↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

301/301

第301話 片田舎のおっさん、抱き寄せる

「っ!」


 頬を叩かれたミュイは、一瞬ギョッとした表情を見せたものの、すぐに戻った。きっと叩かれた理由をおおよそ分かってはいるのだろうな。

 俺としても複雑な気持ちではある。親代わりとして、教育者として、師として、それぞれの側面があるからね。親代わりとして無事に事件から戻ってきた娘を叩くなどあってはならないことだが、他の面から見ると必ずしもそうではない。


「せ、先生!?」

「クルニ、静かに」


 突然の行動に慌てたのはクルニ。そして声こそ出さなかったがアデルとエデルであった。これはそのまま、良くも悪くも若さが出ている。

 ちなみにクルニは声を発した瞬間、アリューシアによって即座に制せられていた。流石にアリューシアとヘンブリッツ君は分かっているらしい。


 一方、クルニと年齢がほとんど変わらないはずのフィッセルは涼しい顔のままだ。むしろしばかれて当然くらいに考えているフシがある。

 以前も同じようなことを感じた記憶があるが、クルニとフィッセルの一番の違いはこの精神性にあると思う。魔法師団……というか、ルーシーの手でその辺りをきっちりしごかれたのだろう。戦う術を持つ者の心構えとしては、まっこと正しい。


「……何故、叩かれたか分かるかい」

「……」


 まあ後ろの観察はこの程度にしておこう。今回の主題はミュイだからね。

 というわけで、まずは彼女の自覚がどのレベルで芽生えているのかを測る。叩いて叱って終わりとするには、教育者としてあまりにも片手落ちだ。これはある意味で、貴重な機会であるとも考えられるな。まあそれも、ミュイたちが無事に帰ってきたからこそ思い至れる話だが。


「……シンディとフレドーラを危険な目に遭わせた、から……」

「それはその通りだ。反省しよう。けれど、本質はそこじゃない」


 友人たちを自分の勝手な判断で危険な目に遭わせた。確かにそれは大問題だし、大いに反省すべき事実。その意味では、ミュイは物事を正しく振り返ることが出来ているとすらいえる。

 とはいえ。それはあくまで結果論であって、問題の本質ではないと個人的には考えている。


「俺は仮にミュイが一人でこうしていても、同じように怒っているよ。シンディとフレドーラの存在にかかわらずだ」

「……」


 例えば今回の件で、友人を巻き込むことが良くないとミュイが深く学んだとしよう。すると今度は、自分一人の手でなんとかしようとする可能性が残る。

 無論、独力で何かを成そうとする心意気自体は喜ばしい。そういう正義感がミュイの心に宿っていることも嬉しい。

 だが、それだけでは駄目なのだ。今の彼女には、決定的に足りていないものがある。


「……敢えて言うが。ミュイ。君が犯した一番の間違いは、自分の力を過大評価したことだ」

「ッ!」


 続く俺の言葉に、ミュイの身体が強張った。

 そう。彼女は、ミュイは弱い。無論、シンディとフレドーラも弱い。今回犯した最大のミスはこの一点に尽きる。自分と相手方の戦力換算を見誤った。それも最悪の方向に。


「君は弱い。少なくとも現時点では。その自覚が足りない」


 俺が伝えていることは、見ようによっては大変な非道にも映るだろう。誘拐事件に巻き込まれて、なんとか無事に帰ってきた我が子にかける言葉では、断じてない。

 勿論俺も、これが一般家庭で通用する理屈だとは微塵も考えちゃいない。普通の考え方ではないということくらい分かっている。


 ただし、俺は普通ではなく、またミュイも普通の人生を歩んできていない。故にギリギリで成り立つ論理だ。前提が暴論であることは承知の上。それでも伝えねばならない。


「……じゃあ、見捨てろっていうのかよ……!」

「そうじゃない。その正義感は今後も忘れずにいてほしい。でもその時、君がやるべきはシンディとフレドーラを連れて事件に介入することじゃなく、力のある大人に助けを乞うことだった」


 繰り返しになるが、悪事を見逃せと言っているわけではない。自分の手に負えないトラブルに手を差し伸べるなと言っている。

 そして、その悪事が自分の手に負えそうかどうかという判断軸の精度が、彼女はまだ抜群に甘い。そのための力も技術も知識も持っていないからだ。


 貧民街で生まれ育ち、唯一の姉を喪った彼女の生い立ちに同情の余地は十二分にある。その経験から転じて、悪事を見逃さない心持ちも称賛されて然るべきだろう。ただしそれは、独力あるいは独断で何かを成すための免罪符にはならない。

