5 歪んだ鏡面、差し出された琥珀色の温もり
「……ちょっと待ってろ。服、うちのババァが昔おいていったやつがクローゼットに__」
まほろはそう言いかけて、ハタと自分の考えが甘かったことに気づき、硬直した。
(ババァの服?そんなもの、両親は海外赴任で何年もこの家に帰ってきてねえし、そもそも、もし奇跡的に残っていたとして、今の女子が来ているような可愛らしい現代的なチェック柄のブレザー制服とはデザインもサイズもあまりにも時代がかけ離れすぎている。昔の古臭いセーラー服か、時代遅れの地味なスーツぐらいだろう)
そして何より__まほろの脳裏に高校二年生の男子高校生としては完全に限界突端な『致命的な事実』がぶち当たったのだ。
(下着……⁈そうだ、女の子の、下着なんてものは、この部屋に一枚もあるわけねえだろうが……っ!!!)
もしそんなものが男の一人暮らしのマンションからでてきたら、それこそ本物の変態かもしくは犯罪者だ。
まほろはバッとあおいから数歩分後ろに下がり、頭を抱えて顔面を紅潮させた。さっきから赤くなってばかりで、もう耳の裏まで沸騰しそうだった。
「あ、あのさ……!悪い、前言撤回!」
まほろはあおいを見ないように、あさっての方向を向いて手をせわしなく振った。
「お、女の子の服なんて、家には一着もねえわ。……だから、その、お前が良ければだけど、俺のTシャツとかジャージ貸すから……泥だらけの制服のままじゃ、気持ち悪いだろ?」
「……あのね、下着も……貸してくれるかな?」
「「「「!!!」」」」」
まほろはパニックである。……そういや、こいつ……女性ものの下着を……はじめから付けてなかった?一体どういうことだ⁈
それでも、気を取り直して、買い置きのおろしたてのトランクスとランニングを出してきた。
あおいはその様子をぼうっと見つめている。熱のせいでもあるのだが、本人は、まほろが何にそんなにテンパっているのか、最初すぐには分からなかったのだ。頭もまだズキズキと痛む。
「……ごめんね、高山。僕、別に何でもいいよ」
「!!!」
可愛らしい少女の声で、あまりにも無防備に平然と言ってのけるあおい。その言葉に、まほろの心臓がドクンと跳ね上がった。
「はっ、ば、馬鹿かお前。気安く『なんでもいい』とか言うな!男の部屋で、男の服を着るんだぞ?危機感持てよなっ!」
「危機感っって……え?何が?……」
あおいは眉をひそめた。中身は別に普通の男の子なのだから、男の服を借りることに何の抵抗もあるはずがない。しかし、今自分が「女の子の身体」になっているという事実、そして目の前で真っ赤になっているまほろの視線を意識した瞬間、急激に血の気が引いていくような感覚に襲われた。
男の下着……それも身体のサイズにあっていない……ということは、この高山の大きすぎる服しか借りるものが無いのだということだ。着ていた自分の服さえブカブカだというのに。
(……あ。それって、まずいんじゃ……?ない……??)
あおいは、やっと自分の置かれている状況が、大変なことになっていることに気づく。
……そして、急に自分の胸元が心許なくなり、あおいは慌ててサイズ違いの大きなカッターシャツの胸元を両手できゅっと押さえた。化粧っ気のない、スッピンの端正な顔が、今度は恐怖とは違う種類の羞恥心でふわりと赤く染まっていく。
そんな二人の間に、気まずい、けれどどこか甘酸っぱい沈黙が流れた。広いリビングに、外を打つ激しい雨の音だけが響く。




