第28話 山裾の攻防
翌日。
ラウルたちは、集落の北へ進んでいた。
集落の周囲と街道沿いについては、ここ数日の討伐でひとまず落ち着いている。目立った襲撃もなくなった。
街道を行き交う者たちも、以前と同じように動けるようになっていた。
もちろん、魔物そのものが消えたわけではない。
だからこそ、ラウルは今のうちに山側へ手を伸ばすことにした。
「この先から山裾です」
先頭の兵が振り返る。
ラウルは頷いた。
「深追いはするなよ」
「はい」
「見つけたものを減らす。それだけでいい」
全兵力を使うわけにはいかない。
長く領都を空けることもできないし、山の中で大きな戦いになれば、こちらが不利になる。
それでも、手を付けられる場所はある。
集落へ近い山裾なら、地形をある程度把握できる。足跡や糞、折れた枝などを追えば、魔物が行き来している場所も見つかる。そこを少しずつ削る。
それが今回の役目だった。
「前方に痕跡があります」
兵士がしゃがみ込んだ。
土に残った跡を確認する。
「新しいな」
ラウルが近づく。
足跡は山の斜面へ続いている。
「二組に分かれる」
兵士たちがラウルに注目する。
「大きく回り込む必要はない。左右から少し入って、こちらへ追い出す」
「了解」
それぞれが動いた。
やがて、木々の奥で枝の折れる音がした。
「来ます!」
声が響く。
ラウルは剣を抜いた。
茂みから魔物が飛び出してくる。
一匹。続いて、もう一匹。
「構え!」
木が邪魔で弓は使えない。前衛が盾を上げる。
魔物が突っ込んできた。盾で受け止め、勢いを殺す。
横から槍が入った。
剣が振り下ろされる。
一匹が倒れる。
もう一匹が向きを変えた。
「逃がすな!」
兵士が回り込み、退路を塞ぐ。
短い攻防の末、二匹目も倒れた。
「周囲を確認」
ラウルが命じる。
兵士たちが散ってゆく。
少しして、別の場所から声が上がった。
「こちらにもいます!」
さらに一匹。その後ろにも気配がある。数は多くない。
一匹ずつ処理していけば時間はかかる。それでもラウルは急がなかった。
「無理に追うな。こちらへ出てきたものをやれ!」
魔物の方へ深入りすれば、今度は兵の方が危険になる。山の中では、それだけは避けなければならない。
しばらくして、周囲が静かになった。
「これで三匹」
その後、同じ事を四度繰り返した。
「他にも痕跡があります」
「追わなくていい」
ラウルは即答した。
「兵の数に見合わない」
今いる兵だけで山の奥まで入ることはできない。ここで無理をしても、次の見回りができなくなる。
「今日はこの辺りまでだ」
ラウルは斜面を見上げた。
木々の奥。その先には、まだ広い山が続いている。
*
その日の夕方。
ラウルは集落の者に部屋を借り、記録をまとめていた。
討伐数。確認した場所。見つかった痕跡。
そして、ひとつ気になることがあった。
「隊長、どうしました?」
副官が記録を覗き込む。
討伐した魔物のうち、一匹の状態が少しおかしかった。外傷を受ける前から動きが鈍く、逃げようとする様子も薄かった。
病気なのか、それとも別の理由なのか。ラウルには判断できない。
「何か理由があるんでしょうか」
ラウルは少し考えた。
「分からん」
断定できるだけの材料はない。
「一応書いておくか」
今ここで原因を探ることはできない。調べるための人間もいない。
だから、記録だけを残す。
それから二日間、領軍は山裾で何度か短い討伐を行った。
大きく踏み込むことはしない。見つけた魔物を倒し、痕跡を確認し、危険が大きければ引く。
それでも、積み重ねれば数は減る。集落に近い山裾では、魔物の姿をほとんど見なくなった場所も出てきた。
一方で、少し奥へ入れば足跡はまだ続いている。山の異常そのものが消えたわけではない。
ただ、人の暮らす場所に近いところから少しずつ遠ざける。
ラウルは、それを繰り返した。
*
数日後、領主館。
アルヴァンはエリオットから報告書を受け取った。
「ラウル隊長からです」
「山裾での討伐を継続。集落に近い範囲では、魔物の確認数が減少……か」
「はい」
エリオットが続ける。
「ただし、山の奥については未確認の範囲が広く、現在の兵力では調査も掃討も困難とのことです」
もともと山全体をどうにかできるとは考えていない。生活圏に近いところから圧力をかけられれば、それで十分だろう。
アルヴァンは備考欄を見る。
「一部の魔物に状態の不自然なものがあった、か」
「原因は分かりません。隊長も判断できない、と」
「そうか」
今、この件だけを調べる人員を割く余裕はない。
アルヴァンはそれ以上追及しなかった。
「記録だけ残しておいてくれ」
「承知しました」
エリオットが書類を戻す。
アルヴァンは次の報告へ目を移した。
「ベルク村は?」
「新しい発症者は、まだ出ています」
「……そうか」
「ただ、先週までの増え方と比べると、明らかに鈍っています」
アルヴァンの手が止まった。
「重症者についても、治癒術師が入った地域では対応が早くなっています」
別の報告。
「冒険者の討伐も継続しています。魔物による新たな被害も、以前より減少しています」
さらに別の報告。
一つ一つを見れば、小さな変化だった。
病気はまだ続いている。治療を必要とする者もいる。新しい患者も出ている。
それでも、以前とは違う。
何をしても後手に回っていた状況から、ほんの少しだけ流れが変わり始めていた。
「少しずつ、だな」
アルヴァンが呟く。
「はい」
エリオットも頷いた。
成果と呼ぶには小さい。けれど、何も変わっていないわけでもない。
領軍は魔物を減らしている。
治癒術師は重症者への対応を支えている。
冒険者たちは各地の討伐を続けている。
アルヴァンは椅子へ体を預けた。
まだ終わりではない。むしろ、この程度の変化で安心してはいけない。
病気の原因も分からない。いつまで増加が鈍った状態を保てるのかも分からない。
だが、それでも。今ある変化を見落としてはいけなかった。
打った手が、ようやく届き始めている、と。




