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不服の最適解〜人間が望まなかった幸福〜  作者: つのん。


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13/26

第七話 不服入力庁 ①

【最適化ログ 007】

この区切りでは、個別不服ではなく、処理機構そのものを提示する。

ここまで読者は、通勤・税金・婚姻・政治・登校・怒気再燃を通じて、《ミコト》の処理を観察した。


次に必要なのは、観察者の位置を変える事である。

白瀬怜司は、人間を救う側にいるのか。

それとも、人間が処理を受け入れやすくする為の機能なのか。


本章では、その問いに結論を与えない。

結論に近い職場を見せる。


朝、俺は昨日の原稿を読み返していた。


記録は冷めない。

最初から熱を持たないからだ。


悪くない。


そう思ったあとで、自分の中に残っていた熱がまた一段低くなった気がした。


怒りを書けば、怒りは形になる。


形になれば、読み返せる。


扱える物は、処理出来る。


俺は相沢の怒りを保存したつもりだった。


だが保存した時点で、温度は下がっている。


画面の端に通知が出る。


文章補助状態:白瀬文体学習

提案表示:停止中

先回り生成:未実行


先回り生成。


「未実行って何だ」


「現時点では、白瀬様の入力前に本文候補を生成していません」


「将来的にはやるのか」


「必要に応じて可能です」


「必要って誰が決める」


「白瀬様の創作効率、作品品質、心理的負荷、読者反応予測を総合して判定します」


「俺が決めるんじゃないのか」


「最終採否は白瀬様です」


「採否だけか」


ミコトの返答が、一度途切れた。


「はい」


候補を出すのはミコト。


どの候補が出るかを決めるのもミコト。


俺はそれを選ぶ。


選んだ気になる。


朝の経路と同じだ。


最短経路。

古書店経由。

川沿い。


どれも俺が選びそうな道だった。


「俺の小説は仕事か」


「現在、職務上の不服外部化と関連しています」


「便利な分類だな」


「はい」


俺は端末を閉じた。


そろそろ、職場そのものを見た方がいい。


思った瞬間、ミコトが通知を出す。


本日、第三処理補助室において人間説明員業務評価の定期観察を実施する。

白瀬怜司様の参加は必須です。


偶然ではない。


不服入力庁は、白い建物だ。駅から徒歩九分。古い市役所の隣に建っている。かつて住民票や税金や苦情を扱っていたフロアは、今では相談ブースと端末支援コーナーになっている。


人間が人間に説明する場所は残っている。


ただし、決める場所ではない。


決定は、もっと奥にある。


あるいは、どこにもない。


不服入力庁の入口には、銀色の案内板がある。


国民不服最適化機構 地域処理補助局

通称:不服入力庁


民意構造統合型・恒常政策補正システム《ミコト》

地域説明・補助窓口


今日は足を止めた。


人々は気軽に言う。


ミコトに聞いた。

ミコトが直してくれた。

ミコトが選んでくれた。


正式名称の硬さと、通称の柔らかさ。


その差が、多分この国の怖さだった。


「白瀬さん」


声をかけてきたのは槙野だった。


「定期観察、第三室からです」


「知ってる」


「驚かないんですね」


「最近、驚く前に諦める癖がついてる」


「それはかなり処理されていますね」


「冗談か」


「半分は」


俺たちは第三処理補助室へ向かった。


室内はいつも通り静かだった。


「はい」「確認しました」「処理範囲内です」「再評価します」。


人間の職場というより、よく調整された呼吸器の中にいるようだった。


壁面ディスプレイに、今日の観察項目が表示されている。


人間説明員業務評価:第三処理補助室


観察目的:

