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ナイン ―忘却の咎人と九人の勇者―   作者: 空色唐辛子
第一章 グラン国編 ―旅立ちの始まり―

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第三十話 王都アルスラ

 街道の先に、白い城壁が見え始めた。


 地平線を横切るように延びた城壁は、これまで立ち寄ってきたどの街のものよりも高い。


 一定の間隔で設けられた物見塔にはアルステラ王国の旗が掲げられ、乾いた風を受けて大きくはためいている。


 そのさらに奥には、城壁の内側に立ち並ぶ建物の屋根と、王都の中心にそびえる王城が見えた。


「あれがアルスラか」


 御者台から眺めていたシグマが呟く。


 アルステラ王国の王都、アルスラ。


 街道を行き交う馬車の数は、朝から少しずつ増えていた。


 荷物を満載した商人の馬車。


 護衛を伴った貴族らしき一団。


 大きな荷車を引く獣人。


 徒歩で門を目指す冒険者たち。


 複数の街道が集まる王都の正門前には長い列ができており、離れた場所からでも人々の話し声が聞こえてくる。


「ようやく着いたな!」


 荷台から身を乗り出した紅蓮が、遠くの王城を見上げた。


「思ってたより、ずっと大きい!」


 白鬼も紅蓮の隣から顔を出す。


「白鬼、あまり身を乗り出すと危ないよ」


 その服をつかみ、黒鬼が荷台へ引き戻した。


「大丈夫だって。落ちないよ」


「そう言って、この前も荷台から落ちかけただろ」


「あれは道が悪かっただけ!」


「今も馬車は動いてるよ」


 黒鬼に指摘され、白鬼は不満そうに頬を膨らませながらも腰を下ろした。


 その横では、フェルンが王都を見つめている。


 初めて訪れる大都市を前に緊張しているのか、その手は自分の服の裾を強く握っていた。


「大丈夫か?」


 シグマが振り返ると、フェルンは一度だけ小さく頷いた。


「はい。人が多くて、少し驚いただけです」


「俺たちから離れなければ問題ない」


「はい」


 返事をしたフェルンの表情から、僅かに力が抜ける。


 シグマはその様子を確かめてから、再び正面へ向き直った。


 ハクとは、王都が見える少し前に別れていた。


 白いレッサーフェンリルを連れたまま近づけば、正門で騒ぎになる可能性がある。


 ハクは街道から外れた林の中で待つことになり、シグマが呼べばすぐに駆けつけられる距離にいる。


 短い別れとはいえ、シルフは最後までハクの首へ抱きついて離れようとしなかった。


 そのシルフは今、御者台の隣で王城を見上げている。


 普段の軽い調子はなく、僅かに目を細めていた。


「どうした?」


 シグマが尋ねる。


「いや……王都に来るんは初めてやからな」


「勇者でも、王都には来たことがなかったのか?」


「召喚されたんは別の国やし、アルステラに入ってからも寄る機会はなかったんよ。そもそも、うちは一か所に長く留まるんが苦手やから」


「今回は、数日は留まることになる」


「分かっとる。原生林に入る許可証をもらわんと、先へ進めへんからな」


 シルフは両腕を頭の後ろで組み、王城を見上げたまま息を吐く。


「王様と話すんは面倒やけど、こればっかりは仕方ないわ」


「勇者本人が訪ねれば、すぐに発行してもらえるんじゃないのか?」


「そうやったらええんやけどな。原生林は国が管理しとる危険区域や。勇者やからって、その日のうちに入れるとは限らへん」


 アルスラから先に広がる原生林。


 そこを越えなければ、シグマたちは次の目的地へ進むことができない。


 原生林には強力な魔物が数多く生息しており、許可のない者が足を踏み入れることは禁じられている。


 それは冒険者であっても変わらない。


 ましてや、馬車を連れた集団で通り抜けるとなれば、王国側も簡単には許可を出さないだろう。


「まずは宿を探そう」


 シグマは前方へ視線を戻した。


「馬車とノクスたちを預けたあと、ギルドへ向かう。王城へ行くのは、そのあとだ」


「今日は王城まで行くの?」


 白鬼が尋ねる。


「ああ。許可証の発行に時間がかかるなら、早い方がいい」


「ギルドで依頼は受けないんですか?」


 黒鬼の問いに、シグマは首を横に振った。


「今日は受けない。滞在日数も分からない状態で依頼を引き受けるわけにはいかないからな」


「それがええやろな。王様に呼び出される可能性もあるし」


 シルフの言葉に、紅蓮が面倒そうに眉を寄せる。


「王城には全員で行くのか?」


「そのつもりだ」


「俺たちまで王に会う必要があるのか?」


「門の中へ入れてもらえるかも分からん。だが、勝手に別行動するよりはいいだろう」


「まあ、それもそうか」


 紅蓮は納得すると、荷台の奥へ戻っていった。


 やがて馬車は正門前の列へ並んだ。


 人や馬車が少しずつ進む中、門の両側に立つ兵士たちが身分証牌と積み荷を一つずつ確認している。


 王都へ入る者が多いため、確認を担当する兵士の数も多い。


 列の進みは思っていたより早く、間もなくシグマたちの順番が来た。


「次の馬車、前へ!」


 兵士の声に従い、シグマはノクスとソルを進ませた。


 馬車が検査場所へ入ると、二人の兵士が左右から近づいてくる。


「王都へ来た目的は?」


「旅の途中です。原生林を抜ける許可を得るため、王城へ向かいます」


 シグマが答えると、兵士の一人が怪訝そうな顔をした。


「原生林を抜けるだと?」


「うちが頼みに行くんよ」


 シルフが御者台から降りる。


 風に揺れる髪の隙間から尖った耳が覗き、兵士の視線がそこへ向けられた。


 シルフは首から下げた身分証牌を取り出すと、兵士へ差し出した。


「シルフ……冒険者……」


 内容を確認していた兵士の声が止まる。


 身分証牌とシルフの顔を何度も見比べ、目を見開いた。


「風の勇者、シルフ様?」


「せや。せやから、あんまり大きい声を出さんといて。余計に時間かかるやろ」


「し、失礼しました!」


 兵士が慌てて姿勢を正す。


 その声を聞いた近くの兵士たちもシルフへ目を向け、周囲にいた者たちがざわつき始めた。


「だから言うたのに……」


 シルフが小さく肩を落とす。


 風の勇者という言葉は、瞬く間に周囲へ広がっていった。


 列に並んでいた冒険者たちがこちらを見つめ、馬車の窓から顔を出す者までいる。


「ここで止めたら、もっと騒ぎになるで?」


「た、ただいま確認します!」


 兵士は近くにいた上官らしき男を呼び、シルフの身分証牌を見せた。


 上官は内容を確かめると、シルフへ丁寧に頭を下げる。


「確認いたしました。同行者の身分証牌も拝見してよろしいでしょうか」


「それは構わんよ。全員、うちの仲間や」


 シグマたちは順番に身分証牌を提示した。


 認識阻害のマントや鬼面を身につけた者がいるため、兵士たちは何度も視線を向けてきたが、シルフが同行していることもあり、必要以上に問いただされることはなかった。


 積み荷の確認を終えると、王都への入都税も免除された。


 門を通過した直後、シグマは思わず手綱を握ったまま周囲を見渡した。


 城壁の内側には、広い大通りがまっすぐ延びていた。


 石で舗装された道は馬車が何台も並んで進めるほど広く、その両側には三階建てや四階建ての建物が隙間なく並んでいる。


 道沿いには武器屋、服屋、飲食店、魔道具店などの看板が掲げられ、大勢の人々が行き交っていた。


 商人の呼び声。


 馬車の車輪が石畳を叩く音。


 店先から漂う料理の匂い。


 頭上を見れば、建物と建物の間には色鮮やかな布が渡され、王都を訪れた者を歓迎する言葉が書かれている。


「すごい……」


 フェルンが小さく声を漏らした。


「人が多い!」


