31 最終回 正反対の祈り、沈黙する境内
あおいの生理が始まってから三日目……まほろが決死の覚悟で買ってきたナプキンと薬のお陰で、あおいの体調も回復してきた。
体調が戻ると同時に、あおいの胸を突き動かしたのは、「元に戻りたい」という強い焦燥感だった。
「ねえ、まほろ……僕、あの縁切り神社にもう一度行ってみたいんだ。君のお陰で、今ならアイツに……高山 真帆路にもちゃんと向き合えそうなんだ……僕、帰りたい」
「なんだって……急に……」
「急じゃないよ、僕がこっちに居るのがおかしいんだって。今なら帰れる……気がする」
最初は嫌がったまほろだったが、一人であおいを行かせるのは嫌だったため、結局渋々付き合うことにしたのだ。
夕方の薄暗い境内。あの日と同じように、夕暮れ時の境内は不気味なほど静まり返っていた。あおいは、パーカーの袖を握りしめてゆっくりと拝殿の前に進み出る。
(神様、お願いします。僕を元の水瀬 蒼に戻して返して下さい。この世界の僕は偽物です。僕の身体を男に戻して、家に帰らせてください。『高山 真帆路』のいる世界へ)
あおいは必死に目を閉じ、胸の前で手を合わせて、心の中で叫ぶように祈った。その横顔は、元の世界への未練と、自分の元の身体へ戻りたいという縋るような切実さに満ちていた。
その隣で、まほろも同じように目を閉じ、手を合わせていた。
しかし、まほろの胸の内で渦巻いていたのは、あおいとは全く別の正反対のどす黒い願望だった。
(神様、あおいを絶対に元に戻さないでください。こっちにいる二人の水瀬をどちらか戻すのであれば、男の『水瀬 蒼』のほうにして下さい。ここに居るこの可愛いあおいは、俺が見つけたんだ。だから……絶対に返さないでください。ずっと俺の傍に置いておいてくれ!)
あおいは帰りたいと願い、まほろは返したくないと願う。ふたりの引き裂かれた祈りが、静寂の境内に溶けていく。
ガラン、と「鈴緒」を引いて鈴を鳴らし、二人は深く頭を下げた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙。
風が、木々を揺らして吹き抜けていくだけだった。光が走ることも無ければ、意識が遠のくこともない。あおいは恐る恐る自分の身体を見下ろし、胸に手を当てたが、そこに平らな男の胸が戻ってくる気配は微塵もなかった。膨らんだ胸が、呼吸によって小さく上下しているだけ。
「……なんにも、起きない、ね……」
あおいが、ポツリと絶望に震える声を漏らした。
「……そうだな」
「…………」
まほろは、努めて平静を装いながら答えた。だがその内心では、激しい歓喜が躍っていた。神様なんていない。奇跡も起きない。……でも、世界は俺の願いをちゃんと聞き届けてくれたんだ。
「……気が済んだら、帰ろうぜ……なっ?もう、いいだろ?……あおい」
まほろは、絶望に肩を落とすあおいの細い肩を、後ろから引き寄せるようにして抱きかかえた。あおいはもう、その拘束を拒む力すら残っていなかった。まほろは早くここを離れたくて、あおいを引っ張る。
「あ……う、うん……」
夕闇に沈んでいく神社の石段を、二人は並んで下りていく。あおいの絶望と、まほろの歪んだ独占欲をのせたまま、二人の「歪な同居生活」は、何事も無かったかのように続いていくのだった。
ひとまず終わります。
有難うございました。




