#6.0
「う……?」
温かい……ややもすれば暑い布団に包まれて、僕は目を覚ました。
……何があったんだっけ。
遠藤の飛び降り、迷宮、罠、魔物、それから……。
「……ステータス」
パッ、と顔の前に青白い半透明のパネルが現れた。
やはり、あれは夢でもなんでもなかったらしい。
それに迷宮の中だけでなく、外でもこの『ステータス』とやらは機能するみたいだ。
〈仁城 亜紀 lv.15[+]〉
生命力 5
体力 4
防御力 5
筋力 3
技術 4
魔力 4
素質 3
[魔法]・短距離転移
経験値:22,238
魔物を倒したおかげで経験値が増えていることと、制限を掛けられていたステータスが解放されていることが目新しいといえばそう。
ただ、特に力が漲ってくるだとかそういう感覚はない。
レベルを上げることによる身体能力の強化度合いが思っていた程ではないのか、それともそれが迷宮外では作用しないだけなのかは、ベッドの上にいる現状、確かめることができない。
ステータスの制限が取り払われた今なら短距離転移も使えるはずだけど、それよりも、調べなくちゃいけないことがある。
スマホは……充電切れか。まあ、何日も使いっぱなしだったから無理もない。
「よっ……と」
僕はベッドから起き上がって、机の上のパソコンを起動した。ついでにスマホは充電コードに繋ぐ。
多少ふらついたものの、体の調子に異常はないようだ。
デスクトップには、[6/12 12:43]と表示されていた。
つまり、僕が迷宮に潜らされてから四日が経っている。
迷宮に居たのが三日程度だから、帰ってきてから丸一日寝ていた計算だ。
もちろん、父や妹にはすぐに快復したことを伝えたいところなのだけど……その前に、僕と二人の間にある情報量の差を埋めなければならない。
それはお互いに言えることで、僕はこの四日間に世界で何が起きたのかを知らないし、きっと二人も昨日まで僕が何をしていたのか知らないだろう。
例えば、世間では『迷宮』という存在が認知されているのかどうか、とか。
そのあたりを調べないことには、二人に事情を説明することも難しい。迷宮を知っているのと知らないのとでは、伝え方が変わってくるからだ。
僕は検索エンジンを開いて、迷宮の “めいき” までを打ち込む。
迷宮 魔物
迷宮 いつから
迷宮 死亡者
迷宮 とは
迷宮 デマ
迷宮 首相会見
迷宮 動画
ずらりと出てきた予測からして、状況は一目瞭然だった。
その中で、“迷宮 首相会見”、というのをクリックする。
一昨日の時点で発表された、政府の見解を述べた会見のようだった。
イヤホンを付けて、動画を視聴する。
見慣れた顔の首相が、しかし常にない緊張した面持ちで記者会見室に入ってくるところから動画は始まっていた。
『これより、吉田内閣総理大臣による会見を始めます。まず初めに、総理からのお話があります』
『……えー。昨日より、大きな騒動となっている、街中に現れた特殊な構造体について、発表します。自衛隊による調査では…』
途中から倍速で聞いた話をまとめると、特殊な構造体――迷宮は確かに存在している、と。
世界各地で出現が確認されており、その数は現在も集計中ではあるものの、数百にも上るだろうということ。
迷宮内には非常に凶暴な大型の動物や、命の危険がある罠などが確認されており、国民には見つけても絶対に入らないよう強くお願いする、ということ。
世界各国で連携を取りながら云々、今後の情報発信については……という段に話が入ったところで僕はイヤホンを外した。
これなら、概ね僕の認識している迷宮と世間の認識は近いだろう。
その危険性なんかについて父と妹が実感を得ているかは別として、説明はかなり楽になった。
パソコンを閉じて、部屋を出る。
◇◇◇◇◇◇
「つまり……なに? 亜紀はこの数日、迷宮にいたっていうの?」とは、父。見た目はとても二児の父とは思えないほどの若々しさ――というより幼さだけど、父だ。
「そう」
「庭にあった石のオブジェを触ったら、強制的に攻略? させられたと」とは、妹。年の割に背は高くて、それに関しては父よりも容姿と同様母の血が顕れているらしい。
「そうだよ」とは、僕。ちなみに僕の背は……まあ、うん。高くはないかな。
「そこにはキケンな罠とかがあって、魔物とかがいたけど、それを乗り越えて帰ってきたと?」
「さっきからそう言ってるよ」
ふむ、なるほど……、と父と妹は完全に同じ動作で顎をさすった。美紀、父さんの真似をするんじゃない。
見た目はともかく、おじさんくさいから。
「「………」」
そして、やはり同時にその動きを止めると、不意に目を潤ませ、抱き着いてくる。
「「(亜紀)(お兄ちゃん)が無事で良かったよ〜!」」
「……うん」
僕も、父さん、美紀とまた会えて良かった。
多分に照れ臭さを感じながらも、そっと二人の肩に腕を回して抱き返す。
それからしばらく。
「……それで、体の具合はどう?」
ようやく体を離した父が、今更ながら真面目な顔で訊いてきた。
「ん、まあ、普通だよ。特におかしなところはないかな……美紀、いい加減離れて」
「やだ」