 白鬼は今度こそ荷台から身を乗り出し、目を輝かせている。


「白鬼、また落ちるよ」


「黒鬼も見て! あそこ、串焼きがいっぱいある!」


「今は宿を探してるんだよ」


「見るだけならいいでしょ?」


「匂いだけで我慢できるならね」


「……少しくらいなら買ってもいいんじゃない?」


「もう我慢できてないだろ」


 二人のやり取りを聞いた紅蓮が呆れた声を上げる。


 シグマは周囲を見ながら、ゆっくりと馬車を進ませた。


 王都の規模が大きいとは聞いていたが、実際に目にすると想像以上だった。


 大通りから左右へ無数の道が延びており、遠くには高い尖塔や巨大な円形闘技場らしき建物も見える。


 不用意に脇道へ入れば、すぐに迷ってしまいそうだ。


「宿屋はどの辺りにあるんやろ?」


「門の近くにも何軒か見えたが、馬車を預けられる場所となると限られるな」


 シグマが答えた直後、通り沿いに立っていた案内板が目に入った。


 王都の簡単な地図と、主要な施設の方向が記されている。


 冒険者ギルド。


 商業ギルド。


 王都図書館。


 王城。


 宿屋街。


 シグマは馬車を道の端へ寄せ、案内板の内容を確認した。


「宿屋街は、この先を右らしい」


「王都のギルドにも近いみたいやな」


「なら、そっちへ行こう」


 案内板に従って進むと、大通りから一本離れた場所に宿屋が並ぶ一画があった。


 安価な宿から、貴族や大商人が利用する豪華な宿まで、規模も造りもさまざまだ。


 その中からシグマたちが選んだのは、広い厩舎と馬車置き場を備えた三階建ての宿だった。


 入り口の看板には、金色の麦穂と眠る馬が描かれている。


「いらっしゃいませ。お泊まりですか?」


 中へ入ると、受付にいた恰幅のいい女性が声をかけてきた。


「六人で数日泊まりたい。部屋は空いているか?」


「六人でしたら、二人部屋を三つでよろしいですか?」


 シグマが仲間たちを振り返る。


 誰も異論を口にしなかったため、その条件で部屋を借りることにした。


「それと、馬車が一台。騎鳥が二羽いる」


「裏の馬車置き場と厩舎をご利用いただけます。餌と水はこちらで用意しますが、特殊な餌は必要ですか?」


「いや、普通のもので大丈夫だ」


「では、宿泊費と合わせて――」


 シグマは提示された金額を支払い、三つの部屋の鍵を受け取った。


 部屋割りは、紅蓮とシルフ。


 白鬼と黒鬼。


 シグマとフェルンになった。


 フェルンは鍵を渡された瞬間に少しだけ頬を緩めたが、誰かに見られる前に表情を戻している。


 荷物を部屋へ運び、必要なものだけを持って再び一階へ降りた。


 ノクスとソルを厩舎へ連れていくと、二羽は長旅から解放されたことを理解したのか、用意された水を勢いよく飲み始める。


「しばらく休んでいてくれ」


 シグマが首筋を撫でると、ノクスが小さく鳴いた。


 ソルもシグマの肩へ嘴を寄せたあと、餌箱へ顔を向ける。


「行くぞ」


 馬車と荷物を宿へ預けた一行は、その足で王都の冒険者ギルドへ向かった。


 案内板の地図では近くに見えたが、実際に歩くとかなりの距離がある。


 人通りを避けながら進み、大きな交差点を二つ越えた先で、冒険者ギルドの紋章が掲げられた建物が見えてきた。


 アルスラ支部は、これまで訪れたギルドとは比べものにならないほど大きかった。


 石造りの建物は五階建てで、正面には大きな扉が三つも並んでいる。


 冒険者専用の入り口。


 依頼人用の入り口。


 魔物の素材や討伐証明を持ち込むための入り口に分けられているらしい。


「これ、全部ギルドなん?」


 白鬼が見上げながら尋ねる。


「そうみたいだね」


 黒鬼も驚いたように答えた。


「迷わんように気ぃつけや。中も広そうやで」


 シルフを先頭に冒険者用の扉を通る。


 内部は吹き抜けになっており、数十人の冒険者がいても窮屈さを感じない。


 壁一面に依頼書が貼られた掲示板が並び、奥には十を超える受付窓口が設けられていた。


 武器や防具を身につけた者たちが行き交い、階段の向こうには食堂らしき一画まで見える。


 一行が中へ入った瞬間、周囲の視線が集まった。


 認識阻害のマントと鬼面だけでも目立つうえ、その中には風の勇者であるシルフがいる。


 正門で既に噂が広がったのか、シルフに気づいて声を上げる者もいた。


「用事だけ済ませて、早めに出た方がよさそうやな」


 シルフが小声で言う。


「ああ」


 シグマたちは空いている受付へ向かった。


 そこには、青い制服を着た若い女性が座っていた。


「ようこそ、冒険者ギルド・アルスラ支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「到着の連絡を送りたい」


「どちらの支部へでしょうか?」


「複数ある。アルランカ支部のマリアさん。それから、凛とメイメイにも無事にアルスラへ到着したと伝えたい」


 受付嬢は手元の用紙を取り出す。


「冒険者ギルドを通してお送りできるのは、登録された支部や連絡先への伝言となります。お三方の詳しい情報はお分かりになりますか?」


「マリアさんは、アルランカ支部のギルドマスターをしている。凛は――」


 シグマが分かる範囲で情報を伝える。


 メイメイについても話すと、受付嬢は一つずつ内容を書き留めていった。


「照合いたしますので、身分証牌をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 シグマは首から身分証牌を外し、受付嬢へ渡した。


 魔道具の上へ置かれた身分証牌が淡い光に包まれる。


 受付嬢は表示された情報と用紙を見比べたあと、目を僅かに見開いた。


「シグマ様……皆様の到着については、既にアルスラ支部へ連絡が届いております」


「俺たちが来ることを知っていたのか?」


「はい。アルランカ支部のマリア様から、皆様が王都へ到着した場合は、必要な支援を行うようにとの申し送りがございます」


「マリアさんから?」


「ほかにも、グランディア王国の関係者を通じた連絡が届いております。詳しい内容は確認が必要ですが、おそらく凛様からのものかと思われます」


 受付嬢は棚から数枚の書類を取り出し、名前を確かめていく。


「メイメイ様からも、連絡が到着した記録がございます。皆様から到着の報告があり次第、こちらから返答を送ることになっております」


「三人とも、先に連絡してくれてたんだ」


 白鬼が嬉しそうに笑う。


 黒鬼も鬼面の奥で僅かに目を細めた。


「こちらから伝言を送ることはできるか?」


「もちろんです。通常便でしたら順番に転送されるため数日を要しますが、短い伝言であれば通信魔道具を使用できます」


「三人へ、無事に王都アルスラへ到着したと伝えてほしい。それと、原生林を抜ける許可を得るため、これから王城へ向かう」


「承知しました」


 受付嬢は伝言を書き留める。


「返事が届いた場合、宿へ届けてもらうことはできるか?」


「王都内でしたら可能です。ご宿泊先をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 シグマが宿の名を伝えると、受付嬢は滞在先も記録した。


「これで手続きは完了です。返答が届きましたら、使いの者を宿へ向かわせます」


「助かる」


 通信に必要な料金を支払い、身分証牌を受け取る。


「ほかに何かございますか?」


「王都図書館について聞きたい」


 シグマの言葉に、受付嬢が顔を上げた。


「どのような資料をお探しでしょうか?」


「古い魔石について調べたい。一般には公開されていない資料もあるかもしれない」


「王都図書館は、所蔵している資料によって入館できる区画が分けられております。一般区画であれば身分証牌を提示するだけで入館できますが、制限区画には王国から発行された許可証が必要です」


