただ、街道近くの魔物なら、報酬が低くても討伐します。放っておけば人が死にますから」
アルヴァンは黙って聞いていた。
魔物を倒す。人の安全を守る。魔石を得る。それを売る。
そこには、いくつもの目的が重なっている。
「ローディン、今日はありがとう」
「いえ」
ローディンが頭を下げる。
「また何かあれば、ギルドへどうぞ」
アルヴァンはギルドを出た。
*
領主館への帰り道、アルヴァンは街の様子を眺めていた。
「どうでしたか?」
ガルドが尋ねる。
「面白かった」
「冒険者がですか?」
「いや。全部だ」
魔物、魔石、冒険者、加工業者、教会。
それぞれは別々の仕事をしている。
だが、一本の流れになっている。
魔物がいる。冒険者が狩る。魔石が採れる。商人が運ぶ。職人が加工する。教会が聖別する。そして、村が買う。
どこか一つだけを変えれば済む話ではない。
アルヴァンは小さく息を吐いた。
「まずはラーデ村だ」
「はい」
「明日、交換用の魔石が届いたら、すぐに持っていく」
「承知しました」
ラーデ村の井戸を直す。今はそれだけでいい。
ただ。
自分の領地で何が採れ、誰がそれを扱い、どこへ運ばれ、どのように人々の暮らしへ戻ってくるのか。
それくらいは、領主として知っておきたい。
アルヴァンはそう思いながら、街の景色を眺めていた。




