第十七話
首都バッハの曇り空を飛行船はゆっくりと飛んでいる。
私は首都上空を遊覧飛行する飛行船に乗って眼下に広がる街並みを眺めていた。甲板の金色の手すりに手を置いて飛行船にも注視してみる。何本もある鉄の柱に繋がったケーブルが上に伸びていて、見上げた先にある大きな楕円のバルーンにあちこち繋がっている。
実際に乗ってみると飛行船はかなり大きい。端から端まで走っても余裕で十秒はかかるだろう。甲板から下へ幅が広い階段があり、いわゆる船部分の内部には客室や食堂があるのだが、遊覧船なので使うのはほぼすぐに行ける食堂と甲板だけで、客室は使わない。
先日の依頼達成の礼としてエリックが飛行船のチケットを譲ってくれたのだ。いつも見上げるだけで乗った事は数回しか無かったので気持ち的にはまだ新鮮な感覚だ。こうして空から街を眺めると、蒸気機関であちこち動かしながら煙を吐いているこの街はまるで大きな一つの機械に見える。
線路が先日の牧場や鉱山、そして南の海の方へと伸びて行く。この機械を保つために方々から資源を吸い上げるのだろう。しかし牧場はもう動いていない。これから先、馬車用の馬をどうするのだろう?
私の思索は後ろの婦人達の声で遮られた。振り返ると階段を降りて食堂に入って行く若い婦人達が見える。中の大きな食堂にはバイキング形式で色々な食べ物が置いてあるから興奮するのも無理は無い。個人的にはせっかく飛行船に乗っているのだから、空から見える景色、空を飛ぶ感覚を楽しむ方を大事にするべきなのではないかと思うのだが仕方が無い。そもそも魅力的な料理を置くスタッフが悪いのだ。それにお世辞にも天気が良いとは言い難い。いつ降り出してもおかしくはない。
やれやれ、私もデザートを食べに行くとしよう。別に美味しい物が置いてあるのは悪い事ではない。私も食堂に行くため階段を降りようとしたが、自分の視界に何かあってはならない物が映った気がして、立ち止まってもう一度街の風景を見直してみた。
その違和感の原因はすぐに見つかった。大きな時計塔の頂上に、杖を持った老婆とオールバック風の若者が立って街を眺めている。明らかに一般人が登れる場所ではない。え? 何、どういう事? 蒸気の煙と、先が尖った建物がごちゃごちゃしたこの街の上に人が二人ポツンと立っている様は、中華の国が舞台の派手な色使いの山林に雲と白鳥のシンボルがねじ込まれている抽象画を連想させた。
甲板には私以外誰もいない。あの二人に気付いているのは私だけだ。飛行船の音が妙に大きく感じる。私はしばらく彼等を見ていた。この動き続ける景色の中で私達三人だけが静止しているようだった、
飛行船の陰で彼等の周りが暗くなり、青年が飛行船を見上げると私に気付いた。青年は私にウインクして老婆の肩をチョンチョンとつつき、老婆の視線を私に向けた。老婆は付けているモノクルの縁を指で回し、私に倍率を合わせているような動きをした後、口を開いてこう動かしたように見えた。
――リン・ブライト。




