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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第300話 片田舎のおっさん、音を響かせる

「……んん」

「ミュイ! 気が付いたか……!」


 凄腕の弓使い、カイナを撃破してしばらく。俺たちは捕縛した犯人とともに、アリューシアたちが待ち構える中央区の仮設本部まで舞い戻っていた。

 結局二人を抱えて走っていた大男は本当にただの運搬要員だったらしい。カイナが戦闘不能になった直後、あえなくヘンブリッツ君のお縄になっていた。少女二人を抱えて動けるフィジカルは大したものだが、それで戦えるかと言われればはっきりと否だからね。

 クルニがビデン村でサーベルボアを抱えていたのも、戦闘が起きない前提だった。重量物を抱えたままの戦闘機動は常人には無理である。


「あれ、ここ……」

「中央区だ。皆、ミュイたちのために動いてくれた」


 そしてミュイとシンディには、殴られた痕がはっきりと残っていた。恐らく単純な暴力で気絶させられたのだろう。

 ヘンブリッツ君とクルニの二人が彼女たちを救出した姿を見た時には、再びどす黒い感情が浮かび上がったものだ。とはいえ、その辺りの鬱憤はこいつらの捕縛という形で、きっちり消火させてもらったのでよしとしよう。

 これでミュイが戻ってこなかったら、普通に斬り殺していたかもしれん。俺は無為な殺戮こそ厭うが、基本的に復讐に反対の立場ではない。その当人にやり返す力があればという前提こそつくが。


 ちなみにシンディはまだ目を覚まさないままだ。

 普通に考えればミュイとシンディ、どちらが喧しいかと言われたら後者だからね。ガッツリ気絶させられてもおかしくはない。誘拐犯の心情を考えるなどやりたくもないが、命や身体に別条はなさそうだったので何よりではある。


「……! シンディとフレドーラが……!」

「二人とも無事だ。全員保護してあるよ」


 ミュイはまだ、現状の把握が正しく出来ていない。慌てて動き出そうとするところを、しっかりと押さえる。

 俺としてはミュイが落ち着ける場に運びたかったんだが、騎士団や魔法師団としては事情聴取もあるだろうからな。流石に俺の一存で勝手に引き上げるわけにはいかなかった。

 なので今この場には俺の他、アリューシア、ヘンブリッツ君、クルニ、フィッセル、アデル、エデルが居る。エデルもやっぱり駆り出されていたようで、別地区の捜索に当たっていたらしい。お仕事ご苦労様です。


「……そっか。よかった……」

「ああ、皆無事だからね」


 ミュイはまず俺の顔を見て、後ろに並ぶ騎士の顔を見て、ようやく安堵の息を漏らした。それくらい張り詰めていて然るべき状況ではあったからな。致し方なしといったところだろう。

 ちなみにカイナと大男の他、馬車で誘拐を企てていた連中はまとめて騎士団の地下牢にぶち込まれた。カイナだけは応急処置がなされたが、まあ折角の情報源なので捕縛に成功した以上、死なれても困るというわけだね。

 あれだけ口が悪いとこちらの尋問にちゃんと答えてくれるかは微妙な感じはするけれど、そこは騎士団のパワーを信用したい。


「ミュイ、身体の不調や痛いところはないか?」


 とりあえず意識は戻った。とはいえ、こういう気が動転している時は自身の怪我や不調に気付きづらいのも事実としてある。なので外部からこうして改めて確認を取らねばならない。相手が幼い子であればなおさらだ。


 俺の声を受けてミュイは、まず自分の顔を触り、順に肩、胸、腹、腿と手をぺたぺたと動かしていく。

 もはや俺にとってはその動作すら愛らしく見えてしまうのが困りどころだけれど、今はそんなことを口に出して言うタイミングでもない。


「……ん。大丈夫」

「そうか、よかった……」


 そして出てきた「大丈夫」という言葉。少なくとも外見上に大きな傷は見えないし、本人にも痛みの記憶があまりなさそうである。となれば、ひとまずは申告通り、大丈夫と見ていいか。

