↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
営みの地平、人々の岸辺 〜ひとつの井戸から広がる物語〜  作者: 一個二個三個
第一章 ラーデ村

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/30

第9話 水利技師

 東の井戸から水を引く。

 だが、思いついただけでは何も始まらない。


「ガルド」

「はい」

「水路を作るなら、まず土地の高さを調べる必要がある」

「そうですね」

「この村に、そういうことができる人間はいるか?」


 村長が横から答える。


「農地や道のことなら、詳しい者はおります。しかし、八百メートルほど離れた場所から水を引くための測量となると……」

「いないか」

「はい」


 アルヴァンは東の方を見る。


「そうか」


 昨日歩いた道が、その先へ続いている。

 水源はある。村までの距離も分かっている。

 だが、それだけでは足りない。


「領都に戻ったら探そう」

「それでしたら」


 ガルドが口を開いた。


「一人、心当たりがあります」

「誰だ?」

「ドルン・バッカスという者です」


 聞き覚えのない名前だった。


「どういう人間だ?」

「水利と鍛冶を生業にしている職人です。水車や堰などにも詳しい。魔導機器の修理も請け負っています」

「測量士なのか?」

「専門の測量士ではありません。ただ、水をどう流すかという判断なら、領内でも頼れる方です」

「なるほど」


 アルヴァンは頷いた。


「帰ったら会ってみよう」


     *


 その日の午後、アルヴァンたちはラーデ村を発った。


 帰りの馬車の中で、アルヴァンは窓の外を眺めていた。

 約八百メートル。地図の上では短い。

 だが、その間には畑があり、道があり、家がある。水を通すなら、それらを避けなければならない。

 そして何より、東の井戸から村まで水が自然に流れるのか。そこがまだ分からない。


「ドルン・バッカスというのは、領主家に仕えているのか?」


 アルヴァンが尋ねた。


「いえ。独立した職人です」

「なら、こちらから依頼することになるな」

「そうなります」


 ガルドは答えた。


「水利関係の仕事を請け負って生計を立てていますから、報酬を提示すれば引き受けてもらえるでしょう」

「分かった」


 アルヴァンは頷いた。

 自分が知らないことを、知っている人間に聞く。

 今のところ、それが一番確実だ。


     *


 翌日、領都へ戻ったアルヴァンは、休む間もなくドルンの仕事場へ向かった。

 建物の中から、金属を打つ音が聞こえている。

 ガルドが扉を開けた。


「ドルン・バッカスはいるか?」

「何の用だ?」


 奥から声が返ってきた。

 しばらくして、一人の男が姿を現す。

 四十代ほど。

 作業着には煤が付き、腕には鍛冶仕事で鍛えられた筋が浮いている。


「私がドルンだが」


 アルヴァンは名乗った。


「アルヴァン・レイスだ」


 ドルンの表情が少し変わった。


「領主様でしたか」

「急に来てすまない」

「いえ」


 ドルンは手を拭いた。


「何のご用でしょう」

「水利について相談したい」


 アルヴァンはラーデ村のことを説明した。

 東の外れに井戸があること。そこは中央の井戸より水の状態が良く、浄水用の魔石も比較的長く保つこと。村の中央まで、およそ八百メートル。

 その水を村へ引けないかと考えていること。


「途中には畑や道、家もある」

「なるほど」

「村人が水を運ぶ負担を減らしたい。できるなら、自然に流したい」


 ドルンはしばらく黙っていた。


「東の井戸の高さは?」

「分からない」

「村中央は?」

「それも正確には」

「水量は?」

「普段の使用には足りている。ただし、詳しい数字はない」


 ドルンが頷く。


「では、まだ判断できません」

「やはりそうか」

「水路を作れるかどうかは、水源と目的地の高低差が分からなければ決められません」

「測量が必要だな」

「はい」

「ラーデ村には、そこまで調べられる人間がいない」

「でしょうね」


 ドルンは特に驚かなかった。


