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営みの地平、人々の岸辺 〜ひとつの井戸から広がる物語〜  作者: 一個二個三個
第二章 流行病

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第25話 重なる足跡

 翌朝。

 アルヴァンが執務室で昨日の地図を広げていると、扉が勢いよく開いた。


「アルヴァン様!」


 振り返る。

 息を切らしたミラが立っていた。


「どうした」

「例の集落です」


 ミラは肩で息をしながら、抱えていた紙束を机の上へ置いた。


「ベルク村の近くの……魔物に襲われた集落から戻りました」


 アルヴァンは立ち上がった。


「何があった」

「病人が、出ています」

「どれくらいだ」

「正確な数はまだ分かりません。でも、思っていたよりずっと多いです」


 ミラの声が早くなる。


「村の人たちは、最初はただの風邪だと思っていたみたいです。だから領主館にも知らせていませんでした。そもそも、知らせを届ける余裕がなかったみたいで……」


 アルヴァンは黙って聞いていた。


 やはり、情報が届いていなかった。

 だから、治癒術師も向かっていない。


「それで?」

「魔物に襲われた家畜を処理した人たちから、何人も具合が悪くなっています」


 ミラは一枚の紙を取り出した。


「最初に魔物を追い払おうとした人。それから、怪我をした家畜を運んだ人。死んだ家畜を処理した人。近くの村から手伝いに来た人もいます」


「その後に発症した?」

「はい」


 アルヴァンは紙を受け取った。


 名前。

 村。

 魔物襲撃との関わり。

 発症した時期。

 簡素な記録だった。

 だが、並べてみれば分かる。

 魔物に襲われた。人が集まった。処理をした。手を貸した。

 その後に病人が出ている。


「他には?」

「家畜の処理をした人が、その後に家族の世話をしていました。その家族からも発症者が出ています」


 アルヴァンは顔を上げた。


「家畜を処理した人間だけではないのか」

「はい。接触した人にも広がっています」


 しばらく、誰も話さなかった。


 アルヴァンは机の上の記録へ目を戻す。

 昨日までは、地図の上に点があっただけだった。

 今日は、その点と点の間に人間の姿が見える。


「ミラ」

「はい」

「魔物を処理した人間と、その後に発症した人間。できる限り分けて記録してくれ」

「もう分けてあります」


 ミラは別の紙を差し出した。


「……用意がいいな」

「戻ってきてから急いでまとめました」


 アルヴァンは目を通す。


 魔物と直接接触した者。

 その者を手伝った者。

 その家族。

 さらに、その家族と接触した者。


 完全ではない。

 だが、偶然だけでは説明しにくい並びだった。


「この集落には、まだ治癒術師は向かってないな?」

「まだ来ていません」

「分かった。教会に手配させる」


 アルヴァンは記録を置いた。


「ミラも、身体を清潔に保つように。身に付けていた衣類なども洗濯し、出来れば湯に通すように」

「分かりました」


 ミラが部屋を出ていく。

 入れ替わるように、ガルドが入ってきた。


「アルヴァン様」

「ちょうどいい。治癒術師をあの集落へ」

「すぐに手配します」


 ガルドが答える。


「それから、冒険者組合にも確認を取ってくれ。あの集落の魔物討伐に参加した冒険者についてだ」

「討伐に参加した者、ですか?」

「ああ。発症した者がいるか。そして、その後どこへ行ったのかを調べたい」

「承知しました」


     *


 昼を過ぎた頃、再び執務室の扉が叩かれた。


「入れ」

「失礼します」


 入ってきたのは冒険者ギルドの支部長、ハロルドだった。

 今回も、ローディンを引き連れてきている。

 ハロルドが頭を下げた。


「話は聞いています。例の討伐依頼についてですね」

「ああ」


 アルヴァンは地図を指した。


「参加した冒険者について、何か分かったか」

「数名、体調を崩しています」

「病気か?」

「おそらく枯熱病です。ただ……」


 ハロルドは少し考える。


