26 一階食料品売り場
一階に降りてカートを確保したまほろ。食品売り場に来た瞬間にあおいの目の色が変わった。
お腹を空かせたまほろは、嬉しそうだ。
「腹減った。おいあおいっ、総菜の唐揚げとかポテト食おうぜ!」
と総菜コーナーへと突進しようとするが、あおいがそれをガシッと引き留める。
「ダメダメ。そんなのばっかり食べてるから、お前、肌荒れしたりニキビがでんだよ。なんせコスパが悪い。……買い物にも行けるようになったし、できるだけこれから僕がちゃんと作るから」
「………………え?お前が飯作るって?……マジオカンかよ⁉」
あおいは慣れた手つきで野菜コーナーを物色しはじめた。
「あ、今日はキャベツが特売だ。……うん、こっちの方が重みがあって中身がつまっているな。……高山は、豚バラと鶏肉……ムネだよ…………取ってきて。……玉ねぎとじゃがいも……オーブンレンジがあるからグラタンとかも作れるかな。乾燥マカロニ……も買おうかな……いい?」
「あ、マジ?……グラタン……お前が作れんのかよ⁈」
まほろの目が輝いた。外食かコンビニ……そんなものしか食べてこなかったまほろにとって、一からの手作りの料理はもはやご馳走以外の何物でもない。
「うん……だって僕……ずっと自分と真帆路の為に、今までいろいろ頑張ってき……あっ……」
そこであおいは言うのをやめた。目の前のまほろではない。それは彼にも分かった。いままであおいに作ってもらったのはプリンだけだ。
まほろは、いい知れない「ちくり」とした痛みを感じた。あおいはとっさに話題を変えた。
「……あははっ、そっ……そうだ!朝ごはん用の食パンと牛乳は……と……今日の朝、全部飲んじゃったし、卵がもうなかったし、バター、チーズに生クリーム……三温糖も買っていい?あと、薄力粉……ソース用とお菓子用にもできるしさ」
楽しそうに慎重に商品を選びながら、買っていいかと一品ずついちいちまほろにお伺いを立てるあおい。
傍から見れば「学生のような若い新婚カップルが二人で、楽しそうに今夜の晩御飯の買い出しをしている」ようにしか見えなかった。
「……なぁ、あおい」
「ん?」
「今のお前って……喋んなかったら完璧に『女の子』だな……」
「うるせえなっ!……それって誉め言葉じゃねぇだろ?」
あおいがふくれっ面をする。それもまたとても可愛いらしく見える。
「ちくしょう……ペナルティだ。高山っ、お前が重い方を持てよっ!」
「……分かってるよ」
言われなくても、分かっている。
まほろは、あおいをもう普通の友達としては見られなくなっている自分に気づき始めていた。
カートを押し、賑やかなショッピングモールの食品売り場を歩きながら、散々迷った末に、まほろが意を決して口を開いた。
「今日で、テスト終わったんだけどさ……普通に来てテスト受けてたぞ……水瀬 蒼……」
一瞬、あおいがピキリと凝固した。
「……え?な、に……それ……」
「……だから『水瀬 蒼』がお前の席に座っていた」
あおいの顔から、見る見るうちに血の気が引いていった。自分の知らないところで、自分と同じ顔した「誰か」がちゃんと居る。誰も自分を探してはいない。この世界にとって、自分は最初から居なかったも同然――。
「それじゃあ……僕は、何の為にここに居るの?向こうの家に僕が要るなら、ここに居る僕は……っ」
過呼吸気味になり、しゃがみ込みそうになったあおいの肩を、まほろがグッと強く掴んだ。
目の前が滲む。
「あおいっ!落ち着け……周りが見てる」
怯えた涙目でまほろを見上げるあおいの瞳は、完全に世界に捨てられた迷子のそれだった。
その絶望に染まった顔を見た時、まほろの胸の奥でドロリとした暗い歓喜が弾けた。
(……お前を『水瀬 蒼』だったと知っていて……今は女の子のお前の存在を求めているのは……俺だけなんだな……)
「なあ……今日はグラタン、作ってくれるんだろ?落ち込んでいる暇ないぞ。材料買って、早く家に帰るぞ……俺たちの家に」
「……」
まほろは拒絶を許さない力強さで、あおいの冷え切った手を握りしめた。あおいは涙を堪えながら、ただまほろの手の熱に縋るように、小さく頷くしかなかった。