「冒険者ギルドから許可を得ることは?」


「申し訳ございません。閲覧を希望する資料にもよりますが、古代の魔石や危険な魔道具に関する記録でしたら、王城で許可を得る必要がございます」


 予想していた答えだった。


 シグマは左の義手へ目を落とす。


 金属の装甲の奥には、獣王石が埋め込まれている。


 自分が使う力でありながら、その正体について分かっていることはあまりにも少ない。


 原生林へ入るまで数日かかるなら、その時間を調査に使いたかった。


「分かった。王城で尋ねてみる」


「王城へ向かわれるのでしたら、こちらの道をお使いください」


 受付嬢は王都の地図を広げ、現在地から王城までの道順を示した。


 主要な通りを進めば迷うことはないが、歩けばかなり時間がかかるらしい。


「それと、王城へ入る際には武器を預ける必要があります。冒険者の方であっても例外ではありません」


「義手はどうなる?」


「義手……ですか?」


 受付嬢の視線がシグマの両腕へ向けられる。


「両方とも武器として使える」


「取り外すことはできますか?」


「できない」


「でしたら、門で事情をご説明ください。検査を受けたうえで、城内の騎士が判断することになると思います」


「分かった」


 シグマたちは受付を離れた。


 そのままギルドの外へ出ようとしたが、依頼掲示板の前を通りかかった白鬼が足を止める。


「シグマ、見て。王都の近くにも魔物がたくさん出るみたい」


「今は依頼を受けないと言っただろ」


「見るだけ!」


「白鬼。置いていくよ」


 黒鬼に呼ばれ、白鬼は慌てて後を追った。


 ギルドを出ると、太陽は既に空の高い位置まで昇っていた。


 シグマたちは大通り沿いの露店で簡単な食事を買い、歩きながら空腹を満たす。


 白鬼が正門から気にしていた串焼きも売られており、彼女は両手に一本ずつ持ちながら上機嫌で歩いていた。


「結局、二本も買ったのか」


 紅蓮が呆れた顔をする。


「一本は黒鬼の分だよ」


「私は一口でいいって言ったんだけど」


「だから、残ったら私が食べる」


「最初から自分で食べるつもりだろ」


 紅蓮の指摘に、白鬼は聞こえなかったふりをして串焼きへ齧りついた。


 王城へ近づくにつれ、大通りの雰囲気が変わっていく。


 商店の数が減り、代わりに貴族の屋敷や行政施設が増えていった。


 巡回する兵士の姿も多くなり、整えられた街路樹の向こうに、王城を囲む二重目の城壁が見えてくる。


「近くで見ると、かなり大きいな」


 紅蓮が王城を見上げる。


 白い石で造られた城壁の奥には、いくつもの塔がそびえていた。


 中心に建つ王城の尖塔にはアルステラ王国の旗が掲げられ、その周囲を複数の飛竜が旋回している。


 城壁の手前には広い水路が流れ、巨大な跳ね橋が正門へ続いていた。


 門の前には鎧を身につけた騎士が並び、訪問者の身分と用件を確認している。


「ここから先は、うちが話すわ」


 シルフが一歩前へ出た。


「頼む」


 正門へ近づくと、二人の騎士が槍を交差させて道を塞いだ。


「止まれ。王城に何用だ」


「風の勇者シルフが、原生林を抜ける許可をもらいに来た。王様に伝えてくれへん?」


 シルフは身分証牌を取り出し、騎士へ差し出した。


 騎士は厳しい表情のまま受け取ったが、内容を確認した瞬間、僅かに目を見開いた。


「風の勇者……」


「本人やで」


「確認のため、少々お待ちいただきたい」


「構わんけど、できれば早めにな」


 騎士の一人が身分証牌を持ち、門の奥へ駆けていく。


 残った騎士はシルフと同行者たちを順番に見た。


「そちらの者たちは?」


「全員、うちの仲間や。一緒に原生林を抜ける予定になっとる」


「武器を所持しているようだが」


「城に入る時は預ける。それでええやろ?」


「判断は上官が行う。特に、そちらの鬼面と、両腕に義手を装着している者については詳しく確認させてもらう」


「検査なら受ける」


 シグマが答える。


 騎士は右の義手から左の義手へ視線を動かした。


 外見だけでも普通の義手ではないことが分かるのだろう。


 腰に差している刀や、弾丸を収納したホルダーにも注意を向けている。


 しばらくすると、先ほどの騎士が上官らしき男を連れて戻ってきた。


 上官はシルフの顔と身分証牌を見比べたあと、丁寧に頭を下げる。


「お待たせいたしました。身分を確認いたしましたので、入城の手続きを行います」


「王様に会えるん?」


「陛下へ報告いたします。ただし、現在のご予定を確認する必要がありますので、すぐに謁見できるかはお約束できません」


「許可証の話さえできるなら、少しくらい待つで」


「ありがとうございます。では、同行者の身分証牌と所持品を確認させていただきます」


 シグマたちは一人ずつ検査を受けた。


 紅蓮の大剣。


 白鬼と黒鬼の武器。


 シルフの弓と矢。


 フェルンの短剣。


 持ち込んでいた武器はすべて門の預かり所へ渡される。


 シグマも腰の刀と、魔石弾を収めたホルダーを外した。


 黒鞘刀を預けたあと、両方の義手について説明する。


「義手そのものが武器だと?」


 検査を担当する騎士が表情を険しくした。


「右は炎を放ち、左は魔石弾を作り出せる。取り外すことはできない」


「それでは、武装したまま城内へ入ることになる」


「制御具で力は抑えている」


 シグマは両義手に取りつけられた制御リングを見せた。


 だが、騎士は判断できず、上官へ顔を向ける。


 上官はしばらく考えたあと、シグマへ告げた。


「城内では、両手を外套の外へ出した状態でいてもらう。謁見中は騎士を傍につけるが、それでもよろしいか」


「構わない」


「不審な動きをした場合、即座に拘束する」


「分かった」


 シグマが了承すると、ようやく入城が認められた。


 一行は案内役の騎士に従い、跳ね橋を渡る。


 城門の内側には広い前庭があり、白い石畳の道が王城の正面玄関まで続いていた。


 左右には手入れされた庭園が広がり、鎧を身につけた騎士や使用人が忙しそうに行き交っている。


「すっごい庭……」


 白鬼が周囲を見渡す。


「白鬼、勝手に歩き回ったら駄目だよ」


「分かってるって」


「小声で話せ」


 紅蓮に注意され、白鬼は慌てて口を閉じた。


 王城へ入ったところで、シグマたちは待合室へ案内された。


 高い天井には大きな魔石灯が並び、壁には歴代の王と思われる人物の肖像画が飾られている。


 置かれている長椅子や机にも細かな装飾が施されており、傷一つ見当たらない。


 誰も腰を下ろそうとしない中、シルフだけが迷わず長椅子へ座った。


「立ったまま待ってても疲れるだけやで」


「お前、緊張してないのか?」


 紅蓮が尋ねる。


「緊張したところで、王様が別人になるわけやないし」


「相手は一国の王だぞ」


「勇者も似たようなもんやろ。勝手に期待されて、勝手に特別扱いされる」


 シルフは背もたれへ身体を預ける。


「偉い人が相手でも、話すことは決まっとる。原生林を通らせてほしい。それだけや」


 シグマはシルフの向かいへ腰を下ろした。


「許可が出るまで数日かかると思うか?」


「たぶんな。早くても二、三日くらいやと思う」


「それなら、その間に図書館へ行きたい」


「さっきギルドで言うてたやつか?」


「ああ。獣王石について調べられるかもしれない」


 シグマは左の義手を見つめた。


 ミルザードで義手の機能を調べたことにより、以前よりも力を扱えるようにはなった。


 だが、獣王石そのものの正体が判明したわけではない。


 なぜ自分の左腕に埋め込まれているのか。


 どこで手に入れたのか。


 誰が義手を造ったのか。


 それらの記憶は、今も失われたままだ。


「王様が許可してくれるとええけどな」


「覇王石の名を出せば、事情を聞かれるだろう」


「そりゃ聞かれるやろ。普通の魔石やないからな」


「隠すつもりはない」


 シグマは静かに答えた。


「俺にも分からないことは、分からないと話す」


 シルフは少しだけ考えたあと、頷いた。


「それでええと思う。下手に嘘をついたら、図書館どころか王都から出られんようになるかもしれへんし」


「そんなに厳しいのか?」


「王様次第や。ただ、覇王石を持っとる人間が目の前に現れたら、警戒するんが普通やろ」


 右腕の炎帝石。


 左腕の獣王石。


 いずれも、一般的な魔石とは比べものにならない力を秘めている。


 炎帝石については、その力を使うたびに周囲へ大きな被害を与える危険がある。


 獣王石もまた、完全に制御できているとは言い難い。


 王が危険視したとしても、不思議ではなかった。


 待合室に沈黙が落ちる。


 しばらくして、扉の外から複数の足音が近づいてきた。


 扉が開き、先ほどとは別の騎士が姿を見せる。


「お待たせいたしました。陛下が皆様との謁見を許可されました」


 白鬼と黒鬼が同時に姿勢を正す。


 フェルンも緊張した表情でシグマの近くへ寄った。


「謁見に先立ち、いくつか注意事項をお伝えします」


 騎士は全員を見渡す。


「謁見の間では、陛下の許可なく発言しないこと。武器へ手を伸ばす、魔力を練るなどの行為は慎んでください。また、風の勇者シルフ様を除く皆様には、指定された場所で膝をついていただきます」


「分かった」


 シグマたちは騎士の説明を聞き、待合室を出た。


 長い廊下を進み、幾つもの扉を通過する。


 窓の外には王都の街並みが広がっており、遠くには先ほど訪れた冒険者ギルドの建物も見えた。


 やがて一行は、巨大な両開きの扉の前へ到着する。


 扉の両側には、銀色の鎧を身につけた近衛騎士が立っていた。


「風の勇者シルフ様と、その御一行が到着されました!」


 案内役の騎士が声を上げる。


 扉の奥から返答があり、近衛騎士たちが左右へ分かれた。


 重い音を立てながら、巨大な扉がゆっくりと開いていく。


 その先には、赤い絨毯が敷かれた広い謁見の間があった。


 左右には騎士や文官が並び、最奥の壇上には一人の男が座っている。


 アルステラ王国の国王。


 シグマは左の義手を外套の外へ出したまま、シルフたちとともに謁見の間へ足を踏み入れた。


シルフを先頭に、シグマたちは赤い絨毯の上を進んだ。


 広い謁見の間に、六人分の足音が響く。


 左右に並ぶ騎士や文官たちの視線が、一斉にこちらへ向けられていた。


 その多くは風の勇者であるシルフへ注がれている。


 その一方で、認識阻害のマントを身につけ、異様な両義手を持つシグマを警戒する者も少なくなかった。


 赤い絨毯の途中には、立ち位置を示す金色の印がある。


 先ほど教えられたとおり、シルフがその手前で足を止めた。


 シグマたちは一歩後ろに並び、揃って片膝をつく。


「風の勇者シルフよ。よくぞアルスラへ参られた」


 壇上から、落ち着いた男の声が響いた。


 シグマは頭を下げたまま、その声を聞く。


 玉座に座る国王は、五十歳を少し過ぎた頃に見えた。


 肩に届くほどの髪には白いものが混じっているが、その姿勢に衰えは感じられない。


 華美な装飾の施された衣装をまといながらも、腰には一本の剣を帯びていた。


「急に押しかけて悪かったな」


 シルフが普段と変わらない口調で答える。


 左右に並ぶ文官の何人かが眉をひそめた。


 だが、国王は気を悪くした様子を見せない。


「構わぬ。勇者が我が国を訪れたのであれば、迎えるのが王の務めだ」


「助かるわ。ほな、さっそく本題に入ってもええ?」


「よかろう。原生林を抜ける許可を求めていると聞いた」


「せや。うちらは、この先へ行かんとあかん。遠回りする道もないんやろ?」


「原生林を避けるのであれば、北の山脈を越えるか、大きく南へ迂回するほかない。どちらを選んでも、ひと月以上は余分にかかるだろう」


「そんなに待っとれへん。せやから、原生林を通らせてほしい」


 国王はすぐには答えず、シルフの後ろに並ぶ者たちへ視線を向けた。


「その話へ入る前に、一つ確かめておきたい」


 国王の声から、僅かに穏やかさが薄れる。


「カルガランの領主から、王都へ報告が届いている」


 シグマが僅かに顔を上げた。


「カルガランから?」


「盗賊を装った武装集団と、黒い甲冑を身につけた者たちが、領内へ続く街道付近で活動していたという報告だ」


 紅蓮たちの間に緊張が走った。


 カルガランへ向かう途中、自分たちを襲った者たちのことだ。


「二つの集団が所持していた武具には、いくつか共通する特徴があったらしい。カルガランの領主は、同じ騎士団に属する別部隊である可能性を指摘している」


「やはり、同じ連中だったのか?」


 紅蓮が思わず口を開く。


 直後、近くに控えていた騎士が紅蓮へ厳しい視線を向けた。


 紅蓮は口を閉じ、再び頭を下げる。


「まだ断定はできぬ」


 国王は紅蓮の発言を咎めず、そのまま続けた。


「共通点があるというだけで、同じ組織に属していたことを示す証拠は見つかっておらぬ。所属を示す紋章もなく、捕らえた者から有力な証言を得ることもできなかったと聞いている」


