第十三話
私は眠ったのとは違うベッドで目が覚めた。
「ん? ここは……?」
どうやら留置所ではなさそうだ。酔っ払って寝たらだいたい警察に放り込まれた留置所の中で目を覚ますものだが。
見回すと知らない小さな部屋だ。隣のベッドにレイチェルが眠っている。向こうで会った時は汚い作業服のような恰好だったが、今は綺麗なネグリジェに着替えている。ふーむ。きちんとした服装をしているとなかなか綺麗な娘だ。結婚相手には苦労しなさそうだが、まあ性格に難があるのだろうな。隣に立てかけてあるスナイパーライフルを見れば分かる。革バンドとベルトで補助してあって握りやすそうだし持ちやすそうだ。もし処分するなら私がもらおう。
テーブルには水差しとグラス、そして私のハンドガンとサブマシンガン、車にあったボストンバッグ、レイチェルのハンドガン。
私は銃をバッグにしまってドアを開けて部屋を出ると、そこは柔らかい絨毯が敷き詰められ、シャンデリアが垂れ下がり、豪奢な家具が並んでいて、まるで宮殿の一部屋のような広い部屋だった。
ワインレッドのソファの一つに若い女性が座って本を読んでいた。前髪を揃えた黒髪のショートカット、レースのピッタリした黒いドレスからでもしなやかな上半身のラインが分かる。とても美しい。
ジムが見せてくれた写真に写っていた女性だ。彼女は本を閉じ、立ち上がるとスカートを少しつまんでお辞儀した。
「おはようございます」
「おはようございます。あの、あなたは?」
「私はディアナ・ファルブル。アルベルトの娘です」
父親譲りの油断無き鋭い視線。泣きボクロが鋭さを少し緩和しているが、なるほど。息子より娘の方が父親によく似ている。
「ということは、ここはファルブル家が泊まっているホテルという事でしょうか?」
「そうです。馬車に父とレイチェルさん、そしてあなたを乗せて帰って来ました。レオンがあなたの車を運転して下に停めてあります」
現場に私の車が残っていたら面倒な事になっていたかもしれない。気遣いに感謝した。
「ご迷惑をおかけしてしまったようですね」
そう言うとディアナはクスクスと笑い出した。
「聞きましたよ。まさかあの状況でグッスリ寝てしまうなんて! あなたの度胸に父は感心してましたよ」
私は赤面した。
「い、いやまあお酒が入ってましたし。その……もう敵はいなかったようですから」
「あら。ドーン軍の応援が来る可能性もあったのですよ」
そう言われると確かに軽率だった。警察より先にドーン軍の生き残りが来る可能性もあったのだ。 まあ軽率というより投げやりになってしまっていたのだが。捕まったら死ぬのも容易ではない。
「ここなら、というか私がいる周囲ならば絶対安全です。父が来るまでもう少しお待ちください。そちらにサンドイッチや果物など多少つまめる物もございますから。シャワーも使っていただいて結構ですわ。良かったらお仕事の話など聞かせていただけませんか? 探偵の方にお会いするなんて初めてですもの」
私がいる周囲なら……彼女は自信に満ち溢れた表情をしている。なるほど。やはり彼女も魔法使いか。この一家、今後世界中が注目する事になりそうだ。私が最初にお近付きになったんだからな!
