20 コイバナ 『向坂 あかり』ちゃん
二日目の夜、二人はダイニングテーブルに教科書や参考書を開きながら、コーヒーを飲んでいた。あおいは、まほろの教科書にふと視線を落とした。
「……高山のお陰で、僕、なんとか助かったよ。服まで買って貰って……悪いな」
「……気にすんなよ。仕方ねえだろ?……次は『水瀬 蒼』が学校に出てきてから考えようぜ」
「うん……」
あおいは力なく返事をした。不安がまだ一杯のあおいである。
「俺、数学苦手なんだよな……証明とか、からきしダメでさ、分かんねえし」
「……そうなんだ。僕は、結構得意な方だよ」
「お、マジ?……まあ、俺は元々勉強好きじゃねえしな」
「……そういやさ……うちのクラスの『向坂 あかり』ちゃんも、数学が苦手だって友達と話してた……」
「……向坂……あかり……」
ピクッ、とまほろの肩が跳ねた。
向坂 あかり……あおいのクラスの女子だ。物静かで、笑うとすごく可愛い女子。まほろも実は密かに(いいな)とは、考えていた隣のクラスの女の子だ。
「……な、なんで急に向坂の名前出すんだよ」
まほろが動揺を隠すようにぶっきらぼうに言うと、あおいは男らしく自嘲気味に笑った。
「ああ……いや、別にさ。ぶっちゃけさ……僕、アイツの事……ちょっと気になっていたんだよね。席も近かったし、今度の試験が終わって落ち着いたら、思い切って勇気出して、ちょっと話しかけようかな、なんて思ってたんだけどな……」
あおいはジャージの袖をいじりながら、ポツリと言った。
「お、おう、マジかよ、あおい……お前も向坂のことが好きだったのか」
「……や、好きっていうか、気になるっていうか……」
まほろは絶句した。まさか二人で『同じ女の子』を良いなと思っていたなんて夢にも思わなかったからだ。「男同士」ののライバル発覚――のはずだった。その二人の間に共通の話題が生まれたのだ。
だが、今のあおいは、まほろのジャージをぶかぶかに着こなした、儚げな美少女の姿をしている。
「まぁ、今の僕じゃ、話しかけるどころか教室に行くことも出来ないけどな。……はははっ、僕の席には、別の『僕』が居るわけだし……」
あおいは努めて明るく笑って見せる。自分の恋が、始まる前に物理的に消滅してしまった現実。その寂しさを隠すように、あおいはガシガシとまほろの頭を小突いた。
「だからさ高山っ、お前はこれから、勉強頑張れっってことだよ。隣のクラスだけど、向坂にちょっとは良いとこ見せたいじゃん。そうだろ?」
「……っ、お前なぁ!……」
まほろはグチャグチャな感情でノートを見つめた。
こいつは、あかりちゃんへの恋心を語る「男のライバル(蒼)」はずなのに。
自分のすぐ隣で、長い髪を耳にかけながら切なそうに笑っているあおいは、正直、あかりちゃんよりも遥かにまほろの目を奪うほど綺麗でどストライクだ――。
(同じ女子が好みだなんて、ヤバすぎるだろ⁈つーか、なんで俺は、目の前で落ち込んでいるあおいを見て、こんなに心臓バクバクさせてんだよチクショウ!!)
まほろは激しく再びシャープペンシルを動かし、心の中で、般若心経を大声で詠唱しながらベクトルの難問に八つ当たりするしかなかったのだった。




