12 不在の証明と綺麗になった鳥かご 3
まほろは、自分の部屋で無防備に眠るあおいを結局起こすことも出来ず、何度か部屋に入っては黙ってその寝顔を眺めていた。
中身が「男の水瀬 蒼だ」ということは本人から何度も聞いている。だが、この華奢な肩を、細い指先を、世界線が変わって行き場を失くしたこのアイデンティティーを今、守れるのは自分しかいない。
昨日買っておいた、パンや菓子を並べる。あおいはまだ起きそうにない。
『学校に行ってくる。なるべく早く帰るから大人しくしてろ』
とメモを残し、制服に着替えて、まほろは家を出た。
数時間の経過―――。
さて、カーテンの隙間から差しこむ強い日差しに、あおいはようやく重い瞼を開けた。時計の針はすでに午後を回っている。見覚えのない天井、鼻腔をくすぐるまほろの匂いに、あおいは自分が置かれた状況を思い出し慌てて飛び起きた。
ベッドの足元を見つめる。そこには、昨夜あまりの大きさに耐えかねて、就寝時に床へ脱ぎ捨ててしまったまほろのグレーのジャージが転がっている。今のあおいは、まほろのぶかぶかなジャージを着て、下は貸してもらった男物のトランクスだけというあまりにも心許無い格好だった。
羞恥心を隠すように慌ててズボンを拾い上げ、細い足を通して紐をきつく縛る。裾は折り返したが、それでも歩くたびに落ちてきて、踏んでしまいそうになるのが気になる、厄介なものだ。
部屋をそっと出て、ダイニングのテーブルに座った。
家主のまほろは学校へ行っていて、部屋は静まりかえっている。テーブルの上には、昨日まほろが買ってきたパンや菓子、そして慌てて書いたような乱雑なメモが一枚。
(高山、わざわざ用意してくれたんだ……)
申し訳なさと有難さで頭がぐちゃぐちゃになりながらも、あおいは冷蔵庫から牛乳のパックを取り出した。コップに注ぎ、パンを一口齧る。昨日よりも体調は良さそうだ。
前に居た生活とほとんど変わらない。元の世界でも仕事の忙しい両親からの食事の用意は無く、食費だけをいつもテーブルに置いてくれていたネグレクトに近い家庭だった。それに比べれば、幾分マシな食事だった。
食べ終わってから、あおいは考えた。彼の生真面目で几帳面な気質がある「切実な問題」へと向かう。
(このままじゃあ、今日の夜も絶対に眠れない……)
昨夜のあの、のたうち回るような気まずさ。中身は男なのにあいつの匂いが精神衛生上よろしくなさすぎる。男のプライドとして、ダチの体温をこれ以上生々しく意識したくはない。
「よし、干そう!」
あおいは立ち上がるとまほろの自室へと戻った。窓を開け、空気を入れ替える。あの匂いの元凶であるシーツと枕カバーを手際よく剥ぎ取っていく。そして大きな掛布団と敷布団を一枚ずつベランダへと運んだ。
ズボンの裾を踏まないように気をつけながら、布団を物干しへと力一杯にかける。
「よいしょ……っと、重いな、これ」
女の子の身体は思った以上に筋力が無く、布団一枚干すのにも息が切れた。だけど、太陽の光をいっぱいに浴びる布団を眺めていると、少しだけ安心した。今夜はもう少し落ち着いて眠れるはずだ。
布団を干し終えたあおいは、そのまま剥ぎ取ったシーツ類を洗濯機に放り込み洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを押した。
自分の家でも、自分を守るために叩き込んできた家事スキルがこんなところで役に立つとは思わなかった。
「次は……部屋の片づけ……か」




