第11話 水路を作る
アルヴァンはガルドとドルンを連れ、村長の家を訪れていた。村長のほかに、数人の村人も集まっている。
机の上には、ドルンが作った水路の簡単な図が広げられている。
「東の井戸から水を引く案について、村の者に話をしたい」
アルヴァンは集まった人々を見渡した。
「先日、東の井戸を見てきた」
何人かが頷く。
「水量には問題がない。今の利用分を残しても、村の飲み水を補う余裕がある」
村人の間から小さな声が上がった。
「そこで、東の井戸から村の中央まで水を引く」
今度ははっきりとしたざわめきが起きた。
「水路を?」
「ああ」
「本当に作れるんですか?」
「作れる可能性が高い。だが、まだ詳しい設計はできていない」
アルヴァンはそこで言葉を切った。
「だから、まず詳しく測る。どこを通すか、どれだけ掘るか、どの程度の水路にするかを決める」
「その測量をするのが、俺です」
ドルンが口を挟んだ。
村人たちの視線が集まる。
「ドルン・バッカス。水利と鍛冶をやっている」
ドルンはそれだけ名乗った。
「東の井戸から村までの土地を見た。大きな問題はない」
村長が尋ねる。
「では、水路は作れるんですか?」
「作れる」
即答だった。
「ただし、ちゃんと測ってからだ。水は嘘をつかんが、地面はこっちの都合では動かん」
何人かの村人が顔を見合わせる。
「途中に畑もある。道もある。家もある。全部を避けて通す。そのための線を、これから決める」
アルヴァンは集まった全員に向けて話す。
「工事そのものは、領主家として正式に進める。ただし、全部を領主側でやるつもりはない。この村で使う水路だ。掘る作業や、集められる石や木材まで領主が全部用意する事はできない」
村人たちが静かになる。
「村から金を取る事はない。その代わり、村で用意できるものは協力してほしい」
「費用については、こちらの見積もりを基準にすれば、領主家で負担可能です」
ガルドが帳簿を開いて補足した。
「村で働ける者を出します」
「待ってください!」
村長の言を遮るように、農家の男が口を挟んだ。
「働くのは構いません。ですが、農作業や家畜の世話があります。確かに、冬のうちなら畑の仕事は少ないです。ですが、薪集めがあります。家畜の世話も毎日です」
男は、領主に意見したことを後悔したのか、目に怯えの色が見える。しかしアルヴァンから目を逸らすことはなかった。
「それは削れないな」
アルヴァンはまっすぐに男の目を見つめ、同意した。
「削ったら、水路ができる前に村の暮らしが壊れる。だから、全員を一度に出すことはしない。作業班を分ける」
「どういう形に?」
「五人くらいずつでもいい。村の仕事に合わせて入れ替える」
「一度に五人ですか」
「もっと出せるなら早く終わる。ただし、出した人間がその分だけ別の仕事をできなくなる」
「水路は一日で掘るもんじゃない。途中で放り出さなければいい」
ドルンが引き継いで答えた。アルヴァンが頷く。
「その作業の割り振りは、村長に任せたい」
「はい」
「石や木材については、近くで取れるものを使える。全部買う必要はない。ただ、足りない分は領主家で用意する」
村長はしばらく考えた。
やがて、はっきりと頷く。
「分かりました。村として出来ることは最大限協力します」
「村の仕事を壊さない範囲で頼む」
「はい」
その返事を聞いて、アルヴァンは周囲を見る。
誰も反対していない。先程の男も頷いていた。
不安そうな顔はある。
当然だ。水路を作るというのは、これまでになかった仕事を増やすということでもある。
だが、少なくともこの場では、村として受け入れることができた。
「では、決めよう」
アルヴァンが宣言した。
「東の井戸から水路を引く」
その言葉で、話が一つの方向へ動いた。
*
「今日から本工事を始めるわけじゃない。まず詳細な測量と設計をする」
「ここからは俺の仕事ですね。村に残って測ります」
ドルンが言った。
「測量道具を持ってきている。足りないものは後から送らせる」
ガルドが頷く。
「必要なものは領都から手配します」
「頼む」
アルヴァンはドルンを見る。
「測量が終わるまで、どのくらいかかる?」
「地形を見るだけなら早い。だが、水路を決めるなら一日二日では終わりません」
ドルンは地面を見た。
「正確に高さを取って、道や畑を避けて、どこを補強するか決める。水を受ける場所もです」
「一、二週間は見ておいた方がいいか」
「そのくらいは欲しいですな」
ドルンが頷く。
「急いで雑にやるより、その方が後が楽だ」
アルヴァンは笑った。
「分かった。任せる」
「ただし、一つ条件があります」
「何だ?」
「村の人間にも測量を見せます。水路を作るのは俺じゃない。使うのも俺じゃない。なら、どこをどう作ったのか、村の者が知っていた方がいい」
「構わない」
アルヴァンは頷いた。
「わかりました。人をつけましょう」
村長が静かに頷く。
「よし」
ドルンが短く答えた。
*
話が終わると、村人たちは少しずつ散っていった。
村長は作業に出る人間をまとめるため、残った者たちと話を始める。
ガルドは必要な道具と資材を確認している。
ドルンはすでに紙を広げ、村の地図を眺めていた。
アルヴァンはその様子を見ながら、中央井戸へ目を向ける。
水路を作る。それだけで、中央井戸が不要になるわけではない。むしろ、残す。
浄水の魔石は交換したばかりだ。
飲み水を東の井戸から補い、中央井戸は生活用水や家畜用など、用途を分けて使う。
同時に、井戸の周囲の排水や便所の位置も改善する。
すべてを一度に変える必要はない。使えるものを残し、足りないところだけを補う。
その方が、この村では続けやすい。
「アルヴァン様」
ガルドが声を掛けた。
「何だ?」
「水路の工事については、これで正式に進めるということでよろしいですな」
「ああ」
「では、領都へ戻られますか?」
アルヴァンは少し考えた。
村に残っている間にも、領主として処理しなければならない仕事はある。
「そうする。ドルンにはここを任せる」
「承知しました」
ドルンが顔を上げる。
「俺は測量を始めます」
「頼む」
「詳細が出たら、領都へ持っていきます」
「分かった」
アルヴァンは村長にも向き直った。
「作業班については、無理のない人数で組んでくれ。水路のために村の生活を壊したら本末転倒だ」
「はい、分かっています」
村長は頷いた。
「この村の水路ですから。こちらもできることはします」
アルヴァンはその言葉を聞いて、頷いた。
領主が作ってやる水路ではない。村人だけで作る水路でもない。
足りないところを、それぞれが補う。
それなら、完成した後も残るかもしれない。
「では、頼む」
アルヴァンは村を後にする準備を始めた。
ドルンは残った。
村長は作業班を組む。
ガルドは領都で必要な資材と費用を手配する。
そしてアルヴァンは、領主として別の仕事へ戻る。
ラーデ村の水路は、まだ一本の溝すら掘られていない。
それでも、この日。
水路を作ることは、村と領主の間で正式に決まった。




