第八話
私はジン君とある民家にやって来た。レンガのアプローチを歩き、左側の芝生の庭を見ると、大きな白いモフモフした犬が大きなあくびをしていた。私達を見ると犬は嬉しそうにしっぽを振った。彼はアーノルドという。私はしゃがみ込んで走って来たアーノルドを抱き止めた。
「アーノルドッ!」
「ワンッ!」
「ヨーシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシ!」
私はアーノルドの頭と首を撫でてやった。私達を見ながらジン君がノッカーを鳴らすとドアが開き、クレアが笑顔で私達を出迎えてくれた。
「よく来たわねリンさん、ジン君も」
「こんにちはクレア」
「どうも。ご無沙汰しています」
「さあ入って。ジムがお待ちかねよ」
私達はリビングに通されると、笑顔のジムが食事の前で私達を待っていた。私達を出迎えるように、壁際のカウチには大小様々なぬいぐるみが置かれている。もう溢れんばかりで、あのカウチに今後人間が座る事は無いだろう。
「やあリンさん、ジン君。ちょうどミートパイができた所だ。一緒に食べよう」
この老夫婦の家に来るといつも実家に帰って来たような安心感を抱く。私の実家は両親が軍人ということもあり、とんでもないスパルタの家だったので本当は私の中ではこの表現はまるで違うのだが。思い出を上映する劇の監督はいつもアットホームな空気の作品を好むものだ。
「美味しそうですね」
私達は四人掛けのダイニングテーブルの前で、クッションが薄いオレンジ色をしたバルーンバックチェアに座った。こういう椅子はお尻がフカフカして座り心地がいいが、事務所やアパートのような短期的に使う物件にはなんとなく置きにくい気がする。
「遠慮せずにいっぱい食べてね」
「ちょっと待った。さあ、ジン君頼むよ」
「はい」
ジムにお願いされて、ジン君は立ち上がった。そしてミートパイの前で何やら手を動かした。
「萌え萌え……キュンッ!」
ジン君の美味しくする儀式だ。ここでご馳走になる時は必ずジン君にこれをやってもらう。それが報酬だ。お金をきちんと払うと言っているのだが彼等はこれでいいと言う。孫との日々を思い出すからとか。しかし孫にしてはジン君は大きいし……。
まさかとは思うがその動き、美味しくなる魔法なのか?
「これが楽しみで生きているようなものだ。ありがとうジン君」
「いえいえ。いつでも呼んでください」
とはいえ私もそれでいいのなら別に文句はない。私達はミートパイを堪能した。中のお肉がホクホクしてとても美味しい。
キッチンのカウンターに置かれた自動湯沸かしが湯気を出し、クレアが弁を操作して加熱を止め、給湯口のコックを上げてお湯をバラのデザインのティーポットに入れた。銀のトレイに載せて持って来たティーポットからほのかにリンゴの香りがした。アップルティーだ。
クレアに入れてもらった紅茶を飲みながらジムは切り出した。
「それで? 今日は何を聞きに来たのかな?」
「これです」
私は彼に大根のカードを見せた。
「あなたが集めている魔法使い名簿にこれが誰か載ってないかなと思いまして」
彼は警察の上層部に知り合いがいて、魔法使いのカードを集めているコレクターだ。ジムは目を見開いた。
「こりゃ驚いた。君からこのカードが出てくるとはな。名簿には載せてないが、彼の事なら知っているよ」
「彼? ご存じなんですか?」
「うむ。大根の魔法使いと言ったら彼しかいない。どこでこれを?」
「ある殺人事件の現場に置いてありました」
「知ってどうするつもりかね?」
「どうって……大量殺人鬼なら逮捕に協力したいと思っています」
「無理だ。彼を捕まえる事はできない」
「無理? そんなに強力な魔法使いなんですか?」
「そうだ」
ジムは大根のカードをそっと手に取った。
「この国の軍隊をすべてぶつけても彼を止められるかどうかは分からない。まともに戦って彼に勝てる者はいないだろう」
「いやいや、さすがにそれはおおげさでは? 最新の戦車や装甲車であればさすがに人間相手に負ける事は無いのでは……」
ジムは首を振った。
「彼にとって戦車など紙切れ同然だ。実際にドーン軍が最近購入した戦車二十七台はすべて彼一人に破壊されている」
私はジン君と顔を見合わせた。ジョンは武器密売に関わっている。そして強力な魔法使いに狙われているが……これはどっちが悪者なんだ?
「悪い事は言わん。彼と敵対するのはやめたまえ。命がいくつあっても足りんぞ」
「まさに私にうってつけのアドバイスという訳ですね」
「そうだ」
ジムはカードを私に返した。
信じられない。大根を使う魔法がそんなに? だって大根よ?
