3 見知らぬ天井、広すぎる部屋の雨音
___トントン、トントン……。
外は雨。規則正しく外部のベランダの上部から滴り落ちる、雨の音が微かに聞こえてくる……。
「……ここ、どこ、だろ……」
あおいは、ゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
視界に飛び込んできたのは、間接照明が灯る高い天井。ベッドの上にあおいは横たえられていた。
身体が妙に熱く、気だるい。何よりも__首回りがガバガバして妙にスース―する。
「え……?なん……?」
慌てて羽毛布団を跳ねのけ自分の身体を見下ろした。泥まみれだったはずのブレザーは上着が脱がされており、大きめのバスタオルと毛布でぐるぐる巻きにされている。パニックになりながらベッドから這い出し、絨毯の床にブカブカのズボンをひきずりながら、壁の大きな全身鏡に前へとやっとのことで辿り着く。
そこに映っていたのは、雨に濡れて乱れた長い黒髪、潤んだ大きな瞳―—息を呑むほどに可憐な、見知らぬ「女の子」の姿だった。
「なんなんだよっ、これ……っ!誰なん……」
叫んだ声すら、自分の野太い声ではない。高い、女の子の悲鳴になる。意味が分からない。僕は神社の境内で、あの地獄のような日々から抜け出したくて、必死に『高山 真帆路との縁切り』を神様にお願いしていたはずなのに……。
その時、静かに部屋の戸が開いた。
「―—おっ、起きたか!無理するな、まだ熱あんだろ?」
お盆にスポーツドリンクのペットボトルとコップを載せて入ってきたのは……なんと高山だった。あおいは一瞬で血の気が引いた。最後に会った時には、黒髪だったあいつ……蔑むような瞳の……でも、今いるのはなぜか金髪になったまほろだ。心なしか表情が……心配そうにこちらを覗き込んでいる。
(なんで⁉……どうして?高山が目の前に居るんだ……そんで、金髪……?染めたの?)
そういや……高山の家ってマンションだって聞いたことがある。もしかして……ここって?……あおいの震えは止まらない。縁切りをお願いしたはずなのに、なぜか自分は自分ではない姿になって、あの一番恐ろしい男の前にいるのだ。
あおいは恐怖のあまり、鏡の前でガタガタと身を縮め、怯え切った目で高山を睨みつけた。
一方、スポーツドリンクをトレイに載せてきたまほろは、ドアのところで完全にフリーズしていた。
彼の目に映っているのは、サイズの合わない大きなカッターシャツをはだけさせ、ブカブカのズボンから細い足首を覗かせながら、大きな涙目でこちらを激しく拒絶してくる美少女だ。
「うっ、上!ボタンちゃんと締めろ……って俺が脱がしたんだわ、ごめんっ!違うんだ、変な下心はマジ、ねえからっ!!!」
まほろはバッと顔をトマトのように真っ赤にして後ろを向くと、首の後ろまで真っ赤にしながら、必死の言い訳を捲し立てた。
「おっ、お前が、泥だらけで倒れているから、そのままベッドに寝かせるわけにも行かねえし……かといって女の子の服も全部着替えさせるなんてそんなの、俺の心臓がもたねえっていうか、絶対に犯罪だし……だからっ、目ぇ瞑りながら上着だけ脱がしてバスタオルでまいたんだ!本当にそれだけだ、信じてくれ!」
トレーを置き、顔を赤くして弁明する高山。あおいは、その様子に激しい違和感を覚えた。
(……え?なにこれ……。高山が僕に向かって焦って一生懸命言い訳してる状況……?)
本来の真帆路なら怯えるあおいを見て「何やってんだよ、何だよ⁉お前のその身体、マジ受けるんだけどぉ……」と嘲笑うか、おもちゃを見るようないやらしい命令をしてくるはずだ。スポーツドリンクを手に持って、こちらをオロオロと気遣うような、こんなに底抜けにピュアで優しい目を向けてくるはずがない。
リアクションに戸惑うあおい。
目の前にいるのは、大嫌いなはずの、でも気になっていた高山 まほろの顔そのもの。
なのに、あまりにも不条理であまりにも温かいその眼差しにあおいは激しく混乱し、ただボロボロと大粒の涙を溢すことしか出来なかったのだった。




