第24話 辿る道
ベルク村への支援を終えた後も、領主館には毎日のように報告が届いていた。
患者の数。
死者の数。
治癒術師の巡回先。
不足している物資。
そして、魔物による被害。
執務室の机には、それらをまとめた紙が並んでいる。
アルヴァンは一枚ずつ目を通していた。
「ベルク村は」
向かいに立つエリオットへ尋ねる。
「新しく患者が出ています。ただ、増え方は少し落ち着いてきたようです」
「治癒術師は?」
「二人で対応を続けています」
物資と補助人員が入ったことで、少なくともセレネたちが治療以外のすべてを抱え込む状況ではなくなっていた。
だが完全に収まったわけではない。
「……増えているな」
「はい。ベルク村だけではありません。報告の上がってくる村が、少しずつ増えています」
「死者は?」
「今のところ、急激に増えているというほどではありません。ただ……治療を受けられていない者がどれだけいるかまでは、分かりません」
アルヴァンは黙って紙を見つめた。
セレネがいるベルク村には、治療の手がある。
だが、報告がない場所に患者がいないとは限らない。
「エリオット」
「はい」
「病人の出ている場所と、魔物被害の報告を並べてくれ」
エリオットが少し首を傾げた。
「同じ地図に、ですか」
「ああ」
*
しばらくして、執務室の机には領内の地図が広げられた。
赤い印が、枯熱病の報告があった場所。
黒い印が、魔物による被害。
そのほかに、討伐依頼が多く出ている場所にも印がつけられている。
アルヴァンは腕を組んだ。
「……一致はしていないな」
「はい」
エリオットが答える。
病人の多いベルク村の周辺には、確かに魔物被害の報告がある。
だが、それだけではない。
病人が少ない場所でも、魔物は出ている。
反対に、患者が増えているのに、大きな魔物被害が確認されていない村もある。
「魔物がいる場所で、必ず病人が増えているわけではありません」
「逆も同じか」
アルヴァンは頷いた。
これだけでは、関係があるとは言えない。
魔物が病を運んでいるという証拠もない。
それでも、今は一つずつ届く報告を拾っていくしかない。
アルヴァンは地図を見下ろした。
「……うん?それは?」
「こちらはミラからの報告ですね。ご覧になりますか」
「ああ」
エリオットが机の端から数枚の紙を取った。
ミラが村で聞いた話をまとめたものだ。
アルヴァンは目を通す。
水場。家畜。病人の世話。
細かな話が並んでいる。
その中の一つで、手が止まった。
「これは、どこの村だ」
「ベルク村の近くの集落です」
魔物に襲われた家畜が出た。
村の人間だけでは処理できず、近くの村からも人手が回されたが怪我人を出し、最終的に冒険者が魔物を駆除した。
それ自体は珍しいことではない。
困った村があれば、周囲が手を貸す。それでも対処出来なければ冒険者に依頼を出す。
それは、この領地でも普通のことだった。
「いつの話だ」
「ミラの聞き取りでは、領内に病人が増える少し前だそうです」
アルヴァンは紙から目を離した。
それだけでは何も言えない。
「エリオット。もう一度、病人の出ている場所と、魔物被害の報告を並べてくれ。確認できる限りでいい。古い順にだ」
「順番に?……少々お待ちください」
地図に並べられた印を回収された地図を見る。
「まずは魔物被害の報告から」
「はい」
エリオットが、冒険者組合からの報告書を元に、時系列に沿って黒い印を地図に並べていく。
アルヴァンは、並べられていく順番を記憶した。
街道沿いでの目撃。
農地への侵入。
家畜の被害。
討伐依頼の増加。
北側の山道。
東寄りの街道。
「やはり、全体的に増えている、か」
アルヴァンは以前、ローディンから聞いた言葉を思い出していた。
魔物は増えている。
しかも、単純に一つの群れが大きくなったという話ではない。出現する場所そのものが広がっている。
法則性は見出だせなかった。
「次。枯熱病の発生順に」
「はい」
最初に置かれる赤い印。
ベルク村近くの集落だった。
次いで、次々に並べられていく。
「魔物被害から、というより」
アルヴァンは地図の上を指でなぞった。
「道に沿っている」
エリオットが息を止めた。
病気の報告が増えた場所が、必ずしも魔物の被害が多かった場所ではない。
もし魔物そのものが病気を広げているのなら、もっと単純な形になるはずだった。
魔物が多い。だから病気も多い。
そんな並びにはなっていない。
ある村で患者が出る。
その少し後、街道の先にある集落で患者が出る。
さらにその先。
そして、別の道へ分かれたところでも報告が上がる。
人が通った道を、追いかけるようにして現れている。
「人が運んでいる……?」
エリオットが呟いた。
「たぶん」
アルヴァンは否定しなかった。
ミラの報告書を思い出す。
ベルク村の家畜に被害が出た。怪我人も。
誰かが倒れる。
家族が世話をする。
近所の人間も手を貸す。
魔物による被害が出れば、さらに人が集まる。
討伐のために冒険者が集まる。
負傷者が出れば、治療が必要になる。
死んだ家畜や魔物を処理する者もいる。
人の出入りが増えた。
そして、その後を追うように病気が広がった。
魔物そのものが病気を運んでいるわけではない。
むしろ――
「魔物が増えたことで、人の動きが変わった」
アルヴァンが言った。
「人の動き、ですか?」
「怪我人が出る。討伐に人が集まる。別の村から応援が来る。街道を通る人間が増える」
そこで一度、言葉を切る。
「その中に、病気になっている者がいた」
アルヴァンはそこまで考えたところで、手を止めた。
人が移動したから病気が広がった。じゃあ魔物は無関係か?
だがやはり、そうとも言いきれなかった。
最初の枯熱病の発生地、ベルク村で起きた魔物被害。
もし仮に、この地域の魔物が発生源だとしたら。
「辻褄は合う、か」
確か、とは言えない。
だが、ばらばらだったものが一つの線につながり始めていた。
「ここだ」
アルヴァンが地図上の一点を指した。
黒い印の集中している場所。
ベルク村の北東側。
街道から山へ入る手前の地域。
そこだけ、病気の報告が出るより前から魔物の被害が明らかに増えていた。
「この地域を詳しく調べたい」
「冒険者組合に?」
「それも必要だ」
アルヴァンは頷いた。
「これまで通り、領内全体の討伐は続ける。魔物が増えている以上、止めるわけにはいかない」
「はい」
「ただし、この場所は別だ」
エリオットが顔を上げる。
「別、ですか?」
「ああ」
アルヴァンは地図を見たまま答えた。
「被害が多すぎる。冒険者だけに任せておくには規模が大きい」
そこで、アルヴァンは初めて軍のことを考えた。
まだ命令を出す段階ではない。
しかし、この地域を押さえる必要があるのなら、冒険者だけでは足りないだろう。
魔物を減らす。
街道を安全にする。
人の流れを落ち着かせる。
そして、病気がこれ以上広がる道を断つ。
それができれば、少なくとも今より状況は変えられる。
始まりに近い場所が、初めて見えかけていた。