 念のために後日、医者なり魔術師なりに見てもらった方がいいかもしれない。攫われてから気を失い、今こうして目覚めるまでの間、何をされていたか分かったもんじゃないからな。念には念をというやつだ。

 ちなみにフィッセルは回復魔法は苦手らしい。やっぱり全部こなせるルーシーは凄いなと思う。あんまり敬う気にはなれないけどさ。


「少し、事情を聞きたい。もうちょっと話しても大丈夫かい?」

「……うん」


 まあそんなことはさておき、ひとまずは事件の確認だ。

 本来はアリューシアなりヘンブリッツ君なりがやるものだが、今は彼らも同席しているし、何より俺が直接聞いておきたい。その辺りは彼らも承諾してくれたので、遠慮なく俺が聞き出す形とする。

 逆に俺からの聴取で不足分があれば、その二人のどちらかが追加で問うだろう。そういう風にミュイが目覚める前に決めた。


「まずミュイは、シンディとフレドーラの三人で放課後に遊び行ったと思う。向かった場所は?」

「中央区の、えっと……ちょい西寄り。フレドーラが新作のバッグ見たいって言ってたから……」


 彼女の記憶を掘り起こす意味も兼ねて、行動のトレースから始める。

 放課後に友人たちとショッピング。大変に良いことだ。ミュイに友達が出来たこと自体も嬉しいし、ミュイ自身がそういう行動に興味を示すようになったことも嬉しい。

 本来なら、日が沈むまでに我が家に帰ってきた彼女を暖かく迎え入れる一日だったはずなのにな。どうしようもなかったとはいえ、改めて手に力がこもるよ。


「……そこで、誰かに襲われた?」

「……」


 続いて核心に触れようとしたところ、ミュイが押し黙ってしまった。

 しまった。これはまだ、彼女の心に傷が残ったままであったか。いくら情報収集が大事とはいえども、目が覚めてすぐに襲われたことを話せというのは流石に行き過ぎだったのやも。ミュイなら話してくれるだろうという、彼女の芯の強さにかまけた甘えがあったのかもしれない。


「いや、ごめん。今は思い出したくもないよね。まずは帰ってゆっくり――」

「あっ、えっと、違、違う……」

「……?」


 このままミュイを混乱させるのは本意ではない。アリューシアの方へ顔を向け、一旦切り上げてもいいか視線を向かわせる。彼女からは頷きが返ってきたので、それでもいいということだ。まあ事情聴取自体は縛り上げたカイナたち誘拐犯相手でも出来ると言えば出来るか。


「……」


 そう思っていた矢先、今度はミュイが俺を引き留めた。

 違う、とは。実は襲われなかった? いや、実際のところ彼女たちが攫われているのは事実なので、それはないはずだ。では何が違うのか。のっぴきならない事情が何かしらあったのかもしれない。

 でもそれは、彼女が口を開かないと分からないこと。引き留められた以上は付き合う。俺はミュイの顔を見つめ直し、言葉が浮かび上がってくるのを待った。


「……アタシが」

「うん」

「アタシが悪いんだ……二人を巻き込んだ……!」


 どれくらい待っただろうか。意を決したかのように紡ぎ出された彼女の言葉は、やや想定の外をいくものであった。

 ミュイが二人を巻き込んだ。これもまた、ただ事ならぬ発言ではある。しかし単純に、ミュイが誘拐に加担したという意味ではあるまい。その真意はまだもう少し、彼女の喉の奥に秘められているように感じた。


 彼女の言葉に、アリューシアもヘンブリッツ君も、クルニもフィッセルも、アデルとエデルも、やや表情を変える。

 特に代表格の二人は顕著だ。要するにミュイの発言次第では、ことの落としどころを少々探らねばならない。そういう勘案をしているものとみた。

 こういう時に組織の重鎮という立場は文字通り重いね。特に今回は魔術師学院、魔法師団、王国守備隊も絡んだ大捕り物になっているから、気を揉まざるをえない都合というやつもあるだろう。


