7 始まりの夜
まほろの腹がぐうと鳴った。そろそろ晩御飯の時間だ。いつもは一人暮らしのまほろ。外食かコンビニが定番だった。両親は遠方で共稼ぎ、近所に祖母がいるが、あまり交流はない。
「おい、水瀬……あおい!」
まほろは部屋のドアノブを掴んだまま、振り返らずにぶっきらぼうな声を投げかけた。
あおいは、ビクッとまほろの方を見る。
「俺、ちょっとコンビニ行ってメシ買ってくっから、お前はその間、着替えてろ。着てた服は洗濯場に置いたらいいから、寝てろ!いいな」
重いドアが閉まり、暫くして玄関の鍵がガリャリとかかる音がした。
まほろが出ていった部屋。それまで張りつめていた部屋の空気が、きゅうに冷え切った静寂となってあおいにのしかかってきた。
「……はぁ……」
あおいはベッドの端に腰掛けたまま、深くため息を吐いた。
まほろは、混乱しながらも濡れたブレザーを脱がせて、大きなバスタオルでぐるぐる巻きにして冷えないように寝かせてくれていた。
ベッドの上には、まほろが置いていった洗濯したてのグレーのスウェットジャージ。その上には未開封の男物トランクスのパック。
(ああ……濡れた服着替えないと……)
あおいは震える手で、バスタオルをそっと解く。濡れたカッターシャツを脱ぐと、ランニングの下からは見慣れない柔らかな豊満な胸二つ……。
(やっぱり……僕の身体じゃない……これは誰?)
自分の胸に恐る恐る触れてみる。指先から伝わる柔らかい感触と、トク、トクと刻まれる小さな鼓動。
どうせ家に帰ったって、仕事が忙しい家庭だったから、暫くは心配はしていないはず……あおいはそう思っていた。蒼の家は元から子供に対しては無関心な親だったから。保育所時代だって、迎えの時間を忘れられるぐらいだった。いきいき(小学生)だって暗くなるまでランドセルのまま遊んでいたし。
過去の蒼が真帆路に付きまとっていた理由……それは、子供の頃から何となく真帆路の境遇が自分とよく似ていて、ずっと親しみを感じていたからだ。決して恋愛感情ではない。必死に独学で勉強して、お弁当を作ったり、お菓子を持って行ったり、そりゃあ周りからは、こいつはおかしいと思われているかもしれないけれど、仲間が、一緒に共有できる友達が欲しかったのだ。ただそれだけだった……のにそれさえも拒否されてきた。
神様に「もういいです。もう真帆路との縁を切って下さい」とお願いしたことが、まさかこんなことになるなんて……。おまけに、望んでもいないのに……。
今ここにあるのは、誰かにちょっと強く掴まれただけで、簡単に青あざが出来てしまいそうな、あまりにももろくて弱い肉体だ。
(もしこのまま一生、男に戻れなかったらどうしよう?このまま……学校に……行けるのかな?みんなどう思うのかな?)
底知れない孤独と恐怖が襲ってくる。
あおいは震える手で、まほろの新品のトランクスのビニールパックを開けて、それを履いた。当然のことながら、男のまほろのサイズに合わせた下着だ。女の子の華奢な腰回りにはあまりにもガバガバで、ウエストのゴムは、全く機能してはいない。骨盤の引っかかりでかろうじて止まっているだけである。裾からは、白くて柔らかい太ももが丸見えで、スースーと空気が入り、とても心許ない。
続けて、グレーのジャージに袖を通す。洗濯したてのまほろのジャージ。そのアンバランスさにあおいはいっそう心細さを増した。
服を着ると、首元は鎖骨がすっぽり見えるほど広く開き、そでは完全に手を覆い隠してダボついている。ズボンの裾にいたっては、なんども折らなければ床に引きずって歩くことも困難だ。
髪も異様に伸びて腰の方まで届きそうだ。あおいは長い黒髪をかき上げながら、ローテーブルの前にちょこんと座って、膝を抱えてまほろの帰りを待った。




