↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
営みの地平、人々の岸辺 〜ひとつの井戸から広がる物語〜  作者: 一個二個三個
第一章 ラーデ村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/31

第1話 領地の記録

 ラーデ村を出た頃には、雪が本降りになっていた。

 馬車の車輪が雪を噛み、重たそうな音を立てている。


 アルヴァンは窓の外を眺めながら、先ほど見た帳簿の内容を頭の中で繰り返していた。

 出生。死亡。そして、子供の数。

 村長の話だけなら、珍しいことではない。

 冬に病人が出る。子供が死ぬ。怪我人が領都へ運ばれる。治癒術師が月に一度来る。


 どれも、この世界では特別なことではないらしい。

 だからこそ、引っかかる。


「……ガルド、ラーデ村のことだが」

「何でしょう」

「あれは普通なのか?」


 向かいに座るガルドは、しばらく黙っていた。


「どの部分についてお尋ねでしょう」

「死者の数だ。十五人中五人が子供だった」


 ガルドの表情が僅かに曇る。


「……珍しくはありません」

「珍しくない?」

「はい」


 アルヴァンは窓の外へ視線を戻した。

 雪の向こうに、村が遠ざかっていく。


「どのくらいだ?」

「何がでしょう」

「子供が死ぬ割合だ」


 ガルドは少し考えてから答えた。


「村によって差があります。ラーデ村は、特別多い方ではありません」

「少ない方でもない?」

「そうなります」


 アルヴァンはそれ以上聞かなかった。

 少なくとも、ラーデ村だけの問題ではない。それだけは分かった。


「領都に着いたら、人口の記録を見せてくれ」

「承知しました」

「ラーデ村だけじゃない。周辺の村も」

「はい」

「それから、教会の治療記録も見たい」


 ガルドが少し意外そうな顔をした。


「教会の記録まで、ですか?」

「ああ」

「分かりました。教会側の許可が必要になるかと思いますが、手配いたします」


 その返事を聞いて、アルヴァンは少し安心した。

 少なくとも、話が通じない男ではない。先ほどからこちらの質問にいちいち驚いてはいるが、拒否することはない。


「あと、魔物の被害記録も」

「魔物、ですか?」

「ああ。村長が話していただろう」

「それも確認しておきます」


 アルヴァンは頷いた。

 そこで、ふと思う。


「そういえば、俺の領地ってどのくらいの広さなんだ?」

「……アルヴァン様」

「何だ?」

「ご自身の領地の広さをお忘れになったのですか?」

「少し確認したいだけだ」


 ガルドは微妙な顔をした。


「北から南まで、およそ三日。東西で二日半ほどです」

「馬で?」

「街道を使えば」

「なるほど」


 広い。

 だが、前世の日本と比べればたいしたことはない。

 そう思った直後、アルヴァンは考え直した。

 街道を使って三日。しかも馬車での移動だ。


 つまり、領地の端から端まで、現代の感覚では想像できないほど時間がかかる。

 ラーデ村から領都まででさえ、半日かかる。


「……村同士の行き来は?」

「近いところなら半日もかかりません」

「遠いところは?」

「一日以上かかる村もあります」


 アルヴァンは黙った。

 それなら、月に一度の治癒術師の巡回も納得できる。


 納得できてしまうことが、少し嫌だった。


     *


 領都レイスに到着したのは、日が沈む少し前だった。


 城壁は高くない。だが、街の規模は思っていたより大きかった。

 石造りの建物。木造の家。市場。工房。荷馬車。人の声。そして、あちこちに魔石の青白い光が灯っている。

 夜が近づいているにもかかわらず、街はまだ動いていた。


「魔石の灯りか?」

「はい」

「領内で採れたもの?」

「ほとんどはそうです」

「ほとんど?」


 ガルドは少し考えた。


「加工された魔石は王都から入るものもあります。領内で採れるものは、そのままでは質が安定しませんので」


 アルヴァンは窓から街を眺める。


 貧しい領地。そう聞いていた。

 だが、領都だけを見る限り、そこまで困窮しているようには見えない。

 魔石灯があり、市場があり、工房があり、人がいる。


 ラーデ村との違いが気になった。同じ領地なのに、ずいぶん違う。


 馬車が領主館の前で止まった。


「お疲れでしょう。今日はお休みください」


 ガルドが言う。


「いや」


 アルヴァンは馬車から降りた。


