第十五話
私達は船に乗り込んだ。煙は……出ていないか。ボイラーはまだ沸いていないので出航はまだのようだ。甲板に一人、木箱に座ってのんびりしている若い乗組員がいた。
私は銃を突き付けて囁いた。
「静かに。私は警察の協力者だ。今から中に入って密輸者を制圧する。無駄な抵抗はしないように。いいね?」
彼は頷いた。
「後ろを向いて手を後ろに」
後ろを向いた彼の両手を、オズワルドから借りて来た拘束用ロープで縛った。初めから二つの輪になっていて、中央の金具から出た一本を引っ張れば輪が狭まるので、素早く拘束する事が出来る。一般人、かどうかは分からないが、一般人でも余計な動きをされると銃撃戦などに巻き込まれる事もあり危険なので、作戦時には拘束するのが普通だ。
「外に警察が待機している。騒ぐと撃たれるから静かにね。分かった?」
「はい」
「中に何人いるか分かる?」
「十人くらいいました」
「ありがとう」
私達は船の内部に入った。狭い通路の左右に船室が複数並んでいる。レオンが手を上げて先頭に立った。
「じゃ、行きますね」
右手前の船室のドアを開けるとレオンの体の前方が突然輝き出し、凄まじい光が船室内を満たした。
「うわ! なんだ!?」
「ま、眩しい!」
中にした二人はあまりの眩しさに顔を手で覆ってうずくまってしまった。
「警察だ、動くと撃つ」
「け、警察? 何だこの光……うぐぐ!」
「目を開けないでねー、目が潰れちゃうから。はい後ろに手出して」
「後ろ?後ろってどっちだ……あ、手か。くっ……!」
二人は完全に方向感覚も失っている。私は二人の銃を奪い素早く拘束した。うーん、こりゃ楽だ。
「あなたは……光を操る魔法使いって事ですか?」
「その表現かっこいいね。そう、体が光るだけ。好きな形と強さで光らせる事ができるんだ。こんな風に使えば相手の自由も奪えるし、けっこう便利なんだよ。どう?」
「確かに便利ですね。探偵に向いてます」
「探偵ってそんなに戦うもんかなぁ?」
レオンは光るのを止めたが、光をくらった二人は見えていないようだ。
「ジョンはいる?」
レイチェルは首を振った。
「違うわ」
「じゃ、次行こう」
私達は同じ流れで次々と船室の男達を拘束していった。この魔法、屋内なら本当に強い。向こうは何も見えないのにこちらは自由に動けるのだ。アルベルトの装備を借りたら屋内では世界一強いかもしれない。
四部屋にいた者と、食堂で遭遇した男達計十一人を一発も撃たずに拘束する事に成功した。しかしこの中にジョンはいなかった。そして船長室に行き、密輸に加担した船長も拘束した。
「これで船内は制圧しましたね」
「ジョンはいなかったね」
レイチェルは小さくため息をついた。悔しそうだ。
「後は船に乗り込もうとする者達から探すしかなさそうですね」
「仕方ないわね」
甲板に戻ると、少し風が出て来ていた。帆先の方で木箱を運んでいる男がいた。私は銃を向けて叫んだ。
「動くな!」
男は木箱を持ったまま体を強張らせた。レイチェルはその男を見て目を見開いた。
「ジョン……?」
「レイチェル……か?」
私とレオンは見合わせた。
「ジョンッ!」
レイチェルはジョンに向かって走って行った。レオンが手を伸ばして叫んだ。
「駄目だレイチェル! 抱き着いたら彼が死ぬ!」
「え!? あっ……そ、そうだった……!」
抱き着こうとしたレイチェルは慌てて立ち止まった。
「レイチェル、装備は脱がないで。ここはまだ安全じゃない」
レイチェルは頷いてから彼に話しかけた。
「無事だったのね! 心配したんだから!」
「レイチェル……」
ジョンは私達を見て少し考えてから口を開いた。
「抵抗はしません。これを置いていいですか?」
「どうぞ」
ジョンはゆっくりと木箱を置いて両手を上げた。私は銃を向けたまま言った。
「私達は警察に協力して密輸犯を制圧しに来ました。船内の仲間も既に拘束しています」
「そうですか」
「海に飛び込んでも無駄ですよ。外にも警察が待機しています」
彼は港を見て頷いた。ここからはオズワルド達は見えないが信じたのだろう。レオンを見て言った。
「あなたを祖国の新聞で見た事があります」
「そうかい。親の七光りって書いてあったかな?」
ジョンは微笑んだ。
「いえ……悪魔の親子って書いてありました」
「見解の相違ってやつだね。うちでは英雄だそうだ」
「でしょうね。今ここであなたを殺せば僕が英雄になる」
「それで君が悪魔になるのかい? よしなよ。無駄な殺しはしたくないんだ。敵国の人間でもね」
