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現代日本に迷宮が出現したので  作者: nk
変わりゆく世界
5/12

#5.0


 入った部屋の先。


 いると思っていた場所には、既に魔物の姿はなかった。

 慌てず、耳を澄ます。時間の感覚を引き延ばす。


 ヒュッ、と左から風切り音がした。


 音が耳に届くと同時に右の脇に溜めていた槍を反応させる。右手は額の上あたりに、左手は鋭く腰まで引き込んで頭上に槍を構えた。


「ッ……!」


 ガキィッ、と硬い音がして腕に衝撃が伝わってくる。

 ギョロリと突き出た一つ目が、槍越しに僕を見つめた。

 茶色く濁った瞳に、ここ数日で以前にもましてやつれた僕の相貌が映る。


 ギンッ!


 僅かな拮抗を経ただけで魔物の爪は振り抜かれ、槍の石突を石の床に引きずりながら、僕は大きく弾き飛ばされた。

 壁の間際まで追い詰められた僕に向かって跳躍し、魔物が追撃してくる。

 僕は姿勢を低くしながらその下スレスレを潜り抜け、魔物の後ろを取った。


 『素質』あるいは『魔力』のステータスによる補正なのだろうか、自分でも驚くほどスムーズに体が動く。


 僕の代わりに壁を大きく打ち付けた魔物の背に向けて、踏み込みとともに槍を突き出した。

 槍の先端に、全身のエネルギーが集約する。


 やった、と思った。


 ……だけど、現実は無情だ。


 ジッ!

 

 絶好のチャンスに繰り出した僕の渾身の一撃は硬い外皮に弾かれ、激しい摩擦を起こしながら逸らされてしまう。


『キイィッ!』

「ッ!?」


 その圧倒的なステータスの差に絶望する間もなく、魔物の短い咆哮が僕の脳内の警鐘を鳴らした。

 深く意識を沈み込ませる。


 振り向きざまに放たれた豪速の裏拳。

 周りの空気を歪ませるほどのそれの間合いを冷静に見極めつつ上体だけ仰け反り、鼻先すぐ上を通過させながら躱しきる。

 続く二連続の上段蹴りをそれぞれ槍でいなしつつ、蹴られた勢いをそのままに距離を取った。


 更に間を開けずに後方へステップを踏み、位置を調整する。

 槍から片手を離してレベルアップを済ませ、体力を確保した。僅かな交戦のうちに一気に嵩んだ疲労感が抜けていくのを感じる。


 予想以上だった。

 まさか、金属製の槍でも傷を付けられないほどの頑強さとは思わなかった。

 それに……、


 ギィンッ!


