9 始まりの夜 3
「……おい、あおい、明日学校で……水瀬 蒼に会ってくる。それまでお前は、此処でじっとしてろ」
ローテーブルの上のゴミを片付け、お風呂のお湯を張り終えたまほろは、あえて、あおいと視線を合わせずにぶっきらぼうに言った。
あおいはグレーの大きなジャージの袖を揺らしながら、「え……?」と動きを止める。まほろはそれに構わず、脱衣所のドアを指差した。
「……お前……風呂、先に入れ。……その間、俺は自分の部屋に籠るから、終わったら教えろ」
それだけ言い残すと、まほろは逃げるように自分の部屋へと移動し、ドアをピシャリと閉めた。
ドアの向こうから、やがてあおいが脱衣所に入り、中から鍵をかける小さな音がした。続いてシャワーの水音が聞こえ始めた。
「—――クソがっ!ホント……意味分かんねえ……!」
まほろはベッドの上にドサリと仰向けに倒れ込み、自分の顔を両手で強く覆った。頭が完全にショートしそうだった。
隣のクラスの水瀬 蒼(男)。話したこともない、まあランキングをつけるなら底辺にいるような陰キャ男子だ。
その暗くて地味な男が……何故か分からないが、今、自分の家のお風呂場で裸……えっ?それも女子になって?
はじめは、可哀そうな電波ちゃん……美少女だが妄想癖のある(イカれている)子だと思おうとした。そうやって無理やりこじつけて納得しようと思った。
―――だけど……あのネームの付いた制服は一体何なんだよ?
まほろはチラリと部屋の隅に掛けてあったブレザーに目をやった。連れてきたときに脱がせたあの制服。
それはまほろが毎日来ているものと全く同じ高校のブレザーだった。そして胸元には間違いなく『水瀬 蒼』と書かれた本物の名札がピンで留められている。
(あの娘、なんで水瀬の制服なんか着てたんだ?いや……それにしたって、全くサイズが合ってなかったしな……)
そして何より、思い出すのはさっきベッドにバスタオル姿のあおいを転がした時の、驚異的な柔らかさだ。痩せていても、出るところはちゃんと出ていた……。
怯えたように見上げてきた、吸い込まれそうなほど奇麗な大きい瞳。中身はどうであれ、極上の女の子には違いなかった。
オマケに自分の事を、ずっと知っているかのように「高山、高山って呼ぶあの声……」。
このまま流されて、同じ部屋でダラダラ過ごしていたら、理性が飛び、多分我慢できなくなっちまう。
だからこそ、自分の部屋に自分を隔離するしかなかったのだ。お湯を先に使わせ、自分は籠る。それがまほろにできる精一杯の「優しさ」であり「自衛」だった。