 何かを成すためには、相応の戦力か権力か情報かのいずれかが必要で、その上で順序を守る、あるいは順序をすっ飛ばすに足るだけの理由が要る。

 ミュイは現状、前者三つを何ひとつとして持ちあわせておらず、更には順序もすっ飛ばした。結果、自身の身と友人二人の身を危険に晒し、各組織に大変なお手間をかけさせることになったわけだ。


 これがまだ、自身の首で責任が取れる立場なら百歩譲って許そう。だが今のミュイはそうではない。彼女は庇護される立場であり、だからこそ皆が総出で捜索に当たった。子供は守られるべきだから。

 それを彼女が勘違いしたのか、勘案しなかったのかは分からない。しかし齎された結果はどっちにしろ同じである。


「でも、間に合わねえと思って……!」

「その結果、被害者が三人増えるだけだった」

「……ッ!」


 歯痒くはあるだろう。悔しくもあるだろう。だが俺はこの弁論において一切の妥協をしない。それはミュイのためにならないから。

 彼女がやったことは、一から十まで全部がダメなことだ。戦う術を曲がりなりにも知り、それを発揮しようとしたところで手痛いしっぺ返しを食らった。これをなあなあで済ませていると近い将来、必ず命を落とす。


 無理も無茶も無謀も大いに結構。本来、戦いに身を落とした者の心構えとしては間違っちゃいない。ただし、それは一人で責任を背負えるだけの実力と立場を得て、初めて成り立つ話だ。

 戦争で徴兵された、とかであればまた話は別だけどね。しかし今回の一件はそうじゃない。自分から分不相応な事件に首を突っ込んだ結果がこれ。だからここで完全なる楔を、ミュイの心に打ち込んでおかなければならない。


「いいかい、ミュイ。繰り返すけど、心意気自体は素晴らしいものだ。その心はこれからも大切に育みなさい。だけどそれを発揮するのは、もう少し君が強くなってからだ」


 妥協はしないが、落としどころは難しい。ミュイが戦いの術を修めることを諦めるだけなら、まだいい。俺としては出来ればそうなってほしくないが、そうなるに足る理由はある。

 問題は、彼女の正義感自体が失われてしまうこと。こっちは出来れば避けたいところであった。折角ほの暗い世界から脱却出来たのだから、再びそちらの世界に沈んでほしくない気持ちはある。

 なのでそのフォローはしなきゃならんのだが、難しいねこれは。言葉にあまり猶予を持たせすぎると甘くなるし、全てを否定すると彼女の心が死んでしまう。


「……」


 俺の言葉を心中で噛み砕いているのか、それとも届いていないのか。様子が分からないまま、ミュイは再び押し黙った。


「……強くなってからって、いつだよ」

「少なくとも、魔術師学院を無事卒業してからだね」


 しばしの沈黙の後、投げかけられた問いかけ。勿論、強さにおいて具体的な線を引くことは難しい。けれど、独断で動いていい立場に線を引くことは容易い。

 即ち、俺や学院の庇護を抜け、独り立ちした時だ。学院においても、魔術師として研鑽を積む教育機関である以上、そこの教えをすべて修めて卒業したら、というのは一つの基準として申し分なかろう。事実フィッセルもそうである。彼女を基準値とする是非については、ひとまず置いておくとしても。


「前提として、君は子どもだ。聞き飽きたことだろうけど」


 心身ともに幼く、世間を知らず、自立出来ない。それらの条件を満たした者が、一般的には子どもと呼ばれる。その定義に当てはめるならば、ミュイはまだ立派な子どもだ。


「君にはまだ大いに学び、強くなる時間が必要で、同時に大いに守られるべき存在だ。鬱陶しいと感じるのは分かる。背伸びしたい気持ちも分かる。だけど今回の件で分かったように、君たちはちゃんと相応の理由の上で守られている。最初から一人で何でも出来る人間ばかりなら、そんなものは要らないからね」

「……」


 無論、全員が全員そうだとは言わない。事実ミュイは親の顔も知らず、貧民街で姉と二人で育ってきた。

 とはいえ、その庇護から勝手に抜け出して良いことなんて基本的には何もないのだ。それを行って一旗挙げられる者は俗に天才と言われる部類だけ。ミュイは魔法の適性という一面では確かに天才に近いのかもしれないが、それでもまだ原石と呼ばれるべき段階。