「王都でも調べとるん?」


「ああ。国内の騎士団や傭兵団の記録と照合させている。しかし、今のところ該当する組織は見つかっておらぬ」


 国王はシルフから、再びその後ろに並ぶ者たちへ視線を移した。


「報告には、襲撃を受けた者たちの名前と特徴も記されていた」


 その視線が、シグマの両義手で止まる。


「両腕に特殊な義手を持つ冒険者。その名はシグマ。そなたで間違いないか?」


「はい」


「やはり、そなたか」


 周囲に並ぶ騎士や文官たちが小さくざわついた。


 国王がシグマを知っていたのは、黒騎士たちと何らかのつながりがあるからではない。


 事件後、カルガランの領主が王都へ上げた報告に、関係者として名前が記されていたからだ。


「黒い甲冑の者たちと直接戦ったのも、そなたと聞いている」


「はい」


「相手の正体や目的について、何か分かったことはあるか?」


「何も分かっていません」


「何も?」


「戦っている間、相手は必要なことしか話しませんでした。名前も所属も口にしていません」


「そなたとは、初対面だったのか?」


「少なくとも、俺に相手の顔や声の記憶はありません。向こうも俺の名前を呼ぶことはありませんでした」


「では、そなたを狙って現れたわけではないと?」


「分かりません」


 シグマは僅かに間を置いて答えた。


「俺たちが襲われた理由そのものが、まだ分かっていません」


 国王はしばらくシグマを見つめたあと、静かに頷いた。


「カルガランからの報告にも、襲撃の目的は不明と記されていた。金品を奪うことだけが目的ではなかった可能性も示されていたが、それ以上のことは分かっておらぬ」


 シグマたちは何も答えなかった。


 黒騎士たちが何を求めていたのか。


 なぜ二つの集団が、続けて自分たちを襲ったのか。


 その答えは、今も見つかっていない。


「この件については、王国でも調査を続ける」


 国王が告げる。


「出自の分からぬ武装集団が国内で活動しているのであれば、そなたたちだけの問題ではない。新たに何か判明した場合は、カルガランの領主を通じて冒険者ギルドへ知らせよう」


「ありがとうございます」


「礼は必要ない。我が国の領内で起きた事件だ。当然のことをするまでだ」


 国王はそこで話を切り、改めてシグマの姿を見た。


「もう一つ、城門から報告を受けている。そなたが身につけているマントには、見る者の認識を妨げる魔法が付与されているそうだな」


「はい」


「我の前でも、その効果を解除するつもりはないのか?」


 シグマは僅かに顔を上げた。


 認識阻害のマントは、姿を完全に隠すものではない。


 顔も身体も見えているが、目を離せば細かな特徴を思い出しにくくなる。


 国王もシグマの姿を見ているはずだが、その顔立ちを正確に記憶することは難しいだろう。


「陛下を侮辱するつもりはありません」


「ならば、理由を申してみよ」


「俺たちは、正体の分からない者たちから何度か襲撃を受けています。相手の所属も、どこまで手が伸びているのかも分かりません。これ以上、素顔につながる情報を残すわけにはいかないのです」


「この王城にも、敵の目があると疑っているのか?」


 国王の声色は変わらない。


 しかし、その言葉を聞いた近衛騎士たちの空気が僅かに張り詰めた。


「誰かを疑っているわけではありません」


「ならば、なぜ解除できぬ」


「相手が分からないからです。誰が安全で、誰に警戒すべきなのか、その判断すらできません」


 謁見の間が僅かにざわついた。


 国王の隣に立つ年老いた文官が、険しい表情でシグマを見る。


「相手も分からぬまま、陛下の御前で認識を妨げる魔道具を使い続けるというのか」


「申し訳ありません」


「無礼であろう!」


 文官の声が謁見の間へ響いた。


 紅蓮が僅かに顔を上げたものの、今度は口を挟まなかった。


 白鬼と黒鬼も、言いつけを守って黙っている。


「その辺でええやろ」


 シルフが文官へ目を向けた。


「シグマの身元は、うちが保証する。カルガランの領主からも報告が届いとるんやろ? アルランカの冒険者ギルドでも身分は確認されとるし、この城に入る前にも検査を受けた。それでも足りへんの?」


「しかし、勇者様――」


「認識阻害の効果があっても、シグマが何をしとるかは見える。妙な動きをしたら、すぐ分かるやろ」


 シルフは玉座へ向き直る。


「それに、シグマが本気で何かするつもりやったら、マントの効果を解除したところで危険性は変わらへん。顔を覚えられるかどうかと、この場で何をするかは別の話や」


「シルフ。その者は、そこまでの力を持っているのか?」


「少なくとも、普通の騎士が何人かかっても簡単には止められへんよ」


 近衛騎士たちの表情がさらに険しくなる。


「けど、理由もなく人を襲うようなやつやない。もし何かあったら、うちも一緒に責任を取る」


 国王は何も言わず、しばらくシグマを見つめていた。


 やがて玉座の肘掛けから片手を上げ、警戒する騎士たちを制する。


「よかろう。認識阻害の効果を解除する必要はない」


「陛下」


「カルガランから届いた報告と、風の勇者の証言が一致している。今、この場で無理に解除させる必要はあるまい」


 年老いた文官は何か言おうとしたが、国王の判断を覆すことはできず、静かに頭を下げた。


「感謝します」


 シグマも改めて頭を下げる。


「では、原生林の話へ戻ろう。原生林へ入るのは、ここにいる六名で間違いないか?」


「せや。ほかに馬車を引く騎鳥が二羽と、街の外で待たせとる魔物が一体おる」


「魔物?」


「白いレッサーフェンリルや。名前はハク。シグマの従魔やから、人を襲う心配はないで」


 シルフがシグマを指し示す。


「その従魔も、そなたたちとともに原生林へ入るのか?」


「その予定です」


「なぜ街の外へ置いてきた?」


「白いレッサーフェンリルを連れたまま正門へ近づけば、騒ぎになる可能性があったからです。今は街道から外れた林で待たせています」


「賢明な判断だ。通行許可証を発行する場合は、その従魔についても記載させよう」


「助かるわ」


「そなたたちは、原生林をどの道筋で抜けるつもりだ?」


「詳しい道までは決めとらん。許可をもらう時に、安全な道を教えてもらえると思っとったからな」


「原生林の内部には、王国が管理する旧街道が存在する。長年使われていない区間も多いが、馬車が通れる道はそれしかない」


「その道を使わせてもらえるん?」


「許可を出すことはできる。ただし、現在の原生林は、普段よりも魔物の動きが活発になっている」


 国王の言葉に、シグマが僅かに顔を上げた。


「原因は分かっているのですか?」


「分かっておらぬ。原生林では、もともと魔物の生息域が頻繁に変化する。季節や餌の量が原因となることもあれば、強い個体が現れ、ほかの魔物を追い出すこともある」


「通れないほど危険なのか?」


「それを調べるため、数日前に騎士団の調査隊を向かわせた。報告が届くまで、早くても二日はかかる」


「二日か……」


 シルフが小さく呟く。


「調査隊から旧街道を通行できるとの報告が届けば、許可証を発行する。そなたたちの人数、馬車、騎鳥、従魔についても記載する必要があるため、手続きを含めて三日ほど待ってもらいたい」


