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営みの地平、人々の岸辺 〜ひとつの井戸から広がる物語〜  作者: 一個二個三個
第二章 流行病

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第27話 領軍

 翌朝。

 アルヴァンは執務室に広げた地図を眺めていた。

 昨日、ローディンが持ち帰った報告書も、その脇に置かれている。


 魔物の増加。生活圏への接近。広い範囲に散らばった痕跡。

 そして、冒険者だけでは抑えきれないという判断。

 もう迷う理由はなかった。


「ガルド、領軍隊長を呼んでくれ」

「承知しました」


 ガルドが部屋を出ていく。

 しばらくして、扉が叩かれた。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきた男は三十代後半ほど。

 簡素な軍装に身を包み、無駄のない動きでアルヴァンの前まで進む。

 領軍隊長、ラウル・ヘルマンだ。


「呼び立ててすまない」

「構いません。ご用件を」


 ラウルはアルヴァンの前で立ったまま答えた。

 アルヴァンは地図へ目を落とす。


「ベルク村近くの集落についてだ」


 指で場所を示す。


「この一帯で、魔物の活動が異常に増えている。昨日、冒険者に現地を確認させた」

「現地の状況は?」

「複数の魔物が広い範囲に出ている。畑や集落の近くまで来ているそうだ。山へ戻る様子も薄い」


 ラウルが地図を覗き込む。


「被害の程度は」

「危険な状況だ。討伐した場所から、別の魔物が入り込む。住民や冒険者だけで継続して抑えるのは難しいとのことだ」

「……なるほど」


 ラウルはしばらく地図を見た。


「たしかに、領軍を出す必要があるかと」

「ああ」


 アルヴァンは頷いた。


「ベルク村の北東側を重点的に押さえてほしい」

「どの程度まで?」

「そこは君に任せる。殲滅が無理でも、できるだけ減らしてくれ。兵の配置や進め方は任せる」

「承知しました」


 ラウルは地図へ視線を戻した。


「ただ、この規模なら一度の討伐で終わらせるのは難しいでしょう」

「そうか」

「山の奥まで全て潰す事は現実的ではありません。ですが、生活圏へ下りてくる魔物を放置するわけにはいかない」


 ラウルは集落と街道の位置を確認する。


「まずは集落周辺と街道を守る。そのうえで、山際の出現地点を順に叩きます」

「どこまで?」

「魔物の出方次第です。危険な場所は継続して間引く必要があります。一度減らして終わり、ではなく、何度か繰り返す前提で考えます」

「頼む」


 アルヴァンは頷いた。

 ガルドが口を挟む。


「兵の数については?」

「全兵力は出せません」


 ラウルが答えた。


「領都の守りを残す必要があります。門も、巡回もありますから」

「どの程度を回せそうだ?」

「二部隊を出します。現地の状況に応じて交代を入れます」

「分かった」


 アルヴァンは答えた。


「民兵は?」


 ガルドが尋ねる。

 ラウルは首を横に振った。


「今回は必要ないでしょう」

「少なくて大丈夫なのか?」

「問題は兵の数だけではありません。病気が広がっている状況です。村から人を集めて動かすのは避けた方がいい」


 アルヴァンも頷いた。


「俺もそう考えている」


 村から人を引き抜かなくても、やれることはある。

 まずは常備兵を使って、危険な地域を押さえる。


「領内全域の討伐は、冒険者に続けてもらう」

「承知しました」


 ガルドが頷く。


「重点地域は領軍。その他は、これまで通りだ」

「その形で進めます」


 ラウルは一礼した。


「では、準備に入ります。二日で出立できるかと」

「わかった。頼む」


 ラウルが部屋を出ていく。

 

