#7.0
しかし何故、父と妹は僕が堀岡たちに暴力を振るわれていたことを知ることができたのか。
それについて父に聞けば、堀岡たちは誰かに密告されたのだという。
遠藤と、僕への暴行を見ていた誰かに。
疑問なのは、それは誰なのかということ。
そしてその答えは判りきっている。『そんな人物はいない』、だ。
堀岡たちは周到だった。
客観的に考えて、彼らのいじめ偽装は徹底していた。当事者たち以外には絶対に分からないだろうと思うくらいには。
……実際、堀岡たちがそういう奴らだと知っていた僕でさえ、遠藤へのいじめが続いていたことには気付けなかった訳だし。
僕が最初に遠藤へのいじめの現場を目撃できたのも、遠藤の遺書の内容を知ったあとだと堀岡たちの仕込みである可能性の方が高く思えてくる。あるいは、僕と彼らが仲良くなった時期からすでに彼らの計画のうちだったのかもしれない。
僕という新しいサンドバッグを手に入れるためだけに彼らが計算尽くで近付いてきていたのだとしても、何ら不思議なところはない。
だけど、彼らのそんな完璧な偽装にも例外はある。
既に言った通り、『当事者たち以外には絶対に分からない』、なのだ。
つまり例外とは、他ならぬ当事者たち。
少なくとも被害者側である僕と遠藤、そして加害者側である堀岡に前島、天川と山本は知っていた。
遠藤の遺書では彼らの実名については触れられておらず、となると密告したのは遠藤ではない。
そして当然、僕も昨日まで迷宮に潜っていた。先生にもまだ話していなかった。
では、加害者のグループなのか。
主犯格で、嬉々として暴力を振るう人間であった堀岡、前島はないとしても、天川とか山本なら、確かにあり得るかもしれない。
遠藤の自殺に動揺した二人のうちどちらかが――あるいはどちらもが――自白した可能性はある。
今後彼らは家庭裁判所に送られて罪を問われるだろうね。と、経緯を話してくれた父は冷淡な表情で吐き捨てた。
「……ふー」
僕はキーボードを叩いていた手を一旦止めて、肩を回しつつ天井を仰ぐ。
今は自室で思い出せる限りに詳細な迷宮攻略の顛末を記しているところだった。
父によれば、恐らくかなり突っ込まれて訊かれるだろうということなので、思い出せるうちに書けるだけ書き出してしまおう、というわけだ。
二時間ほど掛けてようやく、魔物を発見する件までを打ち終え、一息つくことにした。
そうすると、どうしても浮かんでくるのが堀岡たちのこと。
迷宮で命を失いかけて、誓ったことは二つ。
家族に再会することと、堀岡たちに報復すること。
家族には無事……とはいかないまでも、また会うことができた。
では、堀岡たちへの報復は?
半年以上にも亘る暴行の被害者から加害者へ、何をもってすれば報復になる?
いやそもそも、どっちに対する報復なんだ?