「三日で済むなら構わんよ」


「ただし、許可証を得たからといって、原生林の安全が保証されるわけではない」


「分かっとる。中に入ってからは自分らで何とかする」


「勇者であるそなたに、今さら魔物の危険を説く必要はないかもしれぬな」


 国王は僅かに表情を緩めた。


「許可証が用意でき次第、滞在先へ使いを送らせよう」


「頼むわ」


 これで、王城を訪れた一番の目的は果たせた。


 しかし、シグマにはもう一つ頼まなければならないことがある。


「陛下。もう一つ、お願いがあります」


 シグマが口を開くと、再び周囲の視線が集まった。


「申してみよ」


「許可証が発行されるまでの間、王都図書館を利用させていただきたい」


「図書館であれば、身分証牌を持つ者は誰でも利用できるはずだが?」


「俺が読みたいのは、一般区画の資料ではありません」


 国王の隣に立つ文官が眉を寄せた。


「制限区画への入館を求めているのか」


「はい」


「何を調べるつもりだ?」


「覇王石についてです」


 その名を口にした瞬間、謁見の間から音が消えた。


 先ほどまでシグマを警戒していた騎士たちだけではない。


 国王の周囲に並ぶ文官たちも、驚きを隠せずに顔を見合わせている。


 玉座に座る国王も目を細め、初めて明確に表情を変えた。


「今、何と申した?」


「覇王石です」


「聞き間違いではないのだな」


「はい」


 国王の視線が鋭くなる。


「なぜ、そなたがその名を知っている?」


 シグマは両方の義手を僅かに持ち上げた。


「俺の両腕には、それぞれ覇王石と呼ばれる魔石が埋め込まれています」


 直後、近衛騎士たちが一斉に動いた。


 シグマの左右にいた騎士が剣へ手をかけ、前へ出ようとする。


「待て」


 国王の声が、彼らの動きを止めた。


「まだ剣を抜くな」


「しかし、陛下!」


「そなたたちがここで刺激すれば、かえって危険を招く。違うか、シグマ」


「戦うつもりはありません」


 シグマは両腕を下ろし、手を見える位置へ戻した。


 制御リングにも触れていない。


 魔力を流すこともなく、ただ国王の次の言葉を待つ。


「両腕に、それぞれ一つずつあると言ったな」


「はい。右の義手には炎帝石。左の義手には獣王石が埋め込まれています」


「炎帝石と、獣王石……」


 国王は二つの名を低い声で繰り返した。


「では、カルガランからの報告にあった炎は、右腕に宿る炎帝石の力だというのか?」


「はい」


「報告には、そなたが右の義手から強大な炎を放ち、黒い甲冑の者たちを退けたと記されていた。しかし、覇王石を所持していることまでは書かれていなかった」


「カルガランの領主には、炎帝石の名前を話しました。ただ、それが本当に覇王石なのかを証明するものはありません」


「確証のない情報で混乱を招くことを避けたか、騎士団の調査を優先したのだろう」


 国王は改めてシグマの両腕へ視線を向けた。


「その名を、どこで知った?」


「一年半ほど前、世話になった人物に鑑定してもらいました」


「鑑定した者の名は?」


「サーシャです」


 再び、国王の表情が変わった。


 国王の傍らに立つ年老いた文官も、驚いたように口を開く。


「サーシャ……まさか、かつてグランディア王国に仕えた大魔導士サーシャか?」


「本人がそう名乗ったわけではありません。ただ、夫の名はジーク。二人とも、以前はグランディア王国に仕えていたと聞いています」


「将軍ジークと、大魔導士サーシャ……」


 国王は、その二つの名を確かめるように繰り返した。


「二人は今も生きていたのか」


「ご存じなのですか?」


「直接会ったことはない。だが、若い頃より名は聞いている。グランディア王国の歴史を語るうえで、決して外すことのできぬ者たちだ」


 国王は短く息を吐き、改めてシグマの両腕へ視線を向ける。


「大魔導士サーシャが鑑定したのであれば、見間違いである可能性は低い。しかし、本当に覇王石を二つも宿しているならば、簡単に済ませられる話ではない」


「分かっています」


「二つの石が、どのような力を持つか理解しているのか?」


「炎帝石については、強い炎を生み出す力があると分かっています。ですが、獣王石については、ほとんど何も分かっていません」


「何も分からぬ?」


「はい。名前と、それが覇王石の一つであることしか分かっていません」


「では、左の義手が持つ力は何だ?」


 国王の視線がシグマの左腕へ向けられる。


「左の義手には、魔石弾を作り出す機能があります」


「魔石弾を?」


「はい。作り出した魔石弾は腰のストックホルダーへ収め、右の義手へ装填して撃ち出します」


「左で作り、右で放つということか」


「そのとおりです」


 謁見の間に小さなどよめきが広がった。


「ただし、魔石弾を作る機能が獣王石の力なのか、義手そのものに組み込まれた機能なのかは分かりません」


「区別がついておらぬのか?」


「俺の左腕は、義手と獣王石が一体になっています。どこまでが義手の機能で、どこからが獣王石の力なのか、まだ判断できていません」


「右腕はどうだ?」


「右の義手には、魔石弾を撃ち出す機能があります。それとは別に、炎帝石の力を解放すると強力な炎を放てます」


「カルガランへ向かう途中で使った炎か」


「はい」


「その炎を、制御できるのか?」


「完全にはできません」


 国王の目がさらに鋭くなる。


「使えば、何が起きる?」


「広い範囲を焼くほどの炎が発生します。それに、力を使った俺自身も傷つきます」


「報告にあった重傷は、そのためか」


「はい」


「自らも傷つける力を使っているのか」


「仲間を守るために、ほかに方法がない時だけです」


「傷は治せるのか?」


「俺には弱い再生能力があります。ですが、炎帝石によって受けた傷には、ほとんど効果がありません」


「治癒魔法は?」


「効果がないどころか、魔力を流すと傷が悪化します」


 謁見の間に、先ほどとは異なるざわめきが広がった。


 文官たちは互いに顔を見合わせ、国王も右の義手を見つめたまま口を閉ざしている。


「それほど危険な力を使ったために、カルガランで長く療養することになったのか」


「はい」


「それでも、必要であれば再び使うつもりか?」


 シグマはすぐには答えなかった。


 炎帝石を解放した時の熱と、右腕を焼かれる痛みを思い出す。


 それでも、仲間の命が危険にさらされたなら、使わないと断言することはできない。


「同じ状況になれば、使うと思います」


 国王は僅かに目を細めた。


「だからこそ、使わずに済む方法と、制御する方法を探しています」


「そなた自身が持つ力は、その再生能力だけか?」


「土魔法も使えます」


「土魔法と、弱い再生能力。その二つが、そなた自身の力ということか」


「はい。少なくとも、今の俺が把握しているものは、その二つです」


 炎帝石の炎。


 左義手による魔石弾の生成。


 右義手による魔石弾の射出。


 そして、シグマ自身が使える土魔法と、僅かな再生能力。


 判明している力はそれだけだった。


 獣王石そのものが何をもたらしているのかは、今も分からない。


「ミルザードで、義手を調べてもらいました」


 シグマは両腕に取りつけられた制御リングを国王へ見せる。


「そこで、義手へ流れ込む力を段階的に抑える制御具を作ってもらいました。以前よりは扱えるようになりましたが、それで安全になったとは考えていません」


「だから、図書館で覇王石について調べたいというのか」


「はい。特に、獣王石について知りたいと思っています。炎帝石についても、制御する方法が記録されているなら確かめたいです」


 国王は何も答えなかった。


 両腕の制御リングを見つめ、何かを考えている。


 沈黙が長くなるにつれ、周囲に並ぶ者たちの緊張が増していく。


 やがて、国王が静かに口を開いた。


「その二つの覇王石は、どこで手に入れた?」


「分かりません」


「何?」


「俺には、過去の記憶がありません」


 国王が眉を寄せる。


「記憶を失っているというのか」


「はい。俺に残っている一番古い記憶は、一年半ほど前のものです。その時には既に両腕を失い、二つの義手をつけていました」


「では、覇王石を手に入れた経緯も、義手を造った者も知らぬと?」


「何も覚えていません」


「記憶を失った状態で目覚めた時、そなたはどこにいた?」


「森の中です」


「場所は?」


「正確には分かりません。その後、森をさまよい、ジークとサーシャに助けられました」


「周囲に遺跡や、誰かがいた痕跡はなかったのか?」


「覚えている限りでは、何もありませんでした」


「義手の手入れは、これまでどうしていた?」


「自分でできる範囲だけです。ミルザードで初めて、義手職人に詳しく調べてもらいました」


「その職人は、何と?」


「義手を造った者は、現在では使われていない技術を用いている可能性があると話していました」


 国王は肘掛けへ腕を置き、指先でゆっくりと叩いた。


「陛下」


 傍らにいた年老いた文官が、声を落として呼びかける。


「制限区画への入館を許可するのは危険です。覇王石に関する記録の中には、王家が管理すべきものも含まれております」


「分かっている」


「であれば――」


「しかし、この者を何も知らぬまま外へ出す方が危険ではないか?」


 文官が言葉を止める。


「カルガランからの報告が事実であれば、炎帝石の力は黒い甲冑の者たちを退けるほど強大だ。しかも、それを使う本人さえ傷つける。制御する方法を探す必要があることは明らかであろう」


「ですが、すべての資料を自由に閲覧させるわけにはまいりません」


「無論だ」


 国王は再びシグマへ目を向けた。


「炎帝石については、我が国にも僅かな記録が残っている。だが、獣王石については、その名が記された断片的な記録しか見た覚えがない」


「陛下も、獣王石について詳しくは知らないのですか?」


「我が知る限りでは、炎帝石と同じく覇王石と呼ばれるものの一つだ。それ以上のことは分からぬ」


 国王はシグマの左腕へ視線を移す。


「王都図書館には、我が目を通していない古い記録も数多く収められている。何か手がかりが残されている可能性はあるだろう」


 国王は短い沈黙のあと、決断を下した。


「制限区画への入館を許可する」


「陛下!」


 文官が驚きの声を上げる。


「ただし、条件を設ける。入館できるのはシグマと風の勇者シルフの二名のみ。図書館では管理官を同行させ、閲覧できる資料も覇王石と、それに関係すると判断されたものに限定する」