 アルヴァンは地図の上へ視線を落とした。

 病気が広がった背景には、人の移動がある。

 だが、その動きを生んだものがある。


 魔物の異常な増加。

 この地域で何が起きているのかは、まだ分からない。

 ただ一つ確かなのは、同じ場所で魔物が増え続けている以上、放置することはできないということだった。


 この一帯の魔物を抑える。それが、今できる対策の一つだった。

 領軍が動けば、状況はきっと変わる。


     *


 領軍が動くことを決めた二日後。

 アルヴァンは、領主館の執務室でエリオットから出発の報告を受けていた。


「ラウル隊長率いる部隊は、今朝、領都を出ました」

「分かった」


 エリオットが記録を確認する。


「問題の集落までは、本日中に到着予定です」

「そうか」


 アルヴァンは地図へ目を落とした。


 ベルク村の東にある集落。そのさらに北側。

 ローディンが確認してきた地域。

 地図の上では指先で辿れる距離でも、実際にはそうはいかない。

 人が歩き、馬を進め、荷を運ぶ。

 領都から現地まで、部隊で移動するなら片道で一日はかかる。


「向こうから報告が届くまで、こちらからは何も分からないな」

「はい。途中で使いを出すことはできますが、頻繁には」

「いい。現地の判断は、ラウルに任せている」

「承知しました」


 アルヴァンは地図から目を離した。


 領軍を送り出した。あとは、結果を待つ。

 それまでの間も、領地の時間は止まらない。


     *


 翌日。

 山際へ近づいたラウルたちは、問題の集落を遠くに望める場所まで来ていた。

 集落の周囲には畑が広がっている。その先に山。人の暮らす場所と山との境目は、思っていたより近い。


「ここから先です」


 先行していた兵士が告げる。

 ラウルは馬を降りた。

 道端の土に、いくつもの跡が残っている。一つではない。大きさも形も違う。新しいものもあれば、少し古いものもある。


「……確かに多いな」


 ローディンの報告を思い出す。

 魔物が増えている。複数の種類がいる。山だけに留まっているわけではない。

 そして、人の暮らす場所まで出てきている。


 ラウルは山際を見た。


「まず、この周辺を押さえる」


 兵士たちが動く。

 前衛を置き、後方に弓を持つ者を配置する。さらに少し離れたところに予備の兵を置く。

 大掛かりな陣を敷くわけではない。

 だが、個々の冒険者がそれぞれ魔物を追うのとは違う。一定の範囲を部隊で押さえる。

 それが今回の役目だった。


「来ます」


 前方から声がした。

 木々の向こうが揺れる。

 一匹、二匹。

 少し遅れて、さらに別の魔物が姿を現した。


「構え!」


 ラウルの声に、兵士たちが盾を上げた。

 魔物が駆けてくる。


「放て!」


 後方から矢が飛んだ。一匹が足を止める。

 その隙に前衛が踏み込んだ。

 盾がぶつかる。魔物の突進が止まった。

 左右から槍が伸びる。

 一度。二度。

 魔物が身を捻ったところへ、別の兵士が回り込んだ。

 逃げ道を塞ぐ。

 数人がかりで動きを抑え、そのまま倒した。


「左!」


 別の魔物が横へ回ろうとしていた。

 だが、そこにも兵士がいる。

 盾を並べ、進路を塞ぐ。後方から矢が飛ぶ。

 魔物が怯んだところへ槍が入った。

 倒れる。


「前方、もう一体!」


 今度は少し大きい。

 正面から受けた兵士が押される。


「下がれ!」


 ラウルの声。

 兵士が一歩引く。

 すぐに後ろから二人、別の兵士が入った。

 さらに横から一人。

 魔物の動きを止める。


「今だ!」


 槍が突き込まれた。

 魔物が大きく身体を揺らし、そのまま地面へ倒れ込んだ。

 土煙が上がる。


「周囲を確認!」


 ラウルが叫ぶ。

 兵士たちが周囲へ目を向ける。

 まだ何匹かいる。だが、散発的だった。

 別方向から現れた魔物を、部隊が一つずつ処理していく。

 戦いは長く続かなかった。


 やがて、山際に静けさが戻る。


「負傷者は?」

「軽傷が二名です」

「手当てを」

「はい」


 ラウルは周囲を見渡した。

 倒した魔物は、それなりの数になっている。

 だが、山の奥にはまだ気配がある。


「追撃しますか?」


 副官が問う。


「まずは集落と街道側の安全を確保する」


 ラウルは答えた。

 兵士たちが頷く。


「人の暮らす場所へ出てくるものを減らす。それが先だ」


     *


 その後、領軍は周辺を歩いた。


 一つの場所を片付けて終わりではない。

 少し離れた場所に足跡があれば、そこへ向かう。

 畑の近くに痕跡があれば確認する。

 街道へ続く道にも兵を回す。

 魔物を見つければ討伐する。

 見つからなければ、その周辺を調べて次へ進む。


 大規模な戦闘が続いたわけではない。

 それでも、一日では終わらなかった。

 討伐を終えた場所でも、翌日に別の痕跡が見つかる。

 魔物はまだ山の周囲にいる。

 ただ、集落のすぐ近くまで出てくるものは、確実に減っていた。


「昨日より静かですね」


 兵士の一人が言った。


「まだ判断するには早い」


 ラウルはそう答えた。

 それでも、周囲を見渡せば畑に人の姿が見えた。遠くでは家畜の鳴き声も聞こえる。

 魔物の気配を気にして、仕事を中断する必要が少なくなっている。

 それだけでも、意味はあった。


「そろそろか」


 集落の周りと街道の魔物の数は減らした。

 ならば次は。


「山際の魔物を減らすぞ」


 ラウルは集落の北に広がる山裾を睨んだ。

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