僕が受けた耐えがたい苦痛に対してなのか、遠藤が飛び降りたことへの恨みなのか。
「………」
考えても分からないことは、考えない。
このことについてはまた、明日考えよう。
僕は大分思い出しやすくなった記憶を探りながら、また自分の行動記録を打ち込み始めた。
◇◇◇◇◇◇
「……よし」
こんなものだろう。
完成したそれをざっと読み直して、いくつかの箇所を訂正しつつ、僕はその文書を保存してファイルを閉じた。
ちなみに文書名は“迷宮探索詳細”であり、なんとも味気のないものとなっている。
人に見せることになるものなのだし、変に格好のついたタイトルにしてもあれだな、と思ったのだ。
次にメーラーを立ち上げて、父宛てに今しがた作成したばかりのファイルを添付、送信しておく。
文面は、“とりあえずできたものです。分かりにくいところがあったら後で教えて下さい”、とした。
PC内蔵の時計を見れば、時刻は午後五時を回ったころ。
やるべきことはいくらでもあるけど、少し休憩でもしようかと僕はスマホを立ち上げる。
約四日ぶりにあふれる電波のもとに晒された電子機器は水を得た魚のように大量の通知を画面に連ねた。
「……ん? 『せな』ってこの名前……深沢? 」
定期購読しているメールが数件、さらに普段やり取りをしないクラスの人からもSNSを通じたメッセージが送られていたことには驚いた。
学校で会えば日常会話くらいはするけど、携帯ではロクに話したこともなかったような人物である。
それには“携帯が壊れていて使えなかった ごめん”と返信をしておいて、次に僕は動画サイトを開く。
迷宮関連の動画が上がっていないか――時代柄、間違いなく上がっているだろうけど――確かめるためだ。
試しに“迷宮 内部”というワードで検索を掛けてみるけど、残念ながら何もそれらしいものはヒットしなかった。迷宮の内部はどうなっているのか推測、とか、そういう動画ばかりである。
かわりに、迷宮を外から撮影したものは複数件ヒットした。
意外だったのは、それらは例外なく『門』の形をしていたこと。
見上げるほど大きな門から、通常の玄関サイズの小さな門まで、その材質も木や石、金属と様々なのに象っているのは全て門。
それを見た時、不思議に思った僕はふと嫌な想像に行き当たった。
これらは『門』。
そして僕が触れたのは『鍵』。
僕が、『鍵』という迷宮に触れたことで、『門』の迷宮が世界各地に生まれてしまったのではないかと。僕が鍵に触れるよりも以前、迷宮は一切確認されていない事実ともこれは合致する。
いやまさか、世界規模の異常現象が、僕一人をきっかけにして起こっているなんてそんなことあるわけがない、とも思うのだけど……今の段階では、否定できない。
それにしたって、不可抗力だし、僕は悪くないはず。
誰だって、自宅の庭に身に覚えのないオブジェが鎮座していたら手を触れてしまうものだろう。
それがあからさまに危険な形状をしていたならともかく、鍵だったのだ。
何度シミュレートしても、あれが迷宮に繋がっているということを知らない限り無視をするという選択肢はありえない。
僕がそんなことを考えながらいくつかの動画を流し見していたその時、部屋のドアがコンコン、とノックされた。
「亜紀ー、ちょっと聞きたいんだけど」
「ん? 何?」
返事をすれば、ひょこ、と父がドアから顔を覗かせる。
「亜紀が迷宮に入る前に触ったのは、鍵、だったんだよね?」
「そうだけど」
まさに今、それについて思い返していたところだ。
「今確認してきたんだけど、ウチの庭にあったのは鍵じゃなくて石の門だったんだよ」
このくらいの、と背伸びをして手を伸ばした父の表現が正しいとすれば、動画でいくつか見た中でも一番小さいタイプの門がそれにあたる。
「……ちょっと僕も見てきていい?」
「ああうん、僕も一緒に行くよ」
庭にあったのは、確かに門だった。
ちょうど父が示していた程度のサイズの、石の門である。
「ね、見ての通り門なんだよ」
「……そうだね」
いったい、どのタイミングですり替わったのか。
僕が攻略を完了した時だろうか。
「鍵は亜紀の見間違い……ってことはないか。やっぱり、このことも含めて市役所に報告するしかないね」
「……うん、流石にこれと見間違えるようなものじゃなかったよ」
もう日も沈みかけて、石門からは夕陽の影が伸びている。