「冒険者本人たちは、ほとんどがすぐに回復しています」

「すぐに?」

「一般の村人より体力がありますから。高熱が出ても数日で動けるようになった者が多いようです」


 アルヴァンは頷いた。

 それなら、討伐参加者の発症が大きな問題として上がってこなかったことも説明できる。


「他には?」

「ただ、本人たち以外に発症した者がいます」

「誰だ」

「宿の子供です」


 ハロルドが答えた。


「討伐に参加した冒険者が定宿にしている宿の子供が、一人。別の冒険者が馴染みにしていた娼館でも、何人か発症しています」


 アルヴァンの視線が止まった。


「冒険者本人より、周囲の人間に出たのか」

「はい」

「治療は?」

「どちらも領都や市場町に近い場所でしたので、比較的早く治癒術師の治療を受けています。大きな被害にはなっていません」


 なるほど。

 村では、治療を受けるまでに時間がかかった。

 町では、早い段階で治癒術師に繋がった。

 同じ病気でも、見える被害の大きさが違う。


「その冒険者たちは、討伐の後どこへ?」


 ハロルドが一枚の紙を取り出した。


「こちらです。記録が残っている範囲で、依頼終了後の行動を追いました」


 アルヴァンはその紙を受け取った。

 宿。街道。市場町。別の村。領都。

 名前の横に、立ち寄った場所が並んでいる。


「全員ではありませんが、一部については追えています」


 アルヴァンが紙を覗き込む。


「この冒険者は?」

「討伐後、一度市場町へ戻っています。その二日後にベルク村の南側の集落へ」

「そこは?」


 ハロルドが地図を指した。


「その三日後に、発症者が確認されていますな」


 ガルドが報告書の一枚を確認する。


「こちらの二人は?」

「別行動ですが、その後に同じ街道を通っています」

「その先は」

「病人が出た村です」


 部屋の空気が変わった。


 アルヴァンは机の地図を広げる。


「印を付けてくれ」


 エリオットが赤い印を置いた。


 討伐を行った集落。

 冒険者が立ち寄った場所。

 その後に病気が確認された場所。

 さらに別の冒険者の足跡。

 そこにも、赤い印が重なる。


「……一致しています」


 エリオットが呟いた。


 魔物に襲われた集落。

 そこで魔物と接触した村人。

 その後に発症した者たち。

 討伐に入った冒険者。

 彼らの移動。

 その先で確認された病人。


 アルヴァンは答えなかった。ただ、地図を見つめている。

 アルヴァンはゆっくり息を吐いた。


「魔物との接触が、最初の発症につながった可能性が高い」


 誰も口を挟まなかった。


「そして、人が動いたことで、その先へ広がった」


 アルヴァンは地図の上を指でなぞった。


 集落。

 街道。

 市場町。

 別の村。

 さらに、その先。


 ガルドが頷いた。


「では、あの地域が……」

「ああ」


 アルヴァンは答えた。


「始まりに近い」


 断定ではない。

 だが、昨日までとは違った。

 もう、ただ報告を待っているだけではいられない。

 アルヴァンは地図から目を上げた。


「支部長」

「はい」

「依頼を出す。現地を見てきてくれ」


 ハロルドの表情が変わる。


「魔物を?」

「それだけじゃない」


 アルヴァンは地図上の一点を指した。


「この地域で、何が起きているのかを見てきてほしい」


 ハロルドはしばらく地図を見つめ、それから頷いた。


「分かりました」

「できるだけ詳しく頼む」

「承知しました」


 ハロルドが答える。


「それなら、俺が行きますよ」

「ローディン、君が?」

「ええ、必要なのは魔物の様子を見てくることですよね。そういうことなら、俺の出番だ」


 アルヴァンはローディンの目を見つめた。

 その目には気負いもなく、確かな自信が覗いていた。


「わかった。君に任せよう」


 アルヴァンは再び地図へ目を落とした。


 まだ軍を動かすには早い。

 だが、その判断をするために必要なものは、もう見え始めている。


 あとは、現地で確かめるだけだ。

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