第六話
交換手にすっとぼけて匿名で警察に通報してから三日が過ぎた。
私は事務所で新聞をチェックしていた。あれだけの死者が出ている事件が三日経っても一切報道されていないというのは妙だ。私が『巻き戻った』後に牧場の中に踏み込まなかったために事件は起きなかった? いや、そんなはずはない。すでにあの状態だったからこそレイチェルは外で私を狙撃しようとしたのだ。とするとあの事件は外に漏れぬように警察が極秘に処理しているという事だ。これはもしかすると……。
「ちょっと出て来るわ」
「はい」
北区の職員の口ぶりではもう港の方にはジョン達は顔を出してないようなので、もし生きていればジョンかレイチェルは工場で働いているかもしれないと思い、私は北区の工場のあたりを聞いて回っていた。エリックは一度しかジョンに会っていないので写真も無い。ジョンの顔が分からないのがここに来てだいぶ話を難しい物にしている。あの死体の中にジョンがいたら手がかりの無いレイチェルをひたすら探すしかなくなる。
三件目の工場を後にして車に乗ろうと近付いた時、バックミラーにショットガンを持った男が歩いて来るのが見えた。工場の稼働音に掻き消されて足音はまったく聞こえない。黒のロングコートにシルクハット、革張りのガスマスク。警備員にしては服装のコーディネートがいささか暗殺者寄りにまとまっている。ヒモによって現れた刺客か。
男が銃を私に向けた時、私は反射的に横に跳んで彼の銃撃をかわし、ホルスターからリボルバーを抜いて反撃した。彼は反撃されるのを予想していたようだ。横に鋭いステップをしながら片手でショットガンを回転させてリロードした。
私はもう一度撃ち、彼がステップしたのに合わせて積み上げられた資材の裏に向かって走った。しかしそれは読まれていた。彼の銃撃は私が走る方に向かって放たれ、私は右肩を負傷して倒れ込んだ。投げ出されたリボルバーが転がった。その様子を見た彼は今度は丁寧に両手でリロードした。
「くっ……!」
「リン・ブライトだな?」
マスク越しのこもった声が聞こえた。
「聞いてから撃つべきなんじゃ……ないの?」
「それもそうだ」
彼が引き金を引き、私は車の前に死に戻った。
――なるほど。どうやら容赦しないらしい。
私は再び彼と対峙する。跳んで反撃、彼がステップしてリロード、私が銃撃、彼がステップ。ここで私は彼に向かって走った。彼がもう一度撃って来るのを横っ飛びにローリングしてかわし、至近距離でリボルバーを構えた。
彼は左手の薬指と小指を折り曲げ、指に付いたレバーを引いた。爆発音と共にコートの胸に大量にあるシリンダーの一本が弾け、熱湯と鉄の棘が私に向かって飛散した。
「あぢぢっ!!」
熱と刺さった棘の痛みで私の銃撃は外れてしまい、奪われた視界の中でショットガンのリロードの音がした。
――あれが片手でリロードしていた理由か。接近に備えて左手をフリーにしている訳だ。
近付いても駄目ならもう一度距離を取ってリボルバーで応戦しよう。次はローリングして銃撃をかわした所で一旦リボルバーを構え、彼の攻撃を誘ってから横に走って別の資材の裏に向かって走った。一瞬後で例の爆発音がして先程の攻撃が見えた。
何かワイヤーをこするような音が聞こえたが私は構わず資材の裏に飛び込んだ。資材から顔を出した時、彼の腰から伸びたワイヤーが資材に突き刺さっていて、ワイヤーを巻き戻す力で彼が私に急接近していた。今から銃を構えても間に合わない。ブーツから飛び散った火花が消える頃には私のすぐ近くでショットガンを向けている彼がいた。
近付けば爆発、逃げれば高速移動でショットガン。上手くできているな。このラウンドも落とされた。
――それならばと彼が高速移動して来て姿が資材から見えた瞬間に撃った。しかし左腕に鉄板が装着されていて、弾が致命傷を外れてしまう。負傷しながらもショットガンを撃って来て、私も被弾しながら距離を取った。私は資材の間を走りながら撃ち、彼は至近距離でステップとワイヤーの高速移動を駆使して距離を詰めながら撃って来る。
私達は血と硝煙の中で何度も撃ち合った。しかし相手の機動力と銃の性能でどうしても競り負けてしまう。
どうやら真っ向勝負では分が悪いらしい。私には仕事がある。違う手を取らせてもらうよ。
――私は楽しい工場見学まで戻った。工場長に二階に複数ある作業場を案内されて廊下を歩いている所だ。
「あとはあそこの部屋ですね」
「あっすみません、さっきの部屋に万年筆を落として来ちゃったみたいです。すぐ取って来ますので先に行っててもらえますか?」
「ああ。はいどうぞ」
「ごめんなさい」
そう言って私は小走りにさっきの作業場に入った。中では多くの人がベルトコンベアーの上を流れて来たエンジンのネジを回したり、鉄板をはめて叩いていたりしていて蒸気と騒音で溢れている。私はこっそり部屋の隅の窓を開け、ちょうど真下にいる刺客に向かってリボルバーの弾を三発浴びせた。
卑怯だろうか? 卑怯だろうなあ。でも気にしない。向こうが仕掛けて来た喧嘩だ。私は何食わぬ顔で工場長の所に戻り、工場長に別れを告げた。
私はリボルバーを持って迷わず歩き、うつ伏せに倒れている刺客を見下ろした。
「まだ生きてる?」
「ああ……」
「私は魔法使い。あなたは私には絶対に勝てないわ。正直に話しなさい、あなたは誰?」
彼は仰向けになった。私は左手を足で踏み、レバーを引けないようにした。
「ハッタリじゃ……ない……か」
「ええ」
「俺は武器商人に客を紹介する……仲介屋だ。ジョンの……というか奴等にこの国の武器を……売った」
「奴等。ジョンはそういう連中の一人なのね」
「そうだ」
「あなたの他に私を狙うのはあと何人いる?」
「いや、俺の独断だ……」
「そう。運が無かったわね」
「そのようだ……」
彼は息を引き取った。この国の武器は世界の最先端。その武器を売るのは重罪だ。売国奴。だがそういうのは警察の仕事だ。私には関係無い。
私は鞄から一枚のカードを取り出して彼の側に置いた。白地に黒枠、大きな歯車に小さな歯車が嚙み合っているイラストが描いてある。おそらくこれが牧場の件も報道されていない理由だ。魔法使いが関わった殺人。
私はジョンの居場所を教えてくれた情報屋のレストランに行った。再び奥の席で応対してくれた。
「ブライトです、先日はどうも」
「なんとかなったか?」
「ジョンには会えませんでしたが、どうやらついさっきヒモは切れたようです」
「そうか、まあ命があって良かった」
「相手の情報はいらないか?」
「大丈夫です。何かあったらまたよろしくお願いします。それでは」
店を出ようとした私を彼は引き止めた。
「ちょっと待ちなよ」
振り返ると彼はメニューを指差している。
「食べて行かないのか? 運動して腹が減っただろう?」
商売が上手な男だ。私は微笑んで席に戻った。
「いただきましょう」
私はミックスグリルセットと炭酸水を頼んだ。チキンのタレが甘じょっぱくて大変よろしい。
店長はもぐもぐ食べる私を見て嬉しそうに頷いている。彼とはこれから長い付き合いになるかもしれない。




