第十二話
部屋の外からアルベルトが現れた事を知らせるくぐもった叫び声が聞こえた。銃声。しかし彼の規則的な足音は止まる事は無く、階段をゆっくり上がって来るとやがて私達がいる部屋に彼が現れた。
「こんばんは、ブライトさん」
「こ、こんばんは。手紙、読んでくれたみたいですね」
部屋に入って来たのはあの時の男だ、間違いない。私は余裕を見せたつもりだったが、その迫力に押されて若干声が震えてしまった。情けない。しゅん。
「ええ。そこにいるのがレイチェルですね」
「そうです」
彼はダークブラウンのシルクハットにチェスターコート、狩猟によく使われるような黒い革のロングブーツといった格好だったが、上から下まで何かの液体でしっとりと少し濡れ、トゲのような物が所々突き出て光っていた。両手にはサーベルを持っている。
まさかその剣で戦うのか?
「あなたの国を支援しているエリック・カーターの娘です。恋人に感化されただけで、本気でドーン人の仲間になった訳ではありません。見逃してくれませんか?」
「いいでしょう。少しここで待っていてください。外に私の息子がいますから……逃げようとはしないでください」
そう言うと彼は部屋を出て行った。逃げても無駄ですよ、ではない所が肝心だ。やはり息子も魔法使いか。
レイチェルは状況がよく分かっていないらしかった。
「あなたは誰なの? あの人は? 見逃すって何?」
「私は探偵で、あなたのお父さんからあなたを探すように依頼されました。あなたを殺すつもりはありません」
そう言って私は銃を下ろした。
「私の味方ってこと?」
「そうです」
「あの人は敵よね? なぜ私を見逃すの?」
「あなたのお父さんが彼の国の味方だからですよ。牧場で彼を見ませんでしたか?」
「私は襲撃の時いなかったから。あなたが来た時ちょうど私も帰って来た所だった。様子がおかしかったから遠くから見てた」
やはりか。私はドアから上の様子を覗いてみた。ここから向こうの回廊を歩いている彼の姿が見えた。男達がずいぶんと物騒な銃で彼を撃ちまくっているが、その弾丸は彼の服に当たった瞬間バラバラになって後方に飛んで行った。
彼には銃が効かない? 彼が間合いを詰め、サーベルの一振りで三人薙ぎ払った。一緒に切断された銃と隣の部屋の扉が派手な音を立てて彼等の死体と一緒に転がった。悲鳴。あの剣はやはり普通の剣ではない。大根を剣に変える魔法剣士か。
お、タクティカルシールドを持った男が出て来たぞ。しかしシールドは豆腐を切るかのように何の抵抗もなく両断され、持っていた男ごと床に転がって落下して行った。
凄まじい切れ味だ。あれで料理をしたらさぞかし楽だろうと思ったが、まな板ごと切れてしまっては逆に不便かもしれないな。
服が濡れていたのは大根が入った何かを塗っていたからなのだろうか? 当たった弾丸すら切断してしまうとは。私は彼の攻撃力よりもむしろ守備力に驚いた。あんなの相手にどうやって戦えばいいと言うんだ?
彼が剣を振るうと何もかも、部屋の壁すら斬り刻まれて崩れていく。部屋の壁が不自然な形の穴を作り、死体と武器が増えていく。獰猛な獣が紙を引きちぎっているといった表現が似合うだろうか。あまりにも非現実的な強さで、先日私が苦戦した刺客がかわいく思える程だ。
待てよ? 彼は剣を二本持っていた。もし大根を剣に変えたとするなら……。私は窓から身を乗り出して敷地の入口を見てみた。いた。アルベルトと同じ格好をしたレオンが私に向かって手を振った。
やはり彼も同じサーベルを持っていた。
戦場に彼が現れただけで情勢が変わったというのも頷ける。あれを見て彼がいる国と戦うなんて考えられない。彼の魔法装備は他人も使えるのだ。あれが集団で襲ってきたらどう考えても勝ち目は無い。ああ、今夜私にも貸してくれていればこんなに死なずに済んだのに。大根の剣士に完全にお株を奪われてしまった。
私はため息をついてベッドに寝転がった。遠くから聞こえる悲鳴と戦闘音が私の眠気を誘う。
「ちょ、ちょっと探偵さん?」
「あれを見ればわかると思いますが、牧場に来たのが彼です。どう考えてもドーン側に勝ち目はありませんよ。お父さんの所に帰りましょう」
「そうはいかないわ」
私は顔だけレイチェルの方を向けた。
「ジョンを助けたいの」
「彼と一緒に死ぬだけですよ」
「そうじゃなくて。彼は逃げるためにこの国に来たの」
「牧場にいたのに?」
「戦争なんて彼には耐えられない。ジョンは最初から逃げ出してこの街でやり直すつもりだった。
でもこの街は身寄りの無い外国人に冷たかった。私と出会った時は彼は真面目に働いていたわ。次第に職場や住まいを追われ、結局あそこに戻るしか無かったの」
「仕方ないでしょう。こちらから見れば犯罪者グループと一緒に来た不法滞在者ですから、正社員にはなれませんよ」
私は起き上がって髪を整えた。
「彼は今どこに?」
「分からない。牧場の……あの中にはいなかった。あれ以来はぐれてしまったの」
「残っている拠点はあと一つです」
レイチェルは私を見た。
「きっとそこにいる。彼を連れ出すわ」
「それで? その後はどうするんです?」
私は酒をグラスに注いだ。
「また働くんですか? 今度住まいを追われたら行く所が無くなってしまいますよ」
「私と暮らすわ」
「お父さんは反対されたんでしょう?」
「説得するわ」
「それができれば今あなたはここにはいなかったのでは?」
「もう一度やってみるわ。小間使いでもなんでもやれば生きていけるはずよ」
「彼がそれを望むとは限りませんよ」
「とにかく彼を連れ出すまでは私は家に帰らない」
私が大人になって分かった事が一つある。他人は私の説得を聞き入れないという事だ。
「じゃ、あそこで暴れまくっている彼に相談してみては?」
そう言うと私はグラスを飲み干してまた寝転がった。アルベルトが話の分かる男である事を祈るばかりだ。車で来たのにしこたま酒を飲んでしまった、もうどうにでもなーれ。
私はこの状況をほったらかして寝た。