「今から記録を見たい」

「今からですか?」

「忘れそうだからな」


 ガルドはため息をついた。


「承知しました」


     *


 領主館の執務室には、古い記録が大量に保管されていた。

 アルヴァンは机に向かい、最初の帳簿を開く。


 人口:九千三百二十七。


 思ったより少ない。

 領都が二千五百ほど。

 砦兼市場町に千。

 残りが村や集落に分散している。


 次のページ。

 出生数。死亡数。税収。収穫量。家畜。魔石。

 アルヴァンは数字を追っていった。

 そして、また死亡者数で手が止まった。


 三百四十八。

 前年は三百七十一。

 その前年は三百六十二。


「死亡率三・七%か……。日本の三十倍だな」


 さらに遡る。

 三百五十六。三百九十三。三百六十四。


「……」


 数字が、ほとんど変わらない。

 人口が増えていないのも、そのせいだった。

 生まれる。死ぬ。流入する。流出する。

 結果として、何年経ってもほぼ同じ人口になる。


「アルヴァン様、教会の昨年の治療記録を借りてきました」


 ガルドが横に立つ。部下に手配を任せたにしても仕事が早い。


 教会の治療延べ件数:五百四十五件。

 領都:三百十四件。

 砦兼市場町:百六件。

 農村・集落:百二十五件。


「これは……普通なのか?」

「はい。この辺境では」


 また、その言葉だった。


「そうか」


 アルヴァンは別の帳簿を開いた。


 死亡理由

 病気:百七十一。

 栄養失調:二十九。

 高齢・自然死:五十五。

 出産時の事故:十三。

 冬季の衰弱:九。

 魔物による被害:二十六。

 犯罪による被害:十五。

 事故・その他:三十。


 分類は大雑把だった。

 それでも、一つ気になる。


「病気が多すぎないか?」

「治癒術師が不足しているからでしょう」

「それだけか?」

「他に何か理由が?」


 アルヴァンは答えなかった。


 前世なら、ここで「原因を調べよう」と言う。

 だが、ここには検査設備がない。病原体を確認する手段もない。血液検査もない。画像診断もない。

 何より、病名の定義そのものが違う。

 だから今は、数字だけでは判断できない。


 アルヴァンはさらにページをめくる。

 そこで、別の数字が目に入った。


「魔石採取量……、結構あるな」

「レイス領は魔物が多い地域ですから」

「それなのに税収は低い」


 ガルドが黙った。


「魔石は売ってるんだろ?」

「はい」

「どこへ?」

「主に王都です」

「領内では加工しないのか?」

「一部はしております」

「一部?」

「魔石加工には設備と職人が必要ですので」


 アルヴァンは帳簿を閉じた。


 どうやら、この領地にはいくつかの問題がある。

 だが、それぞれが別々の問題なのか。それとも、どこかで繋がっているのか。

 まだ分からない。


「今日はここまでにする」

「お休みになりますか?」

「いや。地図を持ってきてくれ」

「地図ですか?」

「ああ」


 ガルドが首を傾げながら部屋を出ていく。

 しばらくして、大きな羊皮紙が机の上に広げられた。

 レイス領の地図。

 領都。村。街道。河川。山。魔物の出没地域。


 アルヴァンは地図を眺めた。

 ラーデ村を探す。


 見つけた。

 その近くに川がある。

 指で川を辿る。

 上流へ。さらに上流へ。

 山へ入っていく。


 そこで、地図の端に小さな印があった。


「これは?」

「魔物の生息域です」

「ラーデ村にかなり近いな」

「はい。昔からあの辺りには魔物が出ます。魔石や魔物の素材などもラーデ村の収益源となっているようです」


 アルヴァンは地図から目を離さなかった。


 病気。水。魔物。村。街道。

 まだ何も分からない。ただ、ラーデ村で見た帳簿の数字と、この地図を並べると、どうしても気になる。


「明日、もう一度ラーデ村へ行く」

「明日ですか?」

「ああ」


 ガルドが苦笑する。


「領主就任初日から、ずいぶん熱心でございますな」


 アルヴァンは地図を見たまま答えた。


「気になることを放っておくのが嫌いなんだ」


 それだけだった。


 この時のアルヴァンは、まだ知らない。

 ラーデ村で起きていることが、この小さな領地のどこにでもある問題なのか。

 それとも、あの村だけの問題なのか。


 そして翌日。

 アルヴァンは、もう一度あの村を見ることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。