第九話
カーター邸に着くと、私は門の近くにある来客用の駐車場に車を停めた。客の車が数台、近くには馬車も数台停まっていて、御者が馬に水を飲ませたりしている。私は門番に挨拶をして敷地内に入れてもらい、実に手入れの行き届いた芝生を眺めながら石畳のアプローチを歩くと、客でにぎわう屋敷に入った。
カーター邸の中ではパーティーが開かれているようだった。吹き抜けのホールに十人程の貴族が集まり、グラスを持って料理をつまんだりしながら談笑している。私もボーイから炭酸水を受け取って喉を潤した。
エリックが私を見つけるとサラに目配せし、サラが私の所にやって来て囁いた。
「お疲れ様です。エリックが執務室でお会いになるそうです。先に二階にいらしてください」
「分かったわ」
探偵を雇っている事は周囲に知られたくはないらしい。当然か。私はサラに付いて二階に上がり、執務室に滑り込んだ。
奥にはマホガニー製の大きな机があり、壁には書類がファイルケースに入れて収まっている棚があり、棚の隣には自分と少数の客が飲むための酒やグラスが入ったキャビネットが置いてある。私は手前の客用のソファには座らず、低いガラスのテーブルに持っていた炭酸水のグラスを置いた。反対側の壁に掛かった絵画や写真を眺めながらサラに話しかけた。
「今日はにぎやかね」
「自動車と銀行業界の方達を招いているんです。これから個人用の自動車の需要が高まると思って色々な人達を繋げる役割をエリックが買って出ているんです」
「私も一台持っているわ。とても便利よ」
サラは目を見開いた。
「まあ! 素晴らしいわ。やはり探偵ともなるとフットワークの軽さが大事になりますものね?」
「そうね。私もこれからは自動車の時代が来ると思うわ」
ドアが開き、エリックがネクタイを緩めながら入って来た。
「ふう。ようやく一息つけそうだ。あっいや、ブライトさんに失礼でしたな」
「構いませんよ。自分の家だと思って楽にしてください」
「や、これは一本取られましたな」
エリックはそう言うとソファを指し示し、私達は向かい合って座った。エリックはサラからグラスを受け取り、クリンとした口ひげを伸ばして酒を一口飲んでから言った。
「……それで、娘の調査はどんな感じですか?」
「事態はあまり良くありませんね」
そう言うと私は大根のカードを見せた。エリックはピクリと反応した。知っている顔だ。
「ご存知のようですね」
「アルベルト君か。なぜ彼が話に関わって来るのかね?」
「ええ。レイチェルの相手はドーン連邦の武装組織の人間かその関係者だったのではないかと思っています。彼等がいた牧場は武装組織の拠点の一つだった。そして先日アルベルト・ファルブルの襲撃を受け壊滅した。相手の青年は知りませんが、レイチェルは無事でした。襲撃後に一度目撃しています。スナイパーライフルを持っていて近付けませんでした。その後の足取りは不明です」
「なんてことだ!」
エリックは立ち上がってデスクに向かった。
「少々おてんばで頑固な娘だ。口で言っても分かるまいと思って、自分で目を覚ましてくれる事を期待していたのだが、私の見通しが甘かったようだ。まさか相手がドーン人だったとは! じゃあ娘が今いる所は……」
初対面の人間に向かってスナイパーライフルをぶっ放すのをおてんばで済ませるのはどうかと思うが。
「おそらく彼女は他の拠点にいるでしょう。ご存知ありませんか?」
「もちろん知っているよ。私もフェルトを支援している一人だからね」
エリックはデスクの上に置かれたファイルから二枚の写真を出した。それぞれに古いビルが映っている。
「拠点は全部で十六か所あったが、牧場から開始したアルベルト君のここ最近の攻撃によって、残りは二つになった」
二つ? たった数日でほぼ全ての拠点をたった一人で?
「そして牧場に近い拠点はこちらだ。レイチェルがいるとすればこちらだろう。しかし……」
「しかし?」
「アルベルト君が明日、次に攻撃する拠点がこちらだという情報が入っている」
「じゃ、じゃあ早くレイチェルを助けに行かないと間に合わないじゃないですか!」
「そうだ。しかし武装組織も厳重に警戒している。娘を返してくださいと頼みに行っても近付いただけで撃たれるのがオチだ」
「じゃあアルベルトにレイチェルの保護を要請しては?」
「連絡がつかないのだ。もう準備に入っているのだろう」
エリックは私に背を向け、窓から外を眺めている。
「今動かせる私の私兵は四人程。しかし所詮はただの護衛だ。武装組織と戦えるような装備は無い。明日ではもうどうにもならんじゃないか! そうだろう? 張り倒してでもあの男と行くのを止めるべきだったのだ!」
どことなく投げやりな口調だ。無力さと怒りでこんな言い方になったのだろう。まさか数日でこんなに事態が急変するとは思ってなかったに違いない。
私は炭酸水を飲み干した。
「依頼したのが私で良かったですね」
エリックが振り返った。
「今から行けばおそらくまだ間に合いますから」
私が立ち上がるとサラが息を呑んだ。
「む、無理よ! 相手はそこらのチンピラじゃないのよ!?」
「手加減しなくていいってことね」
「死にに行くようなものだぞ! やめなさい! ただの探偵一人ではいくらなんでも……」
「大丈夫。ちょっと見てきますよ」
私は二人にウインクしてから部屋を出た。
レイチェルを捕まえる事ができればこれで依頼は解決だ。やってみる価値はある。たとえ二、三回死んだとしても。
そういえばオズワルドにアルベルト・ファルブルについて報告するのを忘れていた。まあ彼は後回しでいいだろう。どのみち刑事一人でどうこうできるような相手ではない。
私は暗くなっていく街の中、例のビルまで車を走らせた。