「ほかの仲間は入れへんの?」


「制限区画へ入る人数は、可能な限り少なくしたい」


「シグマ一人やないなら、それでええよ」


 シルフが答える。


 シグマにも異論はなかった。


「書物や記録を外へ持ち出すことは認めぬ。内容を書き写す場合も、管理官の確認を受けよ」


「分かりました」


「入館許可証は明日の朝までに用意させる。王都図書館の受付で、そなたたちの身分証牌を提示せよ」


「ありがとうございます」


 シグマが頭を下げる。


「礼を言うのはまだ早い」


 国王の声から、僅かながら警戒が強まった。


「図書館で得た情報により、そなたの持つ覇王石が我が国へ重大な危険を及ぼすと判明した場合、改めて話を聞かせてもらう」


「その時は応じます」


「王都にいる間、正当な理由なく覇王石の力を使うことも禁じる。使用した場合、風の勇者の同行者であっても拘束する」


「使うつもりはありません」


「ならばよい」


 国王は玉座へ深く腰を戻した。


「原生林を抜ける許可証については、調査隊の報告が届き次第、判断する。それまでは王都に滞在せよ」


「分かった。世話になったな」


 シルフが答えると、国王は僅かに頷いた。


「風の勇者シルフ。そなたたちの旅が何を目的としているのか、今は問わぬ。だが、原生林の先には、この国の者であっても滅多に近づかぬ土地が続いている」


「危険なんは分かっとる」


「ならば、無理に先を急ぐな。勇者といえど、命は一つしかない」


「覚えとくわ」


 謁見の終了が告げられ、シグマたちは立ち上がった。


 来た時と同じように、シルフを先頭に謁見の間を出る。


 巨大な扉が閉じるまで、シグマの背中には国王や騎士たちの視線が注がれていた。


 扉が完全に閉じると、白鬼が小さく息を吐いた。


「緊張したぁ……」


「まだ廊下だよ。声が大きい」


 黒鬼に注意され、白鬼は慌てて両手で口を塞いだ。


「でも、図書館に入る許可はもらえたね」


「原生林の方は、まだ決まってないけどな」


 紅蓮が答える。


「それでも、明日から調べられるんだよね?」


 フェルンがシグマの左腕を見ながら尋ねた。


「ああ」


「何か分かるといいね」


「そうだな」


 シグマは短く答えたものの、胸の奥には小さな引っかかりが残っていた。


 覇王石の名を聞いた時、国王は明らかに表情を変えた。


 炎帝石については、僅かな記録を見たことがあると話している。


 一方で、獣王石について知っているのは、覇王石の一つであるということだけだという。


 それが事実なのか。


 それとも、王家が管理する情報の中に、簡単には話せない何かが含まれているのか。


 今のシグマには判断できなかった。


「気になるん?」


 隣を歩いていたシルフが、小声で尋ねる。


「陛下は、覇王石の名を聞いた時、明らかに反応した」


「そりゃ、覇王石を二つ持っとる人間が現れたら驚くやろ」


「それだけならいいが」


「王様にも、簡単に話せん情報があるんかもしれへんな。せやから、図書館で調べられる範囲までは、自分らで調べろってことやろ」


「調べてもいい情報だけを、ということか」


「たぶんな」


 シルフは肩をすくめる。


「とりあえず、明日になれば分かる。今ここで考えても仕方ないで」


 案内役の騎士に連れられ、一行は王城の正面玄関まで戻った。


 城門の預かり所で、それぞれの武器が返却される。


 シグマは黒鞘刀を腰へ戻し、魔石弾の入ったストックホルダーを確かめた。


「返却した品に間違いはありませんか?」


「ああ。問題ない」


「では、こちらをお受け取りください」


 騎士から渡されたのは、王家の紋章が刻まれた小さな金属札だった。


「明日、王都図書館へ入館する際に必要となる仮証明です。正式な許可については、既に図書館へ連絡するよう手配しております」


「分かった」


「原生林への通行許可については、王城から宿泊先へ連絡いたします。それまでは王都内でお待ちください」


「ありがとう」


 シグマが金属札を受け取ると、騎士は一礼して城門の内側へ戻っていった。


 時刻は既に夕方へ近づいている。


 王城の向こうへ傾き始めた陽光が、白い城壁を赤く染めていた。


「これからどうする?」


 白鬼が尋ねる。


「ハクの様子を見に行く」


「街を見て回らないの?」


「明日以降でいいだろ。ハクを朝から林で待たせている」


「そうだった! 早く行こう!」


 白鬼が慌てて城門へ続く道を駆け出そうとする。


「白鬼、待って。王都の中で走ったら危ないよ」


 黒鬼がその腕をつかみ、引き止めた。


「でも、ハクがお腹を空かせてるかもしれないよ」


「だからって、食べ物を持たずに行くつもり?」


「あっ」


 白鬼が足を止める。


「行っても、王都の中には連れてこられへんけどな」


 シルフが苦笑する。


「ご飯は持っていけるよね?」


「ああ。途中で買っていこう」


「私も選ぶ!」


「白鬼に任せたら、自分の分まで買いそうだね」


「ハクと一緒に食べる分だよ!」


「結局、自分も食べるんだろ」


 紅蓮が呆れた声を上げる。


「門が閉まる前に戻る必要がある。あまり時間をかけるな」


 シグマが告げると、白鬼は大きく頷いた。


「分かった。急いで選ぶ!」


「急いでも、ちゃんと代金は払うんだよ」


「それくらい分かってるって!」


 白鬼と黒鬼のやり取りを聞きながら、シグマは左の義手へ目を落とした。


 明日、王都図書館の制限区画へ入る。


 そこに何が記されているのかは分からない。


 獣王石の正体。


 炎帝石を制御する方法。


 失われた記憶へつながる手がかり。


 あるいは、自分が知るべきではなかった事実。


 どのような記録が待っていようとも、確かめなければならない。


 シグマは左手を静かに握り、仲間たちとともに王城を後にした。


王城から正門へ向かう途中、白鬼は通りに並ぶ店を次々と覗き込んでいた。


「ハクには、どれがいいかな?」


「別に食べ物を買っていく必要はないよ。ハクなら自分で狩りをしてるだろうから」


 黒鬼がそう答えても、白鬼は店先に並べられた商品から目を離さない。


「でも、朝から待ってくれてたんだよ。何か持っていってあげたいじゃん」


「食事ではなく、土産ということか」


 シグマが確認すると、白鬼は大きく頷いた。


「そう! ハクが自分で狩れるのは分かってるよ。でも、私たちだけ王都のおいしいものを食べるのはずるいでしょ?」


「ハクが人間の料理を喜ぶかは分からないけどね」


「肉なら食べるって!」


 白鬼は通りの先に肉を扱う店を見つけると、すぐにそちらへ向かった。


 店先には香辛料をまぶした干し肉や、焼き上げたばかりの腸詰めが並んでいる。


 だが、どれも味が濃そうだった。


 シグマたちは店主へ事情を話し、味をつけていない肉の塊を少量だけ分けてもらうことにした。


「もっと買わなくていいの?」


 包みを受け取った白鬼が尋ねる。


「必要ない。ハクは自分で獲物を捕らえられる」


「でも、あの身体だよ。これだけじゃ足りないよ」


「だから食事じゃなくて、土産なんだろ」


 紅蓮に言われ、白鬼は手元の包みを見下ろした。


「そうだった」


「自分で言ったことをもう忘れたの?」


 黒鬼が呆れた声を出す。


 買い物を終えた一行は、日が沈む前に正門を出た。


 門番には、街道から外れた林に待たせている従魔の様子を確認しに行くと伝えてある。


 日没後には門が閉じられるため、戻る時間についても念を押された。


 街道をしばらく進んだあと、シグマたちは朝にハクと別れた林へ入った。


 木々の間には、夕方の赤い光が差し込んでいる。


 白鬼と黒鬼は周囲を見回していたが、ハクの姿は見つからない。


「ハク、どこにいるのかな?」


「近くにはいるはずだ」


 シグマは足を止め、林の奥へ向かって呼びかけた。


「ハク」


 返事はない。


 木々の間から聞こえるのは、風に揺れる枝葉の音だけだった。


 だが、シグマはその場を動かなかった。


 僅かな気配が、少しずつこちらへ近づいてくる。


 次の瞬間、木の陰から白銀の巨体が音もなく姿を現した。


「ハク!」


 白鬼が嬉しそうに駆け寄る。


 ハクは逃げることなく、その場で白鬼を待った。


 白鬼が首元へ抱きつくと、僅かに頭を下げて受け入れる。


「ちゃんと待っててくれたんだね!」


『言われた場所から離れてはいない』


 落ち着いた声が、シグマとフェルンの意識へ直接届いた。


 シグマが近づくと、ハクは白鬼から離れ、その身体へ鼻先を寄せた。


 王城へ入る前と変わったところがないか、匂いで確かめているらしい。


『何もされなかったか?』


「問題ない」


『妙な匂いが増えている』


「王城へ行ってきた。大勢の人間がいたからだろう」


 ハクはシグマの両腕へ視線を向けた。


『その腕を使った形跡はないな』


「ああ。王都にいる間は、覇王石の力を使うなと言われた」


『当然だ。その力を街の中で使えば、何人巻き込むか分からん』


「分かっている」


『お前は分かっていても使うから信用がない』


 シグマは返す言葉を失った。


 ハクの声を聞いていたフェルンが、小さく笑う。


「ハク、何て言ってるの?」


 白鬼が尋ねた。


「シグマは分かっていても無茶をするから、信用できないって」


「やっぱりハクもそう思ってるんだ!」


 白鬼が得意げにシグマを見る。


「私たちが何回言っても聞かないからね」


 黒鬼まで同意する。


「今回は何もしていない」


「今回は、でしょ?」