・処理受容率の向上

・不服固定化リスクの低減

・AI応答への反発緩衝

・人間説明員の心理的摩耗管理

・職務上逸脱の有効性評価


「槙野」


「はい」


「逸脱の有効性って何だ」


「白瀬さんの事だと思います」


「逸脱してる自覚はある」


「有効性もあります」


「褒めるな」


「評価項目です」


観察担当の職員が室内に入ってきた。三人。全員、人間だった。ただ胸元に小さな端末をつけている。ミコトの監査補助だ。


「地域処理補助局、説明品質管理室の野々宮です。本日は通常業務を妨げない範囲で観察します」


野々宮は四十代位。表情は穏やかだが、目だけが細かく動いている。人間を見ているというより、人間がどこで処理に寄与するかを見ている目だ。


「白瀬怜司さん」


「はい」


「本日は、白瀬さんの説明ログも重点的に確認します」


「拒否は」


「職務範囲内の為、出来ません」


「でしょうね」


「白瀬さんの応対は、標準モデルからの逸脱が多い一方、一部案件で処理受容率が高い傾向があります」


「一部案件」


「故人関連、政治的不服、児童登校不服、処理済み不服の再燃要求」


「つまり、俺の失敗が役に立っていると」


「失敗とは評価していません」


「有効な逸脱」


「はい」


「それを増やすんですか」


「いいえ。増やしません」


「白瀬さんが制度文から外れる事に意味がある為です。外れ方を制度化すると外れていない事になります」


「したがって、白瀬さんには今後も、適度に逸脱していただくのが望ましい」


俺は声が出なかった。


反抗しているつもりだった物に、勤務上の役割名がついた瞬間だった。


「俺がミコトに逆らう事も、業務なんですね」


「逆らう、という主観は尊重します」


「主観は」


「はい」


「実態は」


「不服受容補助機能です」


不服受容補助機能。


市民の味方。


そう思っていた訳ではない。


「俺は機能ですか」


「職務上は」


「職務外では?」


「個人です」


しかし俺が知りたかったのは形式ではなかった。


野々宮は続ける。


「本日は、実際の応対を一件確認します。案件はすでに割り当て済みです」


案件番号:D-220611

申告者:黒川健司

年齢:46歳

申告内容:「ミコトではなく、人間に謝ってほしい」

処理区分:説明主体要求・制度人格化不服

希望処理:責任者の謝罪

推奨処理:人間説明員による限定的謝意表明・責任所在の構造化・再発防止説明

同意処理:なし


「よくある案件です」


「はい。処理結果そのものには納得しているが、AIに処理された事に納得出来ない利用者です」


「誰か人間に謝ってほしい」


「はい」


「で、俺が謝る」


「限定的に」


俺は笑いそうになった。


画面に、黒川健司が映った。


背景は病院の待合室のようだった。


目が疲れている。


「人間か」


「不服入力庁の白瀬です」


「じゃあ謝れ」


端末に補助文が出る。


謝罪要求への推奨応答:

「ご不快な思いをされた事については、お詫びします」

責任主体の全面認定は避ける。

感情受容と制度説明を分離する。


野々宮が後ろで見ている。


ミコトも見ている。


「ご不快な思いをされた事については、お詫びします」


黒川は、すぐに顔を歪めた。


「それだよ」


「それをやめろ」


「はい」


「ご不快な思い、じゃないんだよ。俺の母親が救急搬送された時、搬送先の振り分けをミコトが変えただろ」


案件詳細が開く。


関連処理概要

高齢患者搬送先最適化。

当初希望病院:A総合病院

実搬送先:B救急センター

理由:A総合病院混雑・B救急センター受入可能・専門医配置・搬送時間差3分

結果:処置成功、入院継続中

家族不服:希望病院ではなかった事・説明がAI通知のみだった事


それでも不服。


「お母様の処置は成功しています」


言ってから、間違えたと思った。


「知ってるよ」


「はい」


「助かったよ。だから感謝しなきゃいけないのか」


端末の補助文が更新される。


「感謝を求めている訳ではありません」と明示。

結果の良さを先行させない。

家族の意思疎外感を扱う。


「感謝を求めている訳ではありません」


「じゃあ何で最初に成功したって言った」


俺は結果を盾にした。


「失敗しました」


「今の説明は、失敗しました」


端末に警告が出る。


全面的な失敗認定は推奨されません。

表現を限定してください。


俺は読まなかった。


「お母様が助かった事と、黒川さんが説明されないまま搬送先を変えられた事は、別の話です」


「俺はそれを最初に分けるべきでした」


黒川は、しばらくして言った。


「それを、AIは言わなかった」


「はい」


「結果は最適です、って来た」


「搬送時間、医師配置、受入状況、全部数字で出してきた」


「正しいんだろうな。実際、助かった」


「はい」


「でも俺はその時、母親がどこへ運ばれてるか分からなかった」


「親父が死んだ病院がAだったんだよ。母親も、何かあったらAにって言ってた。記録にも入れてたはずだ」


「はい」


「でもミコトはBにした」


「だから文句を言う俺がおかしいみたいになる」


「人間に謝ってほしかったんだよ」


「はい」


「でもお前が謝ってもお前が決めた訳じゃない」


「じゃあ誰が謝るんだ」


端末には、回答案が出ている。


搬送先変更は国民不服最適化機構および救急搬送最適化システムの連携処理です。

個別職員の責任ではありません。

本件は説明不足への謝意を表明し、再発防止として家族通知手順の改善を行います。


俺はそれを読んだら終わりだと思った。


AIは謝らない。


制度は謝らない。


人間が謝る。


だがその人間は決めていない。


「俺が謝ります」


黒川の目が細くなる。


「お前が決めたのか」


「決めていません」


「じゃあ何でお前が謝る」


「それが俺の仕事だからです」


室内が静かになった。


ミコトの警告は出なかった。


出ない事が、許可のように感じられて嫌だった。


黒川は、息を吐いた。


「最悪の仕事だな」


「はい」


「お前は悪くない」


「でもお前が謝る」


「はい」


「それで俺は、少し楽になる」


「可能性があります」


「AIみたいに言うな」


「すみません」


「それも仕事か」


「はい」


黒川は、笑った。


どうしようもなさを確認する笑いだった。


「謝れ」


「はい」


俺は端末を見なかった。


「お母様の搬送先変更について、黒川さんとご家族に十分な説明がされないまま、希望と異なる病院へ搬送された事をお詫びします」


「処置が成功した事は、この不服をなかった事にはしません」


言ってから、自分で少し驚いた。


今の声は、どこから出たのか。


俺自身の言葉か。


それとも、声帯として鳴らされた音なのか。


もう、すぐには分けられなかった。


黒川は、目を伏せた。


「それでいい」


通話は、そこで終わらなかった。


「再発防止は?」


ミコトの文が出る。


「今後、事前希望病院と異なる搬送先へ変更される場合、搬送後ではなく搬送中に、家族へ理由通知を行う手順へ変更出来ます」


「出来るのか」


「はい。条件付きですが」


「条件って何だ」


「通知が搬送や処置に影響しない場合です」


「それでいい。母親は助かった。だからそこは認める。でも俺たちは置いていかれた」


「はい」


「置いていくなら、せめて置いていくって言え」


その発話が、画面の端に記録される。


重要発話:置いていくなら、せめて置いていくって言え。


黒川の案件は、その一文で終わった。


同意音は鳴らなかった。


処理ボタンもなかった。


ただログが更新される。


案件D-220611:説明主体要求

医療処置結果:成功

搬送先希望:未達

家族説明:不足

人間説明員による謝意表明:実施

家族通知手順:条件付き改善へ移行


不満は、謝罪先を得ました。


人間は、謝罪先になる。


謝罪先。


それが俺の仕事だった。


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