#4.0
カチッ、と、その音が聞こえた刹那に。
僕の脳は正しく電気信号を発信した。
それは、反射的な行動だった。
パァンッ―――、
そして、頭を撃ち抜かれた直後。
痛みを感じるより先に、驚くより先に、指でレベルアップを選択していた。
〈仁城 亜紀 lv.3[+]〉
生命力 1(3)
体力 1(2)
防御力 1(4)
筋力 1(2)
技術 1(3)
魔力 1(0)
素質 1(1)
[魔法] なし
経験値:21,119
パアッ、と全身から光が放たれ、頭の傷が修復される。
「………?」
え、今。
僕は一度、死んだのか?
脳漿を、超高速の異物が通り抜けた。
頭蓋の割れる、その感触が残っている。
後ろを振り返れば、小さな丸い穴が、金属製の扉に空いていた。
つい、額に手をやって、傷がないことを確認する。
触ったところ、傷はない。傷はないけど……。
「……は、ははっ……」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
「僕は今、死んだのか……」
そして、生き返った。
何の自覚もなく。
たった今、まさに。
呆気なく。
「なんて地獄だ」
ここは……想像していたよりも遥かに、死が身近な場所のようだ。
◇◇◇◇◇◇
まるで、底の見えない暗い海の波に揉まれるようにして二日が過ぎた。
生と死ということについて今までの何よりも身近に感じながら、僕はなんとか生き抜いていた。
大抵の罠、大抵の違和感には気が付けるようになった。
何度か死にかけて、その対処法も学んだ。
ちなみに、時間と日付は圏外のスマホが教えてくれた。
今の状況は紛れもなく死と隣り合わせで、そんな極限状態で二日も過ごしていたせいか、僕の中の何かが引き出されていくのを感じた。
例えば、集中力。
罠の作動音をトリガーに、僕の集中力は一気に最高潮へと引き上げられる。
まるで時間が止まったように、あらゆる動きが遅滞して、状況把握力が格段に増す。
これに何度助けられたことか。
他にも、聴覚や嗅覚、空気の流れを肌で感じることなど、以前よりもずっと鋭くなった感覚は多い。
今も、耳を澄ませば、体を研ぎ澄ませば、目を瞑っていても空間の把握ができるし、空気がどこから流れてきているのかも明確に感じ取ることができる。
「………」
そう―――僅かな凹凸から、足元の巧妙に偽装された罠でさえも簡単に回避することができる。
僕たった一歩右にズレるだけでその罠を回避した。
体重が乗ることで発動するタイプの罠だろう。
踏めば銃弾が発射されるのか、それともどこからか大岩が転がってくるのか、あるいは足元が陥落するのかは知らない。
たとえ踏んだとしても、今となってはそれすら避けることができるだろう。
何せ、罠が来ることは分かっているのだから、反応するのにゼロコンマ数秒もいらない。
集中して、それが何の罠であるのか把握し、回避行動をとる。
それだけだ。
……しかし、集中力に関してもそうだけど、潜在能力と言うには少々オーバースペックなところがあるようにも思う。
言ってしまえば、集中力などいくつかの能力は人間の限界を超えているのではないかという程の域である。
集中力の他に異常に発達したもう一つが、視力。
遠くの石畳の色が僅かに違っていることや、微かな段差にも気が付けるようになった。
小中高と、視力検査ではいつもそこそこの結果で、とくに目が悪い、ということはなかったけど、ここまで際立って良い、ということもなかった。
それは、あるいは……
〈仁城 亜紀 lv.13[+1][-]〉
生命力 1(5)[+]
体力 1(3)[+1][-]
防御力 1(5)[+]
筋力 1(3)[+]
技術 1(4)[+]
魔力 1(3)[+]
素質 1(3)[+]
[魔法] なし(短距離転移)
経験値:3658
残り0ポイント
この、ステータスが原因かもしれない。
他の項目と見比べても分かることだけど、僕が思うに、この “魔力” “素質” という項目は、本来人間に備わっている能力ではないはずなのだ。
今でこそ3という数値まで底上げしているけど、最初に見たとき、その二つの項目のカッコ内の数値は “0” だった。
つまり、僕には “魔力” も “素質” も皆無だったということ。
それはきっと僕だけでなく、人類全体にとって言えることだろう。
ところが、それが今や制限中とはいえ最低値である “1” はあることになってしまっている。