「……そうか、悪くないんだったら良かった。それで、疲れは残ってる? 帰ってきて早々で悪いんだけど、今迷宮関連は結構ゴタゴタしていて……」
「ん? 一昨日の会見なら見たけど?」
「ああ、あれを見たんだ。だけど、あれとは別でね……」
先程視聴した首相の会見から更にいくつか政府による追加の決定があったようだ。
まず、迷宮は“潜在的災害”として認定するとともに、災害に関する法令を一部適用すること。
これに伴って、それぞれの都道府県は防災計画を政府の方針に基づいて作成したらしい。
「神奈川はまず見つけたら発見地点の市役所に報告しなくちゃいけないし、その土地の所有者は……何か、色々しなくちゃならんのだって」
詳しくは調べてないが、と父は言った。
「で、亜紀は発見者でしょ? それに僕がこの土地の所有者でしょ? そのうえ亜紀は攻略までしてるから……攻略とかそんな話はニュースでも聞いたことないし、きっとめんどくさいことになる」
「ああそれは……うん」
「今日は土曜だし、明日も含めてこの休みの間に進められる話は勧めておきたいからね……亜紀にも、手伝ってもらうしかない場面も出てくる」
「オッケー、任せて」
「ああ、頼んだよ」
そうだ、失踪届を出した警察署と学校に連絡をしなくちゃ、いやそれにしたってどこまで話して良いんだ……? あと会社にも有給の申請を……などとブツブツ言い始めた父には頭が下がるけど、それはそれとして。
「なあ、美紀。悪かったって。もう大丈夫だから、そろそろ離れて―――」
「聞いたよ」
僕の胸に顔を埋めて、くぐもった声で、妹は突然そんなことを言った。
聞いた、と。
……何を、いや。
「―――お兄ちゃんの学校、自殺しちゃった人が出たって。その人はいじめられてて、それで……お兄ちゃんも、同じ人たちから暴力を振るわれてたって」
……何故。
遠藤の自殺が伝わっているのはともかく、何故僕が巻き込まれていたことまで知られているんだ……?
まさか、堀岡たちが自分から話したのか……?
気が付けば父はじっと黙って、下を向いていた。
「それで、私は。私は……怖かった」
「……僕が、遠藤の後を追いかけるかもしれないと思って?」
「……」
美紀は無言で頷き、更に顔を押し付けてくる。
「……ごめんな。僕は大丈夫―――」
「大丈夫なわけないじゃん!」
体が震えていた。
「見たの、お兄ちゃんの部屋。庭に落ちてた鞄も。お兄ちゃんが何処に行ったのか、その手掛かりになるかなと思って。そしたら……」
脳内に、ボロボロになった教科書や洗っても落ちない汚れのついたワイシャツがフラッシュバックする。
あれを、見たのか。
「僕もあれは見たよ。ひどかった」
それで、先生に話を聞きに行ったんだ、と父さんが言った。
「……分かった。全部話すよ。だから一旦、離れてくれ」
「……うん」
僕は椅子を引いて、席に座る。
「いじめてた奴ら……堀岡たちとは色々あったんだけど……まず、初めから話そうか。始まりは去年の冬で……」
僕は全て話した。
元々堀岡たちとは仲が良かったこと、遠藤がいじめられていたのを庇ったつもりだったこと、遠藤は脅されていたこと、それをネタに僕も脅されていたこと。
「「………」」
しばらく、二人は無言だった。
「……亜紀」
「うん?」
父が、頭を下げた。
「悪かった。気付いてやれなかった」
「……いや、良いんだよ……って、僕が言うことじゃないかもしれないけど。父さんは出張だったし……いやかと言って一緒にいた美紀も悪いってわけじゃなくて、とにかく――」
「亜紀、そうじゃないんだ。それなら、僕は側にいるべきだったと思う。仕事に行っていたから家族を守れなかった、なんて話があって良いはずがない。僕は……母さんに合わせる顔がないよ」
「それは……」
否定できない。
僕は家族に気付かれることがないように細心の注意を払っていたし、父は気付きようがなかったのだからそれとは話が違う……と言いたいところだけど、父がそう思っている以上は僕に否定する余地がない。
「ところで、話は変わるけど……正直に言うとね、僕は今の上司が好きになれないんだよ」
意味有りげな、幼子がいたずらでも思いついたかのような表情を父が見せる。
「亜紀と美紀、当分の間二人を養うには十分な貯金もある。“子供二人を育てるために使って”って言われてる母さんの遺したお金があるし」
これを機に、父さんは今の会社を辞めようと思う、と父は快活に言い放った。
「地元で、遠くへの出張とかがないところを探そうかな……どう?」
「いいと思う!」
「えっと……」
妹は元気に宣う。
それもこれも、僕が二人に話してこなかったせいだと自覚はしているつもりなので、あまり発言を挟む気も起きない。
「よし! じゃあ僕、会社やめます」
「待って待って、そんなあっさり決めることじゃ……」
ないよ、と言おうとしても。
「あっさりじゃないよ、これはほんと。前からもう、あの課長が大嫌いでね、ずっと悩んでたんだよ。引き継がせる後輩ちゃんには申し訳ないけど」
「えぇ……」
そんな話をしながら、僕たちは土曜日の午後を過ごしていった。