やっぱり僕がこの事態を引き起こしてしまったのでは、という疑惑が僕の内心でますます盛り立てられていくのを感じながら、僕たちは家に戻った。
◇◇◇◇◇◇
翌日、日曜日。
僕はまた庭に立っていた。
〈仁城 亜紀 lv.19【+4】[+]〉
生命力 5
体力 4
防御力 5
筋力 3
技術 4
魔力 6【+2】
素質 5【+2】
[魔法]・短距離転移
経験値:1,330
あの魔物を倒した経験値であれからさらにレベルを四つ上げ、今のレベルは19になっている。
これがどれくらいの強さなのかは、他に比べる基準もないので分からない。
あの迷宮では全ての能力値が1に固定されていたけど、元々の能力が低かったせいか特に支障は感じなかった。
普段より少し腕が上がりにくいかな、とか、少しコントロールが効きにくいな、とかその程度のものである。
しかしこれから確かめたいのはそのステータスによる強化の恩恵ではなく、[魔法] とかいう代物について。
このステータスの短距離転移という部分に触れると、そこからさらに新しいパネルが開く。
そのことに気が付いた時は新情報が得られる、と思ったものだけど……。
[短距離転移]
イメージした空間へと瞬間的に移動する。障害物がある場所に向けては発動できない。
単に、そう表示されただけだった。
字面から読み取れる情報がほとんどで、収穫といえば “イメージ” することが大事だ、ということくらい。
ああ、あとは *いしのなかにいる* が回避できそうなことも分かるか。
どのくらいの距離が転移できるのか、転移できる回数に制限はあるのか、一言も触れられていなかったため、ひとまず自分で確かめてみることにしたのだ。
妹の美紀から借りてきたスマホ用の三脚を、自分から離れた位置にセッティングする。
ビデオモードに切り替えたうえで、撮影を開始した。
まずはフラットな状態で、何も考えずに場所だけをイメージして “短距離転移” と念じてみる。
見つめたのは数メートル前方の空間。
変化はすぐに訪れた。
ズッ、と体の中の何かが引き出されるような感覚とともに、視界が一瞬にして移動する。
ここまではイメージ通りだった。
一度スマホをセットした地点まで戻って録画を止め、映像を確認してみる。
「うわ……」
そこには、まるでコマでも飛んだかのように時間差なしに空間を跳び超える僕が映っていた。
少し編集すればいくらでもこんな映像は作り出せるのだろうけど、ノーカットだということを知っているだけに僕にはそれが奇妙な光景に思われてしまう。
脳が受け入れるのを拒否する、というか。
それを何とか振り払って、また録画を開始した。
今のは『できること』の確認で、これからするのは『できないこと』の確認である。
どこまでできるのかを確かめる、とも言える。
「なるほど……」
それから五分ほど、気になっていたことは全て試し終えた僕は、庭の芝生に座り込んで休憩していた。
一度の転移で跳べるのは、およそ半径10Mの範囲。
転移はイメージを素早く固めることさえできれば間断なく連続で使用可能で、しかし使うたびに肺のあたりに疲労感が蓄積していく。
今では体内の何かがごっそりと減ってしまった感覚があり、その何かを利用して転移しているのだとすれば恐らくあと一回か二回を限度として転移は不可能になるだろう。
全快の状態からでも十回程度で限界に達する計算だ。
魔力切れ、というのにあたるだろうか。
こうして思考し、頭を働かせることすら億劫で、徹夜に徹夜を重ねたくらいの疲れを感じる。
だけど、その甲斐はあった。
今回の検証で判明した一番の成果といえるのは、転移後も転移前の運動エネルギーを維持していること。
つまり、10M手前で拳を振り抜きつつ転移を発動すれば、タイムラグなしに拳を放つことができる、と。
そして、転移を連続で発動することに慣れれば数十メートル離れた場所からも攻撃を繰り出し、そして瞬時に離脱することも不可能ではない。
実際にそう運用したときのコスパの悪さに目を瞑れば、この魔法は強い……というか、強力過ぎるのではないだろうか。
今後も迷宮に潜ることがあるのかどうかは今のところ不明だけど、もしまた攻略に乗り出すようなことがあれば、この魔法は大いに役に立つだろう。
心なし体の節々が痛むのを感じながら、僕は家の中に戻った。