「意外と甘ちゃんなんだな。お父さんが何人殺したか知らないのか?」
「知らないよ。数えるのが大変なんでね」
「遺族の前でも同じ事を言えるのか?」
「言える訳無いし、お互い様なんじゃないかな」
レイチェルが口を挟んだ。
「ジョンやめて! 彼はあなたを探すために協力してくれたのよ!」
「俺を? へえ、そりゃ苦労をかけたな。俺達だって何年も前から彼を探してたよ。皆が彼を殺したくてウズウズしてるんだ」
「私達のためにしてくれた事じゃない! どうしてそんな事を言うの!?」
ジョンは首を振った。
「お前、何にも分かってないんだな!」
「ジョン……?」
「こいつらがいなければ俺達ドーンは平和に暮らしてたんだよ! お前も見ただろ、こいつ等は人間じゃないんだよ! 悪魔が戦争に手を貸したのは歴史上初めてなんだ! こいつ等がいるせいでフェルトは統一に乗り出したんだぞ! 俺の家族が死んだのもこいつ等ファルブル家のせいなんだッ!」
「そりゃ違うね。仕掛けて来たのはお前等だ。何度もお前等が不当に領土を主張して仕掛けてくるから女神が俺達ファルブル家に力を貸してくれたんだ」
「五百年前の分割の儀式で俺達の族長と領土を分割したはずだ! そこに勝手に街を作り出したのが悪いんだろう!」
「その儀式は無効なんだ。北大陸では他国も正当性を認めていない。その当時強引だったドーン人の勝手な言い分だ。どこの国も学校に行けばそう習うんだよ」
キリが無さそうので私は口を挟んだ。
「悪いんだけど、レディ二人を待たせてする話題じゃないと思うの。今は次どうするかを決めてくれる?」
「黙れ!」
「黙りません。どうするの? 捕まるの? 死ぬの? レイチェルに何か言う事無いの?」
ジョンは涙目になっているレイチェルを見てハッとした。そして数秒目を泳がせてから口を開いた。
「なあ、お前は貴族の娘だから利用しただけなんだよ。そんな事も分からないのか? 勘違いするな。自由に金が引き出せないと分かったらお前みたいな世間知らずと最初から一緒になる訳ないだろ。見た目は最高なんだからよ、お前はそこらのボンボンつかまえて結婚してりゃいいんだよ」
レイチェルの顔にサッと赤みが差した。カツカツと歩み寄り、思い切りジョンを拳で殴った。
「うぐぇッ!」
そして倒れ込んだジョンの胸を足で踏み付けた。
「もちろんそうするわよッ! セレブの生活は牧場と違ってさぞ快適でしょうね! あんたは向こうでお仲間と仲良く内臓ぶちまけて死になさいッ!」
レイチェルは装備を海に投げ捨てた。
「フンッ! あとはよろしく!」
そう言うと派手な足音を立てながら船を降りて行った。手術は完了のようだ。
ジョンは起き上がると顔をさすった。
「いてて……まああの調子なら大丈夫だな」
私は頷いた。
「彼女もこれで前に進めますよ」
「僕とは世界が違う。一緒にいるべきじゃない。最初から分かっていたけど……どうしても自分から別れを切り出せなくてね。これでいいんだ」
本当は今でも彼女の事を愛しているのだろうか。
「いいのか? 二度と会えないかもしれないぜ?」
「……これでいいんです」
雨がポツポツと降って来た。
「すみません、言い過ぎました。あれぐらい言わないとレイチェルが諦めないと思って」
「あれくらいは普通だよ、ドーン人ならね。慣れてるよ」
捕虜などに会う度にいつもああいう風に言われるのだろう。私はレオン達が少し気の毒になった。
「投降してくれますか?」
「はい。人を殺すくらいなら僕は捕まってた方がマシです」
レオンが彼を拘束した。ジョンは立ち上がった。
「僕はただの若者です。僕には何かを変える力は無い。ただ目の前の戦争に振り回されるだけの人間です」
レオンは黙っている。
「こんな戦争は本当は意味が無いんだ。終わらせてくれ。殺したり殺されたり……馬鹿みたいだ」
「そうだな」
船から港を見ると、残りの残党も船を押さえられたのに気付いたのだろう。アルベルト達に投降したようだった。レイチェルは……帰ろうとしてるな。私も行かなければ。
不意にレオンが口を開いた。
「俺だって戦争に振り回されてるただのガキだよ。父さんだって本当は子供に勉強を教えるのが好きなんだ。皆を守るために心を鬼にして戦ってるんだよ」
ジョンはレオンを見た。
「でもまあ、こんな事は俺達だけで終わらせないとな。俺達ファルブル家にはその力があるんだ」
私が分かっている事が一つある。戦争を始めた奴は、その後どれだけの人間が苦しむかがさっぱり分かっていない大馬鹿野郎だって事だ。