「……何が起こったのか、説明出来るかな」

「うん……する……」


 とはいえそれも、ミュイの真意を掘り起こしてから決断することだ。慎重に、彼女に対して次の言葉を促す。

 どうだろう。少なくとも俺の目では、彼女が目立って憔悴しているとか狼狽しているとか、そういう感じはしない。もうちょっと表面的な……気まずさを一億倍くらい濃縮したような表情である。この予測が正しいかどうかは、話を聞いてみないと分からないが。


「えっと……そろそろ帰ろうって時に、たまたま見えたんだ。子供が路地裏に引っ張られるの」

「うん」


 意を決したミュイが、ぽつぽつとことの顛末を語り始めた。その声色は極めて悪く、細い。本人としてもかなり滅入っているだろうことは目に見えて分かった。

 けれどその語りを俺が止めてはダメだ。彼女は長い逡巡の上で、覚悟を決めて語っている。ならば俺はそれを大人として聞き入れ、教育者として受け止め、親として対応せねばならない。


「アタシだけが気付いた。……ちょっと前まで、そういうこと気にしてたから」

「うん」


 ミュイの語りに皆が耳を傾ける。俺としては、この先の話を他の人たちに聞かせるかは一瞬悩んだ。なんとなく次の言葉が分かったからだ。

 けれど彼女も俺以外の人にも聞こえていることは分かっているはず。ならやっぱり、俺から止めることはしない。


「シンディとフレドーラに伝えて……アタシたち三人なら一人や二人の悪いやつなんて、倒せると思って……!」

「うん」


 なるほどね。巻き込んだというのはそういうことか。

 恐らくミュイはその生い立ちもあって、悪事にいち早く気付いた。シンディとフレドーラも善良な生徒だ。正義感もそれなり以上に強い。

 そこで友達からそんな情報を伝えられれば、いっちょ助けてやろうじゃないかと考えることは、まあそこまで不自然ではない話だ。問題はカイナ他、ミュイたちではどうにもならない相手が居たということくらい。


「連れ去られそうになってた子供は確かに居たんだ……でも、攫おうとしたやつらが思ったよりずっと多くて……なんも分かんねえうちにやられた……」

「……そうか」


 恐らく。ブラウン教頭が起こした魔術師学院での事件の際、剣魔法科の五人だけで虚ろな狼に対抗出来ていたことも、一つの要素としてあったのだと思う。曲がりなりにも戦闘経験を積んだということだ。


「巻き込んだ、というのは、そういうことだったんだね」

「……うん」


 その応答を最後に、ミュイは顔を伏せて言葉を途切れさせた。

 確かにこれは気に病むだろう。自身の見積もりが甘かったがために、自分自身はともかくとして、友人二人をも巻き添えにした。その棘は彼女の心に深く突き刺さっている。

 正義感を持つことは基本的にはいいことだ。悪事を見逃すまいと率先して動くのも、通常なら褒められて然るべき。

 ただし。彼女の語る理屈には、不可欠である前提が一つ、致命的なほどに欠けている。


 ミュイが五体満足で戻ってきてくれて、俺は今、最高に嬉しい。迷惑をかけた騎士団にも魔法師団にも王国守備隊にも魔術師学院にも、日を改めて喜んで頭を下げに行く。忙しくなるなとは思うが、面倒だとは思わない。それが当然だから。

 俺がただの親代わりだけで収まっているのなら、それだけで済む。心配かけるんじゃないよ、今後は大人を頼ろうねでお終いの話だ。


 けれど、そうはならない。というか、それで終わらせてはいけない。

 俺は彼女の親代わりを務めていると同時、教育者として携わり、剣の師としても携わっているからだ。


「ミュイ」


 言葉を掛けると同時。俺は十二分な手加減を一瞬の間で熟慮しながら、右手を振るう。

 パン、と。人の肌と肌がぶつかる乾いた音が、夜更けの中央区に小さく響いた。

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― 新着の感想 ―
祝300回、これからも楽しみに読ませていただきます。
やっぱり平手打ちで荒れてますね(笑)。 夏休み中、田舎の空いてる通勤電車で、大声で走り回る子供達に注意したら、その子供の親に電車降りるまでずっと睨まれ続けましたよ。ま、ワタシも睨み返してやりましたが(…
正直良く言い切ったミュイの勇気が素晴らしい。
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