第二話
大通りを北上して銀行の看板が立っている場所を西に入った所に私の事務所はある。一階は服屋、いつも閑古鳥が鳴いていてなぜ潰れないのか不思議だが今日も営業中だ。店長は品のいい人当たりの良い初老の女性で、丸い小さい眼鏡をかけ、銀色の髪の毛がポワポワクルクルしていて、いつも品の良いブラウスに縦縞のスカートといった格好をしていて、カウンターでなにやら資料をめくったり書き物をしたりして作業をしている。調査でよく服が傷んでしまうし私が一番この店を利用しているかもしれない。
そして二階が私の事務所だ。右隣は銀行、左は靴屋。これらは仕事でよく利用するのでたいへん都合が良い。本屋やレストランまであれば最高だったのだが。
私は服屋の店長に帽子を取って挨拶し、店の隣の階段を昇って事務所に着いた。ブライト探偵事務所。私の名字だ。磨りガラスが入ったドアに金色の文字のプレートを付けてもらった。鍵が開いているので事務所に入った。
入って右側に給湯室と、書類をしまっておく部屋がある。まあそこにソファも置いてあって私が仮眠するのによく使っているのだが。残りの空間は応接室で、客の相談を受けるためのソファと低めのガラスのテーブル、南の窓際に私の暗めのウォールナット材の机、西の壁沿いにパイン材の部下の机が部屋に向けて二つ並んでいる。
部下のジン君がソファに座って女性客と話していた。ジン君は私の表情を伺ってから立ち上がった。
「ジン君」
「リンさん、特に問題は無かったみたいですね?」
「そうね。余った時間で砂浜でちょっとはしゃいで来たわ」
「コーヒー淹れますね。ちょうどお客様がいらっしゃってるので、お話聞いてあげてください」
「今飲んできたから麦茶でお願い」
「分かりました」
女性が立ち上がってお辞儀した。
「こんにちは」
「どうも。所長のリンです」
女性は所長と聞いて急に姿勢を正した。どこかで私の噂でも聞いたのだろう。荒事が得意な女探偵。ずいぶん乱暴な噂だ。仕掛けて来るから対応しているだけなのに。
彼女は白のブラウスに紺のスーツを着ている。スカートのシワを手で伸ばし、形のいい足を隠してから私に名刺を渡した 。サラ・トンプソンとある。住所と電話番号が書いてある。名刺を裏返した。何も書かれていない。
「私はサラといいます。南地区のエリック・カーターという者の秘書をしています。今日はエリックの使いで仕事の依頼に来ました」
「エリック? あの貴族のエリック?」
名刺を見ると住所は南地区だ。なるほど、これはエリックの家か。
「そうです。彼の娘を捜してほしいのです」
ジン君を見るとジン君は頷いた。
「警察は貴族の娘とはいえ家出とみなしています。というか事実そうらしく、民事の介入には消極的だそうで」
「ふうむ。事実そう?」
私はソファに座るように勧めて自分もソファに座った。ジン君は給湯室へ向かった。
「彼と口論になって飛び出して行ったのです。名前はレイチェル。彼女と交際している青年がエリックは気に入らないそうで」
「ははあ。そういう事ね」
「まあよくある話といえばそうなのですが」
サラからレイチェルの写真を受け取った。金髪の長いおさげにそばかす。クリクリした目。薄い唇。なんだか標高の高い草原でクルクルと踊っていそうな娘だ。
「問題はその後で本当に行方を眩ませてしまった事なのです。見つからないように逃げているだけだと警察は相手にしてくれません」
「なるほど……家出した後に何か良くない事に巻き込まれてしまったかもしれないと?」
「そうです」
ジン君が麦茶を持って戻って来た。私はコップを受け取り一口飲んだ。ジン君が用意した飲み物はいつ飲んでも美味しい。同じ物でも自分が用意した物とはまったく違う味になる。
「分かりました。明日エリックに会えれば会って……それから調査を開始しましょう。レイチェルを見つけた後はどうしましょう?」
「連れ戻すかどうかはまだ何とも。それについてはエリックと相談してください。明日彼に会えるように話を通しておきますので」
「分かりました」
「それからこの話はマスコミにも内緒でお願いします」
「もちろんです」
サラは礼を言って帰って行った。私は自分の机に麦茶を持って行き、窓から馬車に乗り込むサラを眺めた。
「有力者の娘です。何か事件に巻き込まれてる可能性を考えると……」
「そうね。一旦仕切り直して明日からスタートにしましょう」
「武器を色々調達しておきます」
「よろしく」
探偵は警察ではカバーしきれない事件を扱う事が多い。かわいいワンちゃんを見つけるだけで済むならそれでいいが、荒っぽい場面に出くわす事も多く、そうなった場合はお決まりのパターンがある。警察は後からやって来て現場を見て私に向かってため息をつくのだ。もっと穏便に済ます事はできなかったのか、と。
ごめんですむなら警察なんていらないだろう?




