第十六話
私とレオンはレインコートを脱ぎ、内側を下にして船の上に置いた。
「一日経てば魔法の効果は切れますからこのまま置いておけば大丈夫です。この船は警察が押収しますし」
「そうですね。レオンさん、手伝ってくれてありがとうございました」
「いえ、俺も上手くいって良かった。この武器が向こうに渡ったらまた無駄な死者が出たでしょう」
彼等にはこれらの武器は通じないが、違う所で死者が出る。レオンはほっとした顔をしていた。
「早く終わるといいですね」
「ほんとに」
レイチェルは私と共に馬車に乗って家路に着いた。彼女は無言だった。私も特に言う事は無い。外の騒がしさが中の気まずさを少しだけ緩和してくれていた。
不意に彼女が口を開いた。
「あっそうか」
「なんです?」
「魔法使いだからあなた、あの時あんな遠くから私に気付いたのね」
牧場の時の事を言っているらしい。
「……そうです。一度死んであの時点に戻りました」
「あの時周囲には私しか生きている人間はいなかったはず。という事は……」
「いい腕ですね」
「ごめんなさい」
「無かった事ですよ」
「それでもごめんなさい」
私しか経験していない世界の出来事にも謝ってくれる。彼女は激しやすいが、いい奴だ。こういう所にジョンも惹かれたのだろう。
そして屋敷に着き、馬車を降りるとエリックと感動の再会を果たした。
と言いたい所だが感動しているのは秘書のサラだけで、ギャラリーはあと私しかいない。
父親のエリックは娘を止めなかった事、自分が対応をしくじったという気持ちで、つまりあくまで自分のミスを悔いる気持ちでいっぱいだ。レイチェル本人は怒りがまだくすぶっていて、家に帰って父親を見ても「フン!」で終わりだったそうだ。
一週間程経ってから、ジョンなど認めんという父親の最初の意見と、ジョンめよくも私を騙したなという娘の気持ちが同じ方向に向いて、ジョンを共通の悪に仕立て上げた事で上手く二人の仲は元の鞘に収まったようだ。レイチェルはトレーニングとライフル射撃を今も続けているようで、どんどん体も引き締まり、一風変わった魅力的な娘に変貌を遂げつつある。
報酬は、レイチェルも無傷だったし満額もらえた。貴族とのコネクションもできたし、まあまあの仕事だった。
こうしてレイチェル捜索の依頼は終了した。
二日後、事務所の電話が鳴った。ジン君は休暇でいない。
「もしもし」
「ブライトさんですか、アルベルトです」
「先日はどうも」
「明日の昼に、国に帰る船に乗ります。お世話になったので一応お伝えしておこうと思って」
「お世話だなんて。邪魔しかしてませんよ」
「そんな事はありませんよ。あなたがいなかったらレイチェルさんを殺害していたかもしれない」
そうだった。かもしれないというか間違いなく殺害していただろう。そうなるとオズワルド刑事が余計な事をして騒ぎを大きくしていたかもしれない。
「お役に立てたなら良かったです。明日、見送りに行きますね」
「ありがとうございます。それでは」
私は電話を切り、目の前の新聞を取った。
港の事件はほんの少しだけ載っていた。イカを密輸しようとした武装した男達をオズワルド刑事が逮捕して積荷を回収した、とだけあった。イカは無理があるんじゃないか?
容疑者は外国人グループで本国に送還され向こうで裁きを受ける、とだけあった。どうやら情報が規制されたようだ。私の写真も載ってなくて一安心だ。
よく晴れた日だ。
私は車で港まで来た。船の近くまで車で行きたかったからだ。あれか。船に謎の旗が立っている。
あれはフェルトの国旗だろうか。盾が描かれていて、盾の表面には左に剣、右に魔女の帽子のようなマークが入っている。レオンは女神が力を貸したと言っていた。私は生まれつきの魔法使いしか見た事が無いが、もしかしてフェルトでは後から魔法使いが増やせる国なのだろうか? 治安の面で考えると恐ろしい話だ。世界中が北大陸から目を離せなくなるだろう。
アルベルト達が船の近くで立っていた。私は手を振って近付いた。
「ああ、ブライトさん。見送りに来てくれたんですね。ありがとうございます」
「戦争、早く終わるといいですね」
「ええ」
レオンとディアナ、そして……?
「あら、あなたがブライトさんなのね。初めまして、妻のカタリナです」
「初めまして。今回は私の仕事を手伝ってくださってありがとうございました」
このどう見ても鍛冶屋の娘にしか見えない女性がアルベルトの妻なのか。確かにディアナもそう言っていたが、改めて見ると面白い組み合わせだった。
「探偵のブライトって言うからもっとこう……」
「渋いオッサンかと思いました?」
「そう! そうなの! 名前は何て言うの?」
「リンです」
「まあ……」
何が「まあ……」なんだろうか。まあ何て可愛らしい方なの?に違いない。
「部屋まで来てくれていたのにご挨拶もしないでごめんなさいね。どうしても機関銃の工房が見たくて」
「機関銃、ですか」
「そうなの! 見て!」
そう言ってカタリナは背中を向けてマントをたくし上げると、車のエンジンのような物を背負っていた。
「これをこの二丁の機関銃にこうやって繋ぐとね、排莢と装填を全自動で高速で繰り返しながら毎分百五十発撃てるのよ! 両腕に持てばほら!」
仁王立ちになったカタリナはケーブルが背中に繋がった機関銃を二刀流にして喋っている。
「はあ」
「さらにここのレバーを引くとここのマガジンを組み込んだ円盤が蒸気機関によって回転して……」
たまらずディアナがカタリナを止めた。
「お母様、お母様ったら」
「ん?」
「ん?じゃないわよ。ブライトさんが引いてます」
確かにエピローグでやる内容ではないだろう。
「今度ゆっくり聞かせてください……戦争が終わったら」
四人は微笑んだ。アルベルトが私に握手を求めて来た。
「そうですね。必ずまた来ます」
「お元気で」
私は煙を吐きながら水平線に消えていく船を見送った。彼等は彼等の人生を生きているし、私は私の人生を生きている。しかし私は納得するまで何度もやり直して人生を送っている。本当の人生とは言えないと思うかもしれないが、私はそんな事は気にしない。正しさなんて見方によって変わる物だ。彼等のより良い未来のためにはこの魔法は使えないが、上手く行く事を祈るばかりだ。
一件落着だ、ジン君のコーヒーを飲みに帰ろう。私は車に乗り込んで事務所に向けて走り出した。