 皮肉なことにこれらは、自身が相応の年齢になって初めて分かることでもある。視野と視座が自然に広がるというかね。

 先人たちの営みは、それなり以上の理由と経緯があって現在まで積み重なっている。積み重ならなかった者は途絶えている。そういう風に世界は出来ているんだ。


「だからこれから、もしそういう場面に出くわした時。俺でもアリューシアでもヘンブリッツ君でもフィッセルでもクルニでも、誰でもいい。真っ先に助けを乞いなさい。それが今の君に出来る、一番の善行だ」


 最後にそう言い含めて言葉を切る。伝えたいことは概ね言い終えたが、さりとてそれがちゃんと腹落ちするかどうかというのはまた別問題。

 背景として彼女には、宵闇の手下としてスリを働いていた時はそれなりに自分一人でやってきた自負があるのだろう。その事実までを否定するわけじゃないが、善事にしろ悪事にしろ、貫き通すには力が要る。貫く事柄が大きくなればなるほど、より強い力が必要だ。


 街中の人間を狙ってスリを狙うのと、誘拐事件を咎めて叩き潰すのとでは、必要な力の桁が違う。その点をよくよく学んでほしい。同時に、今の自分が持ち得る力がどの程度のものなのか、輪郭だけでも捉えてくれると幸いだ。


「…………分かった」

「……うん。幸いにして死者は出てないし、決して褒められた出来事じゃないが……いっそ貴重な経験として捉えよう。君も、友達が危険な目に遭うのは嫌だろう?」

「……ん」


 果たして、俺の言葉はどれだけ伝わっただろうか。答えは分かりっこないけれど、今は少しでも真意が伝わっていることを祈るしかない。少なくとも同じ過ちは犯さない程度には、彼女の心に染み入ってくれていることを願うよ。


「よし。それじゃあ俺からの、剣の師としての話はこれで終わりだ」

「?」


 剣を教える者として、伝えるべきことは言った。

 なんだったらこんなこと言いたくなかったくらいなんだけども、戦う術を教えている以上は絶対に伝えなきゃいけないこと。この選択肢を避けて通るのは、教育者として論外だ。

 そのためか、親代わりとして伝えるべきことを随分と後回しにしてしまった。多分こういうところがダメなところなんだろうな。

 親代わりと剣の師。この二つの顔を同時に持った時、どうしても後者が先に顔を覗かせてしまう。つくづく生きづらい生き物だと思う、本当に。


「ミュイ」

「っ」


 膝を突いて彼女と視線を合わせて話していたところから、一歩前に出る。そのまま彼女の背に手を回し、抱きかかえた。

 細く、小さい背中だ。まだ大人の責任と事情を乗せるには小さすぎる。ちゃんと育つまで俺たちがしっかりと、治安を守らねばならない。そう思うと力が籠るものだが、ミュイが痛がると困るからな、頑張って抑えよう。


「よく、無事に戻ってきてくれた……本当に、無事でよかった……!」

「……ッ」


 でも、声に力が入ることは終ぞ止められなかった。

 心配したんだよ。本当に。魔術師学院から騎士団庁舎まで駆けずり回って、どうにか探せないかと必死になって。とんでもなく疲弊したし、こんな類の鉄火場は出来れば金輪際ごめん被りたいってのが本音だよ。

 けれど、こうしてミュイたちが無事に帰ってきてくれて。駆けずり回った甲斐もあったもんだと思うのだ。


 鉄火場はごめんだが、もし今後同じことが起きれば、俺はその都度何度でも駆け回るだろう。むしろ次からは俺に付随するちっぽけな権力というやつを、もっと躊躇なく大いに使うに違いない。

 それくらい、ミュイの後見人として必死だった。彼女を何としてでも取り戻さねばならぬと。これは先ほどまでの剣の師としての理屈ではなく、完全に親としての感情であった。


「……ごめん、なさい……」


 果たしてその気持ちが彼女に伝わったのか。

 抱擁した耳元で、ミュイの少しだけ震えた声が、夜更けの中央区に小さく木霊した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
性格上安心はしていたが、叱りと怒りを履き違えていないのは大切だね。相手に伝えたいならキレ散らかすのは論外だからね さて…どう動くのか楽しみ
後半の方がミュイには届いてるよね
うぅ~~~ん・・・・・ テンプレ展開をおっさんなりに描写しますたはまぁこうなるよねって感じでいいんだけど、 やっぱり『子供から大人たちがどう見えているか?』については全くナシかぁ~・・・・・ まぁおっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。