「そんな危険な人物がこの街にいたなんて知りませんでした。その、ドーン軍というのは? 彼とトラブルを起こしている組織ですか?」
「彼の故郷、北大陸では大陸全土を巻き込んだ統一戦争の真っ最中なのだ。彼が戦場に現れて以来、瞬く間に彼の国フェルトは領土を拡げた。彼の敵、ドーン連邦の軍が武器を求めて今、この街に潜んでいるのだよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。戦争? 彼の敵? じゃあ今回の被害者は戦争の場外乱闘の相手って事ですか?」
「そうだ」
私は牧場に踏み込んだ時を思い出してみた。敷地内に馬はいなかった。そして被害者達は皆武装しているようだった。牧場には似つかわしくない男達。彼等もまた外国人だった?
ジン君が何か思い出して私に小声で話しかけてきた。
「そうだリンさん」
「なに?」
「あの牧場、そういえば確か経営が破綻したとかって以前言ってませんでした?」
「あっ」
そうだ。てっきり破綻した後、代表が変わってそのまま運営しているのかと思ったが。
「もしかして閉鎖した牧場にその外国人達が住み着いていたのか?」
「可能性は高いですね」
私達はジムに向き直った。
「ジムさん。その魔法使いは敵を倒しにこの国まで来たって事ですか?」
「そうだ。彼の名前はアルベルト・ファルブル。目的はこの国に潜伏しているドーン連邦の武装組織の殲滅だ。フェルトの敵国は皆、戦争の状況を好転させる何かを求めて海外に進出している。ドーン人がこの国から技術や武器を北大陸に密輸しているのを突き止め、それを止めに来たのだ」
家出娘を探す話だったのにすっかりスケールが大きくなってしまった。
「外務省は彼に超法規的な措置をする事を決定した。彼が戦闘を行った場所に大根のカードを置くことによって、殺人事件ではなく戦争の一端、フェルトの作戦によるものだということで捜査は打ち切られる。
彼を逮捕するなどとんでもない。統一戦争が終わった後、どこの国も彼等と友好的な関係を結びたいと思っているからな。すでにフェルトに資金を支援したり、近海の漁獲量や資源管理を議論する委員会へフェルトを迎え入れようとする動きなどが始まっている」
馬車を呼び、ジン君には私の戦闘の後処理をお願いして警察に行ってもらった。私は車に乗り込み、ハンドルを握りながら先程の会話を思い出していた。
レイチェルが駆け落ちして辿り着いた牧場はたまたまドーン連邦の武装組織の拠点の一つだった? そんな馬鹿な話がある訳が無い。武器を買うくらいだ、その恋人の青年ジョンも武装組織の仲間だと考えるのが自然だろう。レイチェルは恋人に感化され、父親と対立して家出し、ドーン人達と一緒に行動するようになった。やれやれ、とんでもない人間とくっついてしまったものだ。恋人が祖国のために戦っている、これは正義の戦いだ!とか、そういうのに弱い時期があるものだ。だから彼女はライフルまで持っていた。若気の至りというやつだ。
しかし相手が戦車を破壊する程の超ド級の魔法使いだった。彼の襲撃を受けた時にその場にいたのかは分からないが牧場の拠点は殲滅され、彼女は奇跡的に生き残った。目が覚めておとなしく家に帰ればいいが、もしまだ他にドーン人の拠点があればそこに行くだろう。そしていずれアルベルトに遭遇する可能性がある。そうなると彼女を親元に帰すのは棺に入った状態でという事になり、報酬がパアになるのは間違いない。
ジムは写真を見せてくれた。写真を受け取りながら私は牧場の近くに飛行船乗り場があったのを思い出していた。世間というのは本当に狭い物だ。
家族四人で街を歩いている写真。写真に写っている父親と息子は駅で会ったあの二人だった。まさか事件の直前に犯人に会っていたとは。ぶつかった時まで戻って目的は本当に観光かどうか聞いてみたいがおそらく同じ答えが返って来るだろう。息子の方はレオンというらしい。彼も今から父親が戦うという時にずいぶんと余裕があった。こうなると彼の気さくさが逆に不気味だ。いくら父親が強いと言っても万が一という事は常にある。もしかして彼も魔法使いなのだろうか?
これからどうするか。私がドーン人の他の拠点を突き止めるというのは難しい。しかしアルベルトが来て早々拠点を一つ潰したという事は、アルベルトには、というかフェルトには敵の拠点の場所が分かっているという事だ。でなければフェルトが本土の戦争をほったらかしてアルベルトをこの街に派遣する訳が無い。
どうにかして彼に接触してドーン人の拠点の場所を聞き出し、彼がレイチェルを殺害する前に彼女を確保するのが良いかもしれない。
それかフェルトを支援している貴族を探して、ドーン人の拠点を聞き出す事ができればアルベルトを介さずともレイチェルを見つける事ができるかもしれない。拠点でアルベルトに遭遇しなければ、こっちの方がうまく行きそうだ。貴族ならちょうど一人知っている。レイチェルの父親エリックだ。彼じゃなくても、彼からそれに該当する人物を紹介してくれるかもしれない。
エリックに会おう。私はレバーを倒して動力を増やすと街を疾走した。