「村の人間が土地を知らないという意味ではありません。農地や道のことなら、村人の方が詳しいでしょう」

「ああ」

「ですが、水路として成立するかを見るには、別の知識が要ります」

「現地を見てもらえるか?」

「いつまでに?」

「村の仕事を止めてまで急ぐ必要はない。ただ、可能かどうかを知りたい」

「分かりました」


 ドルンは考えるように腕を組んだ。


「明日出れば、明後日には戻れるでしょう」

「それで頼む」

「現地を見て、水源と村の高低差を確認します。水路を通せそうな経路も見ます」

「費用は?」

「まず調査だけなら、それほど掛かりません」


 ドルンは少し考えた。


「正式な設計や工事の見積もりは、その後です」

「分かった。調査を頼む」

「承知しました」


 話はそれだけだった。

 ドルンは明日の準備を始めると言い、アルヴァンたちは仕事場を後にした。


     *


 領主館へ戻り、仕事を再会しようとした時、ガルドが口を開いた。


「よろしかったのですか?」

「何がだ?」

「ラーデ村へ行くことを、ドルンに任せてしまって」

「問題ないだろう」


 アルヴァンは答えた。


「私が行っても、高さを測れるわけじゃない」

「それはそうですが」

「それに、領主の仕事はラーデ村だけじゃない」


 ガルドが黙った。


「村で見つけた問題を、自分で全部抱え込んでいたら、他の仕事が止まる」

「……おっしゃる通りです」


 アルヴァンは、机に置かれた書類に目をやりながら考える。

 レイス領には、他にも村や町がある。これから先、別の村にも同じような問題があるかもしれない。

 そのたびに自分が現場へ行っていたら、いずれ動けなくなる。


「だから、任せられる人間には任せる」

「ドルンを?」

「まずは仕事を見てからだ」


 ガルドが頷いた。


「では、報告を待ちましょう」

「ああ」


 部屋を出ていこうとしたガルドだが、ふと足を止めて振り返った。


「アルヴァン様、何故それほどまでにラーデ村にこだわるのですか?」


 ガルドの目に、見極めようとする光が宿る。

 アルヴァンはその光をじっと見つめていた。


 この世界に自己の意識を認識して、初めて見た場所、ラーデ村。


 あちら側の、最後の記憶がまぶたに浮かぶ。

 おそらく、あちら側での自分は死んだのだろう。そして何故か、今は知らない世界の誰かの人生に乗っかっている。

 うっすらと浮かぶこの世界での記憶。

 この身体の前の人格がどうなったのか、知る由もない。


 それでも、この人物の役割。

 そう、役割だ。それを引き継ぐことを、違和感なく受け入れていた。

 だが、自分がこのアルヴァンという人物になった意味は……。


 このラーデ村をどうするか。それが、この先の運命を決めるような予感がした。


「……人が死ぬのが嫌いだからだ。その死は、本当に仕方なかったのか?」


 その答えに、ガルドは目を細めた。


「それに、死ぬ人間か減れば税も増えるだろう?人が増えれば産業も豊かになる」

「そうですか。不躾な質問をしてしまい、申し訳ございませんでした」


 ふ、と視線を柔らかくしたガルドは、そう言って一礼した。


     *


 その夜。

 アルヴァンは執務室で書類を整理していた。


 ラーデ村のことを考える。

 東の井戸。中央の井戸。そして、その間をつなぐ水路。

 まだ構想に過ぎない。

 水が流れるかどうかも分からない。

 作るとしても、誰が掘るのか。どんな材料を使うのか。どれだけの費用が必要なのか。

 何も決まっていない。

 だから、まずはドルンに土地を見てもらう。

 その結果を聞いてから、次を考える。


 アルヴァンは別の書類へ手を伸ばした。

 ラーデ村の問題を解決することは大切だ。だが、それだけが領主の仕事ではない。

 自分が現場へ行かなくても、現場が動く。そのための仕組みも、少しずつ作っていかなければならない。

 机の上に、未処理の書類がまだ残っている。

 アルヴァンは小さく息を吐いた。


「まずは、報告を待つか」


 東の井戸から水を引けるのか。

 その答えが出るのは、もう少し先だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。