21 手作りプリン
「……暇だなぁ……」
三日目の午後、まほろは学校へ出かけている。洗濯と掃除を一通り終えて、買って貰ってあったお昼ごはんを食べ、テレビを観るのもそろそろ飽きてきた。
窓の外では、梅雨の時期のどしゃ降りの雨が音を立てて降り続いている。
外に出る服も無ければ、玄関には泥だらけの履いていた男子学生用のローファ―のみ。それも28cm。水瀬家には「体調不良で引きこもっている水瀬 蒼(男)」がもう一人いることになっているから、自分の家なのに参考書一冊取りに帰ることも出来ない。完全にこの部屋に足止めされていた。
(あいつ(まほろ)テスト始まるってのに……ベクトルの基本さえ危なかったから応用で絶対つまづくな……)
ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、あおいは小さくため息を吐いた。
赤点ギリギリのヤツを助けたいという変な正義感。そして何より、あの数式を考えている間だけは、自分が確かにあの進学校で頑張っていた「水瀬 蒼」なのだと証明できる気がして、妙に焦燥感が募る。
(……ううっ……何か動いてないと、余計なことばっかり考えちゃうな)
あおいはぶかぶかのメンズジャージを引きずりながら、気分転換に立ち上がってキッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けると、まほろがバイト先から貰ったのか、買ってきたのか卵のパックと牛乳が入っていた。
コーヒーを飲むからグラニュー糖の袋が台所にあった。
(卵、牛乳、砂糖……。よし、プリンにしよう……。)
わざわざ手作りするものでもないが、まほろに三食食べさせて貰っている居候の身としては、何か少しでも恩返しがしたかった。
まあ、今のあおいにとって、出来ることといったら、部屋の片づけと、これぐらいなものだ。
キッチンに立つと、あおいは手際よく動き始めた。
まずはフライパンに砂糖と少量の水を入れ、火にかけた。
じっと見つめていると、透明な液体がふつふつと泡立ち、やがて香ばしい匂いと共に琥珀色のカラメルソースへと変わっていく。それをまほろの家にある適当なカップの底へ手早く流し込んだ。
次に卵をボウルに割り入れ、泡立てないように静かに白身を切るように混ぜる。温めた牛乳と砂糖を少しずつ加えていき、バニラエッセンスはないので、台所に転がってあった、カチカチのはちみつを見つけて溶かして隠し味に入れた。アルミホイルで蓋をする。
オーブンを150度に予熱する。予熱が完了すると、天板にコップを並べてそっと熱湯を注いだ。
「……うん、こんなもんだろ」
じわじわと庫内の温度が上がり、ガラス窓の向こうでプリンがゆっくりと固まっていく。「湯せん焼きプリン」だ。あとは冷やすだけ……と時計を見ると、まほろが帰ってくるまでまだ数時間はある。
あおいはキッチンの壁に背中を預け、ダイニングのテーブルで再び頬杖をついた。
男物のジャージの袖から覗く自分の腕は、驚くほど細くて白い。
ほのかに甘い匂いに包まれながら、あおいは自分が「願掛けをして縁切りを願った男の部屋で、帰りを待ちながらそいつの為にお菓子を作っている」という、訳の分からない、あまりにも現実とはかけ離れたシチュエーションに居ることに、今さらながら強烈な気恥ずかしさを覚えるのであった。