 ……思っていたより、動きが素早い。それでいて強烈なのだから、もはや僕では手に負えない。

 右右左右左、と爪の猛攻に晒されながら、なんとかそれを捌く。

 これではもうじき、集中力が切れた数秒後にはあっという間に肉の塊になってしまう。


 というか、一時的にとはいえ渡り合えている今の方が僕からしたら異常なのだ。

 常にはない極致ともいえる集中力に、人ならざるステータスの恩恵を否が応でも実感させられる。

 けど、それも長くは持たないだろう。


 こちらは防戦一方で、持久力も敵の方が上。

 とはいえ、僕の中に諦めの気持ちは一切なかった。


 そう。

 確かに、敵の強さは予想を上回っている。

 だけど、僕よりも遥かに高い身体能力を持っているだろうという予想は最初からしていたのだ。

 肉弾戦が始まってしまえばこういう展開になるのも、実のところ想定内だった。


「……ここだ」


 だから、僕が立てたのは正面突破の作戦ではない。


 そして作戦の準備は今、整った。





◇◇◇◇◇◇◇




 タネを明かしてしまえば簡単な話で、元々、この部屋はこいつを過不足なく殺せるよう設計された部屋だったのだ。

 この迷宮を攻略していて思ったことだけど、ここは攻略されることを前提として作られている。


 思えば、最初からヒントは出されていた。

 最初の扉を開けたとき。

 爆風と、その殺意の高さに驚いてつい意識を逸らされていたけど、経験値が入ったのはあの時だけだった。


 あの後他の罠を解除しても、経験値は入らなかった。

 ならば経験値の入ったあの時は、爆発の罠を解除しただけではなかった、ということでもある。

 あの瞬間、あの爆発で、僕は魔物を(、、、)倒し(、、)ていた(、、、)はずだ。

 でなければ辻褄が合わない。


 それはつまり、こいつにもコレは効くってことだ。


 罠と僕で魔物を挟むように位置取って、魔物から目を逸らさないままに僕は一歩、後ろに下がった。

 ガコン、と何かを踏抜く音が広い部屋に響く。


 間断なくして、視界が青白い光――高温の炎で埋め尽くされ、目が焼ける。


 僕はこの三日で見慣れたものとなったその『罠』。

 だから、石壁の間に巧妙に隠された噴出口にも気付くことができた。

 爆発系の罠ではない、狭い範囲に超高温の火炎を放射する罠。初見では気が付けず、当然レベルアップの札を切らされた罠の一つでもある。


 炎の吹き出すゴオオオッ、という音と、凄まじい熱気。

 魔物の厚い体を挟んだ僕でも感じるほどの熱だ。それを直に受けた魔物は溜まったものではないだろう。


『キィイイイッ!?』


 口もないのにどこから声を出しているのか、喉のかすれたような絶叫を上げる異形の化け物。

 がむしゃらに腕を振り回し、炎に巻かれた毛皮を床に擦り付けて転がり回っている。


「………」


 僕はその様子を、ただじっと黙って見ていた。

 最後のレベルアップを済ませて、既に体力は回復している。


 これで仕留め切れない可能性だって勿論ある。今すぐ距離を取って、魔物が苦しんでいるうちにこの部屋をさっさと後にするのが冷静な判断というものだろう。

 言うまでもなく僕の目的はこの迷宮を脱出することであって、この魔物を斃すことではないのだから。

 それでも、僕はこの光景を目に焼き付けていたい気分だった。そうしなければならない気がした。


 罪の意識か。生き物を殺すことへの忌避か。

 ……そうではなかった。


 戦いから続く興奮。命の奪い合いに勝利することへの執着。

 お互いに(すべて)を賭けて戦って、それに勝つという快感。そういうものが僕の中に確かにあって、それが僕をこの場に引き留めていた。

 この敵の最期を見たい、強くそう感じていたのだ。


 僕を嬲って愉しんでいた堀岡たちは、どんな気持ちだったのだろうか。痛みに蹲る僕を見て、何を思っていたのだろうか。


 僕には、これまで彼らが分からなかった。

 彼らのどこが僕や、遠藤と違っていて、僕と彼らの何の差が彼らをああも残虐にしていたのか。


 でも、今分かった。

 そして、僕と彼らはやっぱり相容れないのだと、どこまで行っても彼らと僕では住む世界が違うのだと、心底から理解した。


 肉の焼ける匂い、毛の焦げる匂いを感じながら、僕はそのことに安堵する。

 これまでは、堀岡たちが分からなくて怖かったんだ。彼らと同じ種であることが信じられなかった。

 だけど、この戦いを経て僕は彼らと似ている面があることを知った。だからこそ、彼らと僕では決定的に違っていることも、すんなりと信じることができる。

 似ているということは、確かに違うということでもあるのだ。


 そう考えることができた。


 やがて、僕の目の前で魔物は死んだ。


 その後は魔物とかち合うこともなく、罠を避けながら順調に迷宮を攻略していき……魔物との死闘から約一時間後、僕はやっとこの迷宮の終点に辿り着いていた。


 なんの変哲もない、罠もなく魔物もいない、シンプルな部屋。

 ただ一つ、これまでの部屋と違うところがあるとすれば、それは部屋の中央に水晶玉のようなものが載せられた台が存在していること。


 直感的に、それに触れれば帰れるのだと分かる。


「……」


 一息吐いて、僕はそれに歩み寄り……そして、触れた。





《この迷宮は攻略されました》

《原初 特性が失われます》

《迷宮名:原初の石牢 は迷宮名:汎常の石牢 へと再生成……完了しました》

《世界で最初の攻略を確認しました》

《攻略者は[先駆者]特性を獲得します》




◇◇◇◇◇◇





 最初に感じたのは光。

 次に、空気の流れ。

 遠くを車が走る音。


「―――」


 時刻は……夕暮れの、少し前だろうか。黄金色の陽光が庭を照らしている。

 僕は数日ぶりに、見慣れた庭に立っていた。


 ああ。

 帰ってきた、のか……そうだ、僕は帰ってきたんだ。

 崩れそうになる膝を必死に支えて、覚束ない足取りで玄関へと歩いていく。

 手に持っていたはずの槍は、いつの間にか消えていた。


 ポケットから出した鍵を挿し込もうとして、足だけではなく手も震えていることに気がつく。

 それでも何とか鍵を回して、そっとドアを開いた。

 チリン、とドアの上部に付けられた鈴が音を奏でる。


「……ただいま」


 僕の声は僕の思った以上に大きく響いて、静かな家を突き抜けていった。


 ……あれ、これ、父さんの。


 靴は見覚えのあるものが二つ、並んでいる。

 社会人らしい革靴と、妹のスニーカー。


 自分のいなかったこの三日間に何があったのか、出張に行っていたはずの父も家にいるようだった。


 やはり、僕が迷宮に潜っている間だけ世界の時間が止まるとか、そんな都合の良い話はなかったらしい。

 どう考えても、ここに父の靴があるのは僕が失踪していたせいだろう。


 僕がそんなことを考えている間にも、にわかに家は騒がしくなり始めている。


 僕が“ただいま”と言ってから三秒後にパリンッ、と皿の割れるような音が響き、ドタドタとした慌ただしい足音が廊下の奥から聞こえてきた。


 間もなく、バン、と居間のドアが開かれる。


「亜紀、亜紀なのk「お兄ちゃん!?」」


 そのドアから顔を出した父と、後からそれを抑え込むようにして身を乗り出してきた妹が姿を見せた。


 それを見てようやく、“ああ、本当に帰ってきたんだ”と実感を得ることができた僕は―――。


「今までどこに―――って、お兄ちゃん!?」

「亜紀!?」


 ―――かつてない安心感に包まれながら、意識を手放した。


お読みいただきありがとうございます。

#2.0にて説明不足があったため、一部話の展開を修正し、主人公が初めに割り振ったステータスは『素質』から『生命力』へと変更いたしました。

また、それに伴ってレベルを上げるシステムも変更いたしました。

実際の内容としては、

・上げようとしているレベルの値と、上げようとしているステータスの値は一致していなければならない

・ステータスを割り振る際にはステータスパネルに『残り○ポイント』という表記を追加

・レベルを上げる際に『はい/いいえ』の確認画面が出現する


今後の展開に変わりはありません。

お読みいただいている皆様には、こちらの方で不備があったこと、お詫び申し上げます。

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