28 湯気の向こうの幸せと異変
「熱っ……でも、うっま……」
オーブンでこんがりと焼き目の付いたグラタンを口に運んだまほろは、素直な声を上げた。
フライパン一つで作ったとは思えないほど、ホワイトソースはなめらかで濃厚だ。マカロニには鶏肉と玉ねぎの旨味がしっかりしみ込んでいる。
「良かった」
あおいは自分の分のスプーンを動かしながら、フフッと嬉しそうに目を細めた。その笑顔は、どこにでもいるごく普通の、少し大人びた可愛い女の子のそれだった。
「あおい……お前って、本当に凄いな。味付けまでバッチリだわ。プロみてえ」
「大袈裟だよ。高山が……まほろが手伝ってくれたからだよ。それに、こうやって誰かと一緒に温かいものを食べると余計に美味しく感じるんだよ」
「そっか……」
電波少女「あおい」が「水瀬 蒼」で、隣のクラスの陰キャ男だとは未だ信じられない。……でも、この短い日数の中で、まほろは自分の生活が変わっていくのを感じられずにはいられなかった。
「ま、お前が居てくれるお陰で、俺の生活は劇的に改善されている……ってことだな。ありがとな」
「ううん、こちらこそ。……僕の方こそ、……まほろにはいつまでも甘えているわけにはいかないって分かっているんだけど……。でも、今はすごく、ホッとしている」
「急ぐ必要はねえよ。……なんとかなる」
そういって笑い合う二人の間には、出会ってから日が浅いとは思えないような穏やかで柔しい空気が流れていた。
ご飯とお風呂を済ませたあおいは、いつもより少しだけ早くベッドに潜り込んだ。何だか身体がだるい……今日の買い物で疲れたのかな。そう思っていた。
(……まほろの隣が、こんなにも安心する場所になっているなんて……)
自分の身体が変わってしまったという絶望。これからどうなるか分からない不安。その全てがまほろの優しい不器用さに救われていく気がしていた。このまま、この穏やかな日々が少しでも長く続けばいいのに……あおいはそう願いながら、ウトウトと眠りに落ちていった。
――しかし。
そんなささやかな幸せを切り裂くように、本当の「恐怖」は深夜、静かにあおいの身体の奥底から這い上がってきたのだった。
「……つ、高山……、助けて……お腹が……痛い」
次の朝、まほろは、自室にいるあおいの弱々しい声で、目を覚ました。布団の中で、あおいが信じられないくらいまるでダンゴムシのように小さく丸まって、お腹を抱えて震えている。顔色は真っ白で、額には冷や汗が滲んでいた。
「おい、どうした⁈……お腹痛いのか?救急車……か?」
「……ち、ちが……あの……ち、血が出てるんだ……」
「はっ?何処からだよっ!ケガしたのか?」
慌ててあおいの身体を起こそうとするまほろに、あおいは青白い顔をしながら、いまにも泣き出しそうな声で言った。
「……ち、違う……その、お腹の下から……僕、病気なのかな……死ぬのか……なっ?」
パニくるあおいの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。男だった頃のあおいなら、絶対にあり得ないほどの弱気と涙。そこでまほろは、ようやく察した。
(……あ、もしかして、あれか⁈)
「……あおい。お前、それ……多分、病気じゃねえよ」
「え……?」
「ほら、教科書に載ってたろ?……『生理』だ」
まほろの言葉に、あおいは目を見開いたままフリーズした。理屈では知っている。女子には毎月訪れるものだと。しかしまさか「男の蒼」だった自分にそれが訪れるなんて、夢にも思っていなかった。
「う、嘘だろ……?ぼく、男だぞ……?なんで……??」
「男の身体じゃなくなってんだから、当たり前だろ……いや、とにかく動くな。お前、お腹痛いんだろ?温めとけ。俺、今日、ガッコ休むわ」
まほろは慌てて、タブレットに電源を入れた。欠席届をクラスルームに送るためだ。




