第七話
あれから有力な手掛かりも無く、調査は難航している。
「今日も新聞に出ていないようですね」
他社の新聞に目を通しているジン君も察したようだ。
「これはやっぱり魔法使い絡みの事件ですかね?」
「そうでしょうね」
新聞を机に置いた時、一人の制服警官が入って来た。ずいぶんと若い男だ。新米警官だろうか?
「探偵さんはどなたでありますか?」
「私です」
「こちらへどうぞ」
彼はジン君に勧められるままにソファに座り、落ち着きなさげにまず口の横をポリポリとかき、続いて人差し指の付け根の部分をポリポリとかいている。
「それで? 警察の方がうちに何のご用ですか?」
「ああ……ええ実はですね……」
何とも落ち着きの無い男だ。ボサボサの金髪に髭の剃り残し。寝不足? 緊張のせいかやたらと瞬きしている。線の細い二十代初めの青年。
「実は依頼に来たのです」
「警察の方が?」
「ええ。僕はオズワルドといいまして、今年から刑事になりました」
「ふむ」
ジン君がコーヒーを置くと礼を言って一口飲み、瞬きのスピードが増した。
「う、美味い!」
「それで?」
「あ、ああすみません。それで今回初めて捜査を担当したんですがね……さ、殺人の」
「はい」
先日の刺客の件だろうか? だがあのカードが置かれていればいきなり私に手錠をかけるような真似はしない。
「いざ現場に行ってみるとそれがもうびっくりするほどの大量殺人でして。今鑑識に見てもらっている所なのですが全然終わらんとのことで、まだ人数も正確に分かっていないのです」
私はジン君とこっそり目を合わせた。どうやらあっちの方の話のようだ。
「本来警察が捜査している内容というのは一般の方には漏らさないようにするのですが……」
「それはそうでしょうね」
「現場を見ていた所、ある物を見つけ、それを見た上層部から声がかかり……別の課が捜査を引き継ぐという事で、その時点で強制終了になりました」
「え?」
「これがその……カードです」
そう言ってオズワルドは私にビニール袋に入った一枚のカードを差し出した。大根のイラストが描かれているカードだ。私は手に取った。素材は名刺のような紙だ。黒い二重の枠で縁取りされている。裏返しても特に何も書かれていない。
「これだけですか?」
「そうです」
「ふーむ。上層部は何か言っていましたか?」
「これが置いてあったという事は犯人を捜索する必要は無い、と本部長はおっしゃってました」
「犯人を捜索する必要は無い? つまりこのカードは犯人か犯行グループの声明を表している、という事なのでしょうか?」
私はこのカードが何を表しているのか分かっているのだが知らないふりをして話を続けた。大根を使う、または大根に関係するなにがしかの魔法使いというわけだ。それを知っているのは警察の上層部と、私達のような人間を顧客としている情報屋だけだ。新米の刑事が知らないのも無理はない。
私もある人に作ってもらって警察に申請してある。何の魔法かは自分の安全に関わるので正確には伝えていない。しかし魔法を使って戦闘をするととかく状況が複雑になりがちだ。被害者の身元なども鑑み、よほど身勝手で悪質な殺人事件などでなければ、現場にカードを置いて後日、警察にきちんと報告する事で問題無しとされる。今回の私のケースも正当防衛が成り立つはずだ。
「そうかもしれません。マスコミにも決して漏らすな、と」
「ちなみにその事件というのはもしかして牧場の件ですか?」
オズワルドは心底驚いたらしくビクッと動いてコーヒーをこぼした。
「うおあぅッ! 申し訳ない!」
「ああいえ大丈夫です」
「ご存じでしたか。探偵というのはすごい物ですね」
「で、なんでこの話を私にしに来たのですか? 捜査している内容は漏らしてはいけないのでは?」
「もう捜査していない内容なのでね」
私はポリポリと頭をかいた。いやそういう意味ではないのでは? オズワルドはクスクスと笑い出した。
「いや冗談ですよ。そこまで私は馬鹿ではありません。本当はもちろん駄目ですよ。しかし……」
コーヒーを拭き終わったオズワルドは姿勢を正した。
「初めて捜査した事件です。上から言われたからってはい終わりっというのは納得がいきません。とことん調べて犯人も突き止める所まで、区切りが付くまではやってみたいという気分でしてね。この事務所はけっこう長いと聞きました。もしかしたらこのカードについても何か思い当たる事があるのではないかと思いましてね」
「なるほど。私の知り合いに色んな情報を集めている者がいます。彼に聞いたら何か分かるかもしれません。聞いてみてもいい。しかしもしこの事が上層部に知れたらただではすみませんよ。命令を無視してさらに一般人に捜査内容まで漏らしているんですから」
「承知の上ですよ。そのカードをしばらくお貸しします。どうせ終わった事件です。後でこっそり返せば大丈夫でしょう」
「ふむ」
私は大根のカードを胸ポケットに入れた。
「やっぱり馬鹿でしたか」
オズワルドは頭を掻いて微笑んだ。
「力を貸してくれませんか?」
レイチェルの手がかりも途絶えてどうしたものかと考えていた所だ。犯人の方から当たってみるのもいいだろう。あの人数を殺害した魔法使いの犯行となると相当強力な魔法に違いない。もしこれからも遭遇する可能性があるのなら今後のために知っておくのも悪くない。
それに、こういう馬鹿は私も嫌いじゃない。
「ま、聞くだけ聞いてみましょう」