「ほら、ハク。うちも戻ってきたで!」


 シルフが両腕を広げ、ハクへ近づいていく。


 ハクはシルフを一瞥したあと、僅かに身体を横へずらした。


「なんで避けるん?」


 シルフが再び距離を詰める。


 その瞬間、ハクの前脚が持ち上がり、シルフの肩を押さえた。


「ちょ、待って! まだ何もしとらんやろ!」


 ハクはシルフを近づけないまま、じっとその顔を見つめる。


『抱きつくつもりだろう』


「なんて言ってるん?」


「抱きつくつもりだろう、と言っています」


 フェルンが伝えると、シルフは目を逸らした。


「少しくらいええやん」


『断る』


「断るそうです」


「なんでや!」


 シルフが抗議しても、ハクは前脚を退けなかった。


 その様子を見ていた紅蓮が声を上げて笑う。


「完全に見抜かれてるな」


「紅蓮は黙っとき!」


 シルフが諦めて下がると、ハクはようやく前脚を地面へ戻した。


 黒鬼は苦笑しながら、ハクの頭を撫でる。


「シルフもしつこくしなければ、避けられないと思うよ」


「うちは普通に可愛がりたいだけや」


「抱きついたまま離れないのは、普通とは言わないだろ」


「シグマまでそっちにつくん?」


「ハクが嫌がっている」


「嫌がっとるんやなくて、照れとるだけかもしれんやろ」


『違う』


「違うって」


 フェルンがすぐに伝えた。


「ハク、返事早すぎへん?」


 シルフが肩を落とす横で、白鬼が買ってきた包みを開いた。


「ハク、これ! お土産だよ!」


 肉の匂いに気づき、ハクが包みへ顔を向ける。


「お腹が空いてると思って買ったんじゃないよ。ハクが自分で狩りをするのは分かってるからね」


 先ほど黒鬼に注意されたことを思い出したのか、白鬼が慌てて付け加える。


「私たちだけ街に入ってたから、その……待ってくれたお礼!」


 ハクは白鬼から肉を受け取ると、その場へ置いた。


『先ほど獲物を食べたばかりだ』


「今はいらないって?」


 白鬼が少し残念そうな顔をする。


『いらないとは言っていない。あとで食べる』


 フェルンがハクの言葉を伝えると、白鬼の表情がすぐに明るくなった。


「ちゃんと食べてね!」


 ハクは短く鼻を鳴らした。


「この辺りに異常はなかったか?」


 シグマが尋ねると、ハクの表情が引き締まった。


『街道を通る人間は多い。林へ入ってきた者もいたが、私に気づく前に離れた』


「魔物は?」


『小さなものが何体かいた。ここを縄張りにしているような強い個体はいない』


「追手らしい人間は見なかったか?」


『お前たちを探している者はいなかった。ただし、街道からこちらを探るように見ていた人間が二人いた』


 シグマの目が僅かに細くなる。


「どんな者だ?」


『荷馬車を護衛していた冒険者だ。私の気配に気づいただけだろう。こちらへ近づくことなく去っていった』


「そうか」


 ハクはシグマたちが王都に入っている間、ただ同じ場所で待っていたわけではない。


 周囲を警戒し、林へ近づく者や魔物の動きを把握していた。


 シグマが命じたわけではない。


 それでも、ハクは自分で必要なことを考えて行動している。


「原生林へ入るのは、早くても三日後になった」


『何かあったのか?』


「今は魔物の動きが活発になっているらしい。王国の調査が終わるまで許可は出せないと言われた」


『三日なら、ここで待つ』


「さらに延びる可能性もある」


『その時は、その時だ。この森で狩れる獲物がいなくなれば、少し離れた場所へ移る』


「勝手に遠くへ行くなよ」


『お前に言われるまでもない。呼べば届く範囲にいる』


 ハクの返答を聞き、シグマは頷いた。


 この程度の期間であれば、ハクにとって問題にはならない。


 普段から森で一頭で暮らしているハクへ、誰かが付き添う必要もなかった。


「明日は俺とシルフが図書館へ行く。覇王石について調べるつもりだ」


『左腕の石についてか?』


「ああ」


 ハクの赤い瞳が、シグマの左義手へ向けられる。


『分からない力を抱えたまま、原生林へ入らずに済むなら、その方がいい』


「何か分かるとは限らない」


『何も分からなければ、それが分かる』


 シグマは僅かに目を見開いた。


『手がかりがないと確認することも、無駄ではないだろう』


「そうだな」


 シグマが答えると、ハクは静かに頷いた。


「明日、私もまた来るからね!」


 白鬼が宣言する。


「白鬼が来るなら、私も一緒に来るよ」


「私も来たいです」


 フェルンまで加わると、ハクは三人へ視線を向けた。


『好きにしろ。ただし、あれは連れてくるな』


 ハクがシルフを見る。


「うちのこと言っとるやろ?」


「明日は図書館に行くから、どちらにしても来られません」


 フェルンが答える。


「図書館が終わってから来ればええやん」


 シルフがそう言った途端、ハクは露骨に顔を背けた。


「今、絶対嫌そうな顔したやろ!」


「気のせいじゃないと思う」


 黒鬼が小さく笑う。


 赤みを帯びていた空が、少しずつ暗くなり始めている。


 門が閉じる前に戻るため、長居することはできない。


「そろそろ戻るぞ」


 シグマが告げると、白鬼は名残惜しそうにハクの首元を撫でた。


「また明日ね」


 黒鬼とフェルンも順に声をかける。


 紅蓮は周囲を見回したあと、ハクへ顔を向けた。


「何かあったら、シグマを呼べ」


『分かっている』


 ハクの返事は紅蓮には届いていない。


 それでもハクが頷いたため、紅蓮も意図が伝わったことを理解した。


 最後にシグマがハクの前へ立つ。


「明日、何か分かったら伝える」


『そうしろ』


「ここを頼む」


『任せろ』


 短いやり取りを終え、シグマは仲間たちとともに林を出た。


 振り返った時には、既にハクの姿は木々の間へ消えている。


 巨体でありながら、足音も気配もほとんど残っていなかった。


     ◇


 シグマたちが王都の正門へ戻った時には、閉門までほとんど時間が残されていなかった。


 身分証牌を提示して門をくぐった直後、背後で重い扉が閉じ始める。


「間に合ったぁ……」


 白鬼が安堵の息を吐いた。


「途中で店を何軒も覗かなければ、もう少し余裕があったんだけどね」


「ちゃんとハクが喜ぶものを選びたかったんだよ」


「食べるのはあとでって言われてたけどな」


 紅蓮が笑う。


「いらないとは言ってなかったもん!」


「ハクは白鬼に気を遣ったんやない?」


「違うよ! 絶対あとで食べてくれるから!」


 白鬼の声が夜の大通りへ響く。


 黒鬼に声を抑えるよう注意されながら、一行は宿へ戻った。


 厩舎では、ノクスとソルが既に餌を与えられ、並んで身体を休めていた。


 馬車や荷物にも異常はない。


 紅蓮と黒鬼が二羽の状態を確認している間に、シグマたちは宿の食堂で席を確保した。


 しばらくして全員が揃うと、卓上へ温かいスープと焼いた肉、籠いっぱいのパンが並べられた。


「明日は、シグマとシルフが図書館だよね?」


 白鬼がパンをちぎりながら尋ねる。


「ああ」


「どれくらいかかるの?」


「分からない。閲覧を許可される資料がどれだけあるかも、まだ聞いていない」


「三日間ずっと調べることになるかもしれへんな」


 シルフがスープを飲みながら答える。


「なら、私たちは王都を見て回ってもいいんだよね?」


「構わない。ただし、必ず複数で動け」


 シグマが言うと、白鬼は不満そうに頬を膨らませた。


「一人で勝手にどこかへ行ったりしないよ」


「白鬼は店に気を取られると、周りを見なくなるからね」


「黒鬼が一緒なら大丈夫!」


「最初から私に任せるつもりなんだ」


「紅蓮と黒鬼は、ノクスとソルの様子も見ておいてくれ」


「ああ。任せろ」


「分かった。必要な物資も確認しておくよ」


「私と白鬼は、ハクのところへ行ってきます」


 フェルンがそう言うと、白鬼が勢いよく頷いた。


「約束したからね!」


「街を見て回るんじゃなかったのか?」


 紅蓮が尋ねる。


「ハクに会ってから見て回る!」


「明日はシルフがおらんから、ハクもゆっくりできそうやな」


 シルフが不満そうに眉を寄せた。


「なんで、うちがおったらゆっくりできへんみたいに言うん?」


「実際、できないだろ」


「シグマまでひどない?」


「抱きつかなければいいだけだ」


「目の前にハクがおるのに、抱きつくなって言われても無理や」


「だから避けられるんだよ」


 黒鬼の指摘に、シルフは何も言い返せなくなった。


 賑やかな夕食が終わると、それぞれが明日の準備をして部屋へ戻った。


 シグマは寝台へ腰を下ろし、王城で渡された金属札を取り出す。


 表面には王家の紋章。


 裏面には、王都図書館の制限区画への一時的な入館を認める文字が刻まれている。


 シグマは札を机の上へ置き、左の義手を見つめた。


 獣王石。


 一年半前、サーシャの鑑定によって知った名前。


 それが覇王石の一つであること以外、今も何も分かっていない。


 左義手は魔石弾を作り出せる。


 しかし、それが獣王石の力なのか、義手そのものに備わった機能なのかさえ判断できていなかった。


 原生林へ入れば、多くの魔物と遭遇することになる。


 獣王石という名前が、単に石の性質を表したものなのか。


 それとも、魔獣や魔物へ影響を及ぼす力を秘めているのか。


 何も分からないまま進むには、危険が大きすぎる。


 シグマは左手をゆっくりと握る。


 制御リングがあるとはいえ、すべての力を抑えられる保証はない。