「帰るだけですし、シャワーは結構です」
私はサンドイッチと炭酸水をもらう事にした。バッグを床に置いて皿に取った。
「確か四人でいらっしゃってるんですよね? お母さまはどちらに?」
「母は工房に遊びに行っています。もともと鍛冶屋の娘ですからこの国の蒸気機関を見るともう興奮しっぱなしで」
「工房、ですか」
ドーン軍の拠点は残り一つ。そう考えると母親が一人で外に出るのもそこまで危険ではないということか。
二人でお茶をしているとアルベルトとレオンが部屋に入って来た。
「目が覚めましたか」
「ええ。連れて来てくださってありがとうございました」
「驚きましたよ。まさか寝ているとは。普段から命のやり取りに慣れている人間でもなかなかああはできない」
「恐縮です」
レオンがなぜかばつの悪そうな顔をしている。
「あ、あの。ブライトさん。そのう……」
「どうかしました?」
「いや実はその……俺が車を運転した来たんですけど。あまり経験が無くてですね。ミラーの所をちょっと擦ってしまいまして」
「え」
レオンはガバッと頭を下げた。
「すみません! あとで直してもらいますから! ごめんなさい!」
「なんだ、てっきり銃撃されて爆発でもしたのかと。別に少しくらいかまいませんよ」
「そ、そうですか」
レオンはほっとしたようだ。この非常時にこんな事を気にするとは呑気というかなんというか。
レイチェルも目を覚まし、それぞれがソファに落ち着くとアルベルトが切り出した。
「それで……最後の拠点に攻撃を仕掛ける予定でいたのですが」
「何か問題があるのですか?」
「偵察している者達から連絡がありました。どうやら拠点は既に引き上げていて、もぬけの殻のようなのです」
「どこか別の場所に拠点に移す、ということでしょうか?」
「それがどうも違うようです。港で非合法なルートで手に入れた船に物資を積み込んでいるのが目撃されました。手に入れた武器などを持って撤退するつもりでしょう。港の仲間によると船の出発は明後日です」
「ジョンもそこにいるでしょうね」
「おそらく」
レイチェルは立ち上がった。
「私も連れて行って。ジョンを連れ出さなければ」
私は顎に指を当てて首を傾げた。
「まあ……アルベルトさんがいればできそうですが」
レオンは頷いた。
「俺は構わないよ。別に貨物さえ抑えてしまえば、残りの敵は十数人だ。必ず殺害しなければいけない訳ではないし、父さんなら楽勝でしょ」
「やれやれ」
アルベルトはコーヒーを飲んだ。
「外から貨物船を斬って沈めるつもりだったんですがね」
その発想は無かった。
「そうなるとレオンに仕事をしてもらわないとな」
「あ、やっぱり俺?」
「彼の魔法ですか?」
「ええ。息子の魔法は特定の敵を生け捕りにするのに向いています。レイチェルさんは私の魔法服を着てレオンと二人でジョン君を探しながら制圧していってください。私は後方に付きます」
私の出番は無さそうだ。
いや待てよ? もしそのままレイチェルが船から降りずにジョンと一緒に海に出てしまったら依頼は失敗だ。私はオズワルド刑事の事を思い出した。
「倉庫に敵が残っている可能性もあります。私の知り合いに刑事が一人いますから彼に協力してもらって、アルベルトさんは貨物と倉庫周辺を押さえるというのはどうでしょうか? 私がレオンさん達と行動します」
「構いませんよ」
オズワルドにアルベルトを会わせれば彼も一区切り付くだろう。
私はその後アルベルトと明日の段取りを話し合った。レオンとレイチェルは飽きたらしい。ディアナを含めて三人で談笑していた。レイチェルよ、その青年とくっついた方が未来は明るいぞ。
「では明日の昼に港に行きます。ブライトさんはその刑事に連絡をお願いします」
「分かりました。お気をつけて」
「あなたも」
私はバッグを持ち、部屋の入口に掛けられていた帽子をかぶって部屋を出た。昨晩は帽子を車に置いて戦ったんだっけか。どうしてそうしたのか覚えていない。車からバッグと一緒に持って来てくれていたようだ。
この階にはこの部屋しか無いらしい。少し歩いてからエレベーターに乗った。ここは五階だ。ボタンを囲っている操作パネルの金色のフレームは、花やつぼみが巻き付くようにデザインされている。花には詳しくない。しかし高価な場所や物にはたいてい花があるものだ。長い人生だ、花の知識も必要になるかもしれないな。一階を押してエレベーターが下がって行く。タイプライターで書いたような書体の階数を表す数字が1に近付いて行く。
ガシャガシャと上品さの欠片も無いやかましい音を立てながら扉が開いたエレベーターを降りてロビーに行くと、支配人が笑顔で頷いた。上品な笑みだ。『昨夜はお楽しみでしたね』なんて言うような態度ではない。ボーイがドアを開き、私はゆっくりとホテルを出た。私が普段ここを使う事は無いだろう。魔法を使って稼ごうと思えば稼げるが、贅沢をした所で退屈なのは変わりない。
駐車場にある私の車のミラーを見ると片方が少し曲がって垂れ下がっていた。なんだか元気が無いうさぎの耳みたいになってしまった。
レイチェルのわがままに皆が振り回された形になってしまったが、なんとかこの話はいい所に着地しそうだ。終わった後、レイチェルを家に連れて帰らなければならないが、特に問題は無いのではないかと私は見ている。ジョンとレイチェルが再会したとしても正直な話、この二人が上手く行く事はあるまい。そもそもジョンも他の拠点からレイチェルを探そうと思えば探せたはずだ。利用されただけで彼女から金が引き出せないと分かって放置されていたのではないだろうか。政治的にも面倒が多いし、彼がこちらに留まった所で身分違いの恋だ。長続きはしないだろう。
まあいい、潮の流れに任せよう。オズワルドに電話しなければ。
私は事務所に向かって車でゆっくりと走り出した。




