30 近づく二人
ガチャリと鍵を開けて部屋に入ると、室内はしんと静まり返っている。
「あおい……?買ってきたぞ」
まほろはダイニングに荷物を置いて部屋に行くと、あおいはまだ丸くなって毛布にくるまっていた。
「……まほろ……」
もう、あのいつもの「おかえりー」と張り切った声で、まほろを迎える元気もなく、掠れた声でまほろを見上げるあおいの瞳は激痛と恐怖で完全に潤んでいた。
「これ、店員さんに聞いて買ってきたナプキン……あと、鎮痛剤。飲めるか?」
まほろはスポーツドリンクのペットボトルを開け、ゼリー飲料と一緒にあおいの枕元に置いた。そして、ナプキンのパッケージを差し出す。あおいはそれを振るえる手で受け取ると、その生々しい「女子専用の道具」の感触に、また唇を小さく震わせた。まほろは簡単だが、一通り店員さんの説明を話す。
「……使い方、分かるか?」
「う、うん……なんとなくだけど……僕、トイレ行ってくる……」
あおいはこれ以上シーツを汚さないように慎重に毛布をめくり、下腹部を押さえながら生まれたての小鹿のような足取りでよろよろとトイレへ向かった。
その背中を見送りながら、まほろはシーツをゆっくりと剥がした。残された小さな赤黒いシミ……。
(……本当に、アイツ、女の子になっちまったんだなぁ……)
学校では今頃、テスト明けの退屈な授業が進んでいるはずだ。そこには男の「水瀬 蒼」が座っている。
だけど、この部屋のトイレで、今まさに初めての生理の血に怯え、痛みに耐えているこの可愛い生き物も、「水瀬 あおい」なのだ。
暫くして、着替えてトイレから戻ってきたあおいは、完全に体力を使い果たしたようにソファーに倒れ込んだ。ナプキンをあてた下着に違和感があるのか、少しだけもじもじと足をすり合わせている。
「薬、今のうちに飲んどけ。もうちょっとしたら、温かいココアも淹れてやるから」
「うん……ごめんね、まほろ。僕……男のくせに涙脆くなってる」
(バーカ。……もう男じゃねえだろ)
まほろは、キッチンでマグカップにココアを温めて注ぎながら、あおいに聞こえないように呟いた。
「……痛いときは痛いんだよっ。男の我慢なんか、今のお前には通用しないんだ」
ココアの甘い香りが部屋に広がっていく。
まほろはあおいの寝転がるソファーの横に、ただ黙って座った。
「……学校……サボっちゃったね……はは」
「気にすんな。一日ぐらいどうってことない」
まほろは、あおいの額に張り付いていた髪をそっと指で払ってやった。
自分に向けられるあおいの瞳。
世界から完全に切り離され、自分だけを命綱にして呼吸しているこの美少女。
痛がっているあおいを可哀そうだと思う反面、まほろの胸の奥はドクドクと甘い独占欲で満たされていく。
(誰も知らない。お前が此処にいるなんて、世界中で俺しか知らないんだ)
「……痛みが引くまで、ゆっくり寝てろ。ここに居てやるから」
「……うん……」
あおいはまほろの手の上に、自分の細い手をそっと重ねた。薬が効いてきたのか、それとも底知れない安心感からか、あおいの瞼がゆっくりと落ちていく。
外から聞こえる日常の喧騒を遠くに聞きながら、二人は世界の歪みの中で、静かにそして深く、お互いしか見えない共依存」の泥沼へと沈んでいくのだった。