 せめて何に注意すべきかだけでも知っておきたい。


 そう考えながら、シグマは明日に備えて身体を休めた。


     ◇


 翌朝。


 朝食を終えたシグマとシルフは、王城から渡された金属札を持って宿を出た。


 紅蓮たちは、もう少し遅い時間になってから行動を始める予定だ。


 ハクの様子を見に行く白鬼とフェルンには黒鬼が同行し、その後で紅蓮と合流して王都を見て回ることになっている。


「ハクのところ、うちも行きたかったなぁ」


 隣を歩くシルフが呟く。


「図書館を優先すると決めたのはシルフだろ」


「分かっとるけど、白鬼たちだけずるいやん」


「ハクは喜んでいると思う」


「うちが行かんことを?」


「ああ」


「否定してくれてもええんやで?」


 シルフが不満そうな顔をしたが、シグマは答えなかった。


 王都図書館は、王城から東へ離れた区画に建っていた。


 周囲の建物よりも遥かに大きい、灰白色の石造りの建物だ。


 正面には太い柱が並び、その上には開かれた本を模した紋章が掲げられている。


「ずいぶん大きいな」


「王都中から書物が集められとるんやろ。三日で探しきれるんかな」


「覇王石に関係する資料は、管理官が選ぶことになっている」


「その人が見落としとったら、どうしようもないけどな」


「まずは用意されたものを確認する」


 二人は正面の階段を上がり、図書館の中へ入った。


 扉をくぐると、外の喧騒が一気に遠ざかる。


 高い天井の下に受付が並び、その奥には数え切れないほどの本棚が続いていた。


 朝早い時間にもかかわらず、既に多くの利用者が訪れている。


 シグマとシルフが受付へ並ぶと、周囲の何人かが二人へ視線を向けた。


 風の勇者であるシルフだけでも十分に目立つ。


 さらに、認識阻害のマントを身につけたシグマの両義手は、布越しでも普通の腕ではないと分かる。


「やっぱり見られとるな」


「気にしても仕方ない」


「シグマは、そのマントがあるから顔を覚えられへんやろ。うちはそのままなんやで」


「勇者なら、以前から顔を知られているんじゃないのか?」


「王都へ来たんは初めてや。姿まで知っとる人は、そんなにおらんと思うけどな」


 話しているうちに順番が回ってきた。


 受付に座る女性へ、二人は身分証牌と王城で渡された金属札を提示する。


 女性は王家の紋章を確認した途端、表情を引き締めた。


「確認いたします。こちらで少々お待ちください」


 女性は席を立ち、受付の奥にある部屋へ入った。


 しばらくすると、深緑色の長衣をまとった年配の男性を連れて戻ってくる。


 男性は金属札と二人の身分証牌を確認したあと、丁寧に頭を下げた。


「シグマ殿と、風の勇者シルフ様で間違いありませんか?」


「ああ」


「せや」


「私は制限区画の管理を担当しております、エリオットと申します。王城より、お二人の来館について連絡を受けております」


 エリオットは金属札と身分証牌を二人へ返した。


「今回、閲覧が許可されているのは、覇王石および関連する古代魔石についての資料のみです。それ以外の資料を無断で閲覧することは認められておりません」


「分かっています」


「制限区画内では、私が常に同行します。書物を持ち出すことや、直接書き込むことは禁止されています。また、許可なく資料へ魔力を流すこともおやめください」


「魔力を流すつもりはない」


「その両腕に魔石が埋め込まれていると伺っております。資料や保管されている遺物に反応する可能性もあります。何か異常を感じた場合は、すぐにお知らせください」


 シルフが横からシグマを見る。


「聞いたな?」


「ああ」


「何か感じても、勝手に触ったらあかんで」


「分かっている」


「シグマの分かっているは、信用ならんからな」


「ハクと同じことを言うんだな」


「うちらが疑い深いんやなくて、シグマが信用されへん行動ばかりするからや」


 エリオットは二人のやり取りを黙って聞いていたが、それ以上は何も言わず、受付の奥にある通路へ歩き出した。


「こちらです」


 一般区画の本棚を抜け、建物のさらに奥へ進む。


 利用者の姿は次第に少なくなり、周囲の物音も遠ざかっていった。


 突き当たりには、鉄で補強された扉がある。


 その左右には、武装した騎士が一人ずつ立っていた。


 エリオットが許可証を見せると、騎士たちはシグマとシルフを確認する。


「制限区画へ武器を持ち込むことはできません。こちらでお預かりします」


 シグマは腰から黒鞘刀を外した。


 続いてストックホルダーにも手をかける。


「こちらも預けた方がいいか?」


「中に魔石弾が入っているのであれば、お預かりします」


 シグマはホルダーごと取り外し、騎士へ渡した。


 シルフも弓と矢筒を預ける。


 すべての確認が終わると、騎士が扉の鍵を開いた。


 重い鉄の扉が、低い音を立てながら内側へ開いていく。


 その先には、地下へ続く石造りの階段があった。


「制限区画は地下にあるん?」


「はい。古い書物や記録の中には、光や温度の変化によって劣化するものがあります。そのため、魔道具で環境を維持しやすい地下へ収めております」


 壁に取りつけられた魔石灯が、階段を淡く照らしている。


 エリオットを先頭に、三人は地下へ下りていった。


 一段進むたび、地上の気配が遠ざかっていく。


 最下層へ着くと、複数の扉が並ぶ長い通路があった。


 それぞれの扉には番号と、保管されている資料の分類が記されている。


 古代魔法。


 失われた王国。


 禁呪。


 召喚儀式。


 魔石災害。


 シグマがそれらへ視線を向けると、エリオットが足を止めた。


「今回、お二人が入れるのはこちらです」


 通路の奥にある扉には、《特殊魔石・古代遺物》と刻まれていた。


 エリオットは腰から鍵束を取り出し、三本の鍵を順番に差し込む。


 三つ目の鍵を回すと、扉の内側で複数の金具が外れる音がした。


「この区画に収められている資料の中には、現在使われている文字へ翻訳されていないものもあります。すべてを読むことは難しいでしょう」


「覇王石について書かれた資料が、どれかは分かっているのですか?」


「王城から連絡を受けたあと、確認できる範囲で探しました」


 扉が開かれる。


 内部には、天井近くまで届く本棚が何列も並んでいた。


 分厚い書物だけではない。


 石板や金属板。


 筒状に丸められた羊皮紙。


 一部が欠けた粘土板まで、さまざまな形の記録が保管されている。


「覇王石という名が明確に記されている資料は、現在確認できているもので七点です」


「七点だけなん?」


「直接その名が記されているものに限れば、です。関連する可能性のある資料まで含めれば、さらに増えます」


 エリオットは部屋の中央にある机へ向かった。


 そこには、既に数冊の書物と、木箱に収められた古い羊皮紙が用意されている。


「まずは、こちらをご覧ください」


 エリオットが一冊の書物を開いた。


 紙は茶色く変色し、端の一部が崩れかけている。


 記されている文字は古く、シグマには読むことができなかった。


「何て書いてあるん?」


 シルフが尋ねる。


「これは、およそ八百年前に書き写された記録です。原本は、さらに古い時代のものと推定されています」


 エリオットは紙へ直接触れないよう注意しながら、最初の一文を示した。


「ここには、覇王石についてこう記されています」


 エリオットが、古い文字を現在の言葉へ置き換えながら読み上げる。


「――覇王石は、選ばれた者へ力を与える魔石にあらず」


 地下の静かな部屋に、その声だけが響く。


「――石が選ぶのは、己の力に耐え得る器である」


 その言葉を聞いた瞬間、シグマの左義手の奥で何かが脈打った。


「……っ」


 義手の機構が動いた感覚とは違う。


 心臓の鼓動へ重なるように、獣王石がもう一度、確かに震えた。


「シグマ?」


 異変に気づいたシルフが、すぐに左腕を見る。


「どうしたん?」


「獣王石が反応した」


「今の言葉に?」


「分からない。だが、俺は何もしていない」


 魔力は流していない。


 制御リングにも触れていない。


 それにもかかわらず、獣王石は古い記録が読み上げられた直後に反応した。


 エリオットも緊張した表情でシグマの左義手を見つめる。


「痛みや、魔力の乱れはありますか?」


「今のところはありません」


「それでも、異常を感じた場合はすぐにお知らせください。この記録には、まだ続きがあります」


 エリオットが慎重に次の頁を開いた。


 しかし、そこに残されていた文字の大部分は滲み、一部は紙ごと失われている。


「残念ながら、この先は状態が悪く、すべてを読み取ることはできません。ただし、別の記録に同じ内容が書き写されている可能性があります」


「なら、それを探してほしい」


「承知しました」


 エリオットは開いていた書物を傷つけないよう閉じ、用意していた別の資料へ手を伸ばした。


 シグマは左義手を押さえたまま、その動きを見つめる。


 これまで沈黙を保っていた獣王石が、初めて外からの言葉へ明確な反応を示した。


 偶然とは思えない。


 この図書館には、獣王石の正体へつながる何かが残されている。


 同時に、その記録を読み進めることで、左腕に何が起こるのかも分からなかった。


 期待と警戒を抱えながら、シグマは新たに開かれる古い資料へ目を向けた。


 覇王石を巡る調査は、まだ始まったばかりだった。

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