このことが、僕の身体に何かしらの影響を及ぼしていても不思議ではない。
0と1の差。
言うなれば、あるか、ないかの差だ。
そりゃ大きい。
人間に翼が生えてきたとして、問題なのはその大きさではなく、翼があるというその事実の方であるのと同様。
そして、どうせ何を上げても同じだと、なんとはなしに『素質』のステータスを上げていたら生えてきた『魔法』、“短距離転移”。
こんな状況ではあるけど、魔法とかワープとかいう言葉に心を擽られるモノがないと言ったら、それは嘘になる。
それに、使えるようになったら便利だとも思う。
短距離というのがどの程度までの距離を指しているのか知らないけど、もしかしたら罠を作動させずに通路を飛び越えられるかもしれないし、もしかしたら迷宮自体から脱出できるかもしれない。
あるいは、大岩の転がってくるような罠も、短距離転移があれば回避できるだろう。
衝突する前に、大岩の向こう側へと転移すればいいだけだ。
まあ、とはいえ素質を3まで引き上げたことで生えてきたスキルである。
全能力値が1に制限されてる今は、使えない力であることに変わりはない。
………さて。
「問題は、だ」
僕の声が、ぽつりと迷宮の中に響いていく。
この迷宮の障害は、罠だけではなかった、ということ。僕はとうとう、それと行き当たってしまった。
ファンタジーお馴染みのあれ。
魔物だ。
悪意に満ちた罠ばかりの道を進んできたわけだけど、つい数時間前、魔物と遭遇した。
いや、遭遇とは言いながら、こちらが一方的に捕捉しただけだけど。
ここ二日で慣れたことに、毎度の如く扉上部の格子窓からスマホで扉の向こう側の様子を撮影し、それまで通りに罠の有無を確認しようとしたら、―――“魔物”がいた、というわけだ。
扉を開けようものなら、すぐに真正面から対面することになるような状態で配置されていたあれは間違いなく、この地球で一般的な動物ではなかった。
……いや、分からない。
僕が今、こうしてこのような状況に陥っている以上、この迷宮の外ではああいった生き物が一般的になりつつある可能性は否定できない。
そう、例えば、今ごろ世界的に迷宮が次々と発生して、それぞれの国の代表が騒動の鎮圧に奔走している頃かもしれない。
……そこまで考えるのは、流石にフィクションの観過ぎか。
話を戻して、例のソイツは全身を真っ黒な毛で覆われていたけど人型で、人型だったけど四足歩行で、それにしたって尻尾はなく、頭部には口もなく、耳もなく、ただ一つ目だけがあった。
見れば見るほど異様な生き物。
まさに、魔物と言うに相応しい見た目をしている。
扉を一枚挟んでそんな化け物がいるこの状況だけど、僕は睡眠を取ることにした。
目覚ましは……掛けないで良いかな。
バイブとはいえ、気が付かれないとは言い切れないし、それにバッテリーも消耗したくない。
◇◇◇◇◇◇
目を覚ました僕は、いくつかの対処法を考え、実際に試してみることにした。
怖くても、いつまでも悩んではいられないのだ。
そおっと、魔物がいた部屋の扉を、少しだけ開く。
………反応はない。
少しずつ、少しずつ開ける幅を広げて―――ガンッ!!
僕はすぐさま扉を押し込んで閉じた。
肩を押し当てて、全体重を掛ける。
ガンッ! ガッ、ガン!
扉越しに、暴力的な音が響いた。
金属の扉を乱打する音だ。
音を立てないようにしたところで一定以上に開けば気付かれる、と。
あちらさんはずっと扉の方向いて待機しているんだから、当然と言えば当然の結果かもしれない。
これで、そっと入ってそっと部屋を抜けていく作戦は駄目になった。戦わないで済むのならそれが一番良いと思っていたけど、そう上手くはいかないか。
しばらくして、音は止んだ。
振動も伝わって来なくなった。
体重は扉に載せたまま、腕を伸ばしてスマホで格子から撮影する。
魔物が居なくなったかどうかの用心だ。
予想通り、元の位置まで戻っているのを写真で確認して、僕はようやく一息吐いた。
こうなると、残る手段はあと二つ。
正面突破か、搦手か、だ。
「ふー………」
ピアノの音が、また脳裏に流れ始めた。
絶望を紛らわすための、僕だけの儀式。
ヒュ、と得物を振って調子を確かめる。
手元には鋭い鉄の槍があった。
起動した槍が飛び出す罠から無理やり拝借してきたものである。魔物に効くのかは怪しいところだけど、先端には毒も塗られている。
よし。
覚悟は決まった。作戦も立てた。
いこう。
僕は素早く扉を引き開けて、するりと魔物のいる部屋まで入った。




