第299話 片田舎のおっさん、肉薄する
「――しっ!」
「ッ!」
俺たちの介入で一瞬止まった戦場。その停止に、介入した側が付き合う義理はない。抜き身のまま備えていた赫々の剣を構え、ミュイとシンディを抱えている大男に突貫する。
とにかくまずは二人を解放しなければならない。極論、ここでの戦闘の勝敗はどうでも良くて、二人を連れ帰ることが出来れば俺としては及第点。というかそれが最低限。加えて可能であれば誘拐犯をしばき倒して誘拐の意図を暴く。優先順位としてはこうだった。
「チッ!」
「っとぉ!」
しかし、俺の突撃はすんでのところで妨げられる。男ではなく、女の方に。俺の側面から矢が二本、続けざまに襲い掛かってきたから。
一本を弾き、一本を躱す。ただそうするとツーアクションは取られるわけで。流石にそれだけの間があれば、大男が俺から距離を取るのは容易いことであった。
俺の最高速は正直、そんなに速くない。アリューシアやスレナには勿論劣るし、何ならクルニやフィッセルよりも遅いだろう。それなり以上の手練れであれば、邪魔をすること自体は可能だ。流石にこの瞬間だけは、自身の肉体の限界をやや恨む。
「ベリル殿!」
「大丈夫、躱した!」
ヘンブリッツ君の声に答える。俺に傷はないけれど、今の立ち合いだけでも収穫はあった。
弓使いの女。こっちはフィッセルの言葉通り、かなり強い。
射手と近距離で対峙した経験はほとんどないが、この距離で正確に、かつ二発を放ってくるのは流石。しかも俺自身が遅いとはいえ、踏み込んだ先の到達点に合わせて矢を撃ってきた。相当な腕前と判断力だ。なんでこんな誘拐みたいな悪事に加担しているのか、理解に苦しむ程度には腕が立つ。
他方、大男の方は別段大した感じには見えない。タッパがデカいというよりも恰幅がいいタイプだな。力はありそうだが、俊敏性は正直なさそうである。そもそも両肩に女子を二人乗っけているというのもあるが。反応もほぼ一般人のそれだったし、こいつだけを打倒する分には簡単そうなんだけどな。
単純に人を運び出すフィジカルが必要だったから、この大男が二人を担いでいる。印象としてはそんな感じだった。流石に人を背負って弓矢は扱えないからね。
とにかく、なんとかして女の射手を戦闘不能にしないと救出は厳しい。そもそも担がれている二人に、万が一でも攻撃を当てるわけにはいかない。だからクルニもフィッセルも仕留め切れなかったんだろう。
「ど、どうするカイナ……!」
「黙れ。お前がとろっくさいからこんな事態になっている。さっさと走らんか!」
「お、おう……!」
狼狽した男の声が漏れ出たところに、女は冷徹な声で返した。
なるほど、射手の方はカイナさんという名前なわけね。かなり厳しめな性格のようだが、そういう規律は悪事ではなく善事で求めていただきたい。
「! クルニ、追うぞ!」
「はいっす!」
カイナに檄を飛ばされた大男は、くるりと反転して走り出した。そこに真っ先に取り付いたのがヘンブリッツ君であった。あわせてクルニも駆けていく。
この二人に追われてなお逃げ切れるフィジカルがあれば、それはもう既に人間を半歩くらい卒業している気がするよ。
とはいえ、俺も任せっぱなしというわけにもいかない。しっかりと追撃に入ろうじゃないか。
「チッ……! わらわらと……!」
大男の逃走と同時にカイナと呼ばれた弓使いも走り出したわけだが。この女、動きながら器用に矢を撃ち続けてきている。それも顔や胴体といった躱せば終わりの部位を狙うのではなく、しっかり足元に刺してきているのだから流石だ。
普通の遣い手では、カイナに接近するのは極めて難しいだろう。それくらい極まっている腕前に思える。いよいよもって、どうしてこんなしょうもない悪事を働いているのか謎が深まるばかりであった。
「はっ」
「クソが!!」
しかしこちらには、普通ではない遣い手が一人いる。それがフィッセルだ。彼女も俺たちと同様に追跡を開始しつつ、剣先から魔法を放つ。だがそれらは、カイナが迎撃に放った矢の一撃であえなく相殺されてしまった。
本当に見事な技術だが、同時に本当に口が悪いなこいつ。俺の中ではちょっと珍しいタイプに該当するかもしれん。
「……あの弓使いが相当なのは事実だけど、それにしても妙だね」
「あれはただの弓じゃない。多分、魔装具が嵌ってる」
「へぇ」
カイナの弓捌きが相当なのは事実。しかし手にしているのはどう見たって短弓だ。連射速度には優れるものの、射程距離と威力には乏しい。
それを碌に引き絞らず穿った矢が、フィッセルの魔法と相打ちまで持っていけるのはやや解せないね。端的に言って、威力の計算が合わない。
そう思っての一言だったが、どうやらあれはただの弓ではないらしい。なんでそんな高価なものを誘拐犯が使っているんだ。この数分でガンガンに謎が深まっていくぞ。
「フィッセル。まずはあの射手を止める。男の追跡は二人に任せよう」
「ん。分かった」
このまま四人で追い込むのも悪くはない。しかし、あのカイナをなんとかしないと鬼ごっこが止まらない。体力差で言えばいずれ向こうが力尽きてくれるだろうが、それを待って追い続けるのもやや不毛。何より俺の体力が持たない気がする。
となれば、足を止められない最大要因である弓使いをどうにかしなければならない。幸いにもこちらの手勢が増えたことで、その役割分担は叶いそうであった。
「ヘンブリッツ君! 男の追跡と保護は任せる! こっちは弓使いを叩く!」
「承知しました!」
とりあえず方向性を共有。別にバレてもいいというか、やることはそれくらいしかないからな。一瞬でも足を緩めてくれれば、ヘンブリッツ君とクルニなら取り付けるだろう。その間にフィッセルと二人でカイナという弓使いをしばき倒す。
何より、矢の数は有限だ。それで言うとフィッセルの魔力も恐らく有限なわけだが、流石に武力の残量で比べればこっちが粘り勝ち出来るはず。
見る限りカイナの矢筒は三つ。腰に一つと、背中に二つ。普通に考えれば明らかに持ちすぎなんだけど、それ程弓の腕前に自信があることの裏返しでもある。この暗闇では中身までは伺い知れないから、とにかく追い込みまくるしかない。
「……このっ!」
「ほっ」
カイナは相変わらず矢をひっきりなしに放ってくる。俺とフィッセルの接近も止めなきゃいけないし、大男を捕まえんとするヘンブリッツ君とクルニも止めなきゃいけないから当然だ。まあ躱すか切り落とすかするんだけどさ。
とはいえ、四人を相手にばっしばっし撃ち続けてくるのは凄いな。フィッセル以外は遠距離攻撃手段を持っていないにしても、バラバラに動く四人をそれぞれ一瞬でも釘付けに出来る技量はとてつもない。
まあこれなら、俺とフィッセルは遠からず接近出来そうな感じはするけどね。最初は相手の技量に面喰ったが、短時間に何回も浴びると目も慣れてくる。
相手がこっちを射抜くのではなく、足止めの射撃に徹しているのも功を奏した形だ。万が一食らっていたら追跡どころではなくなっていた。
「フィッセル。次の矢番えで接近する。頼んだ」
「分かった」
カイナは一度の射撃で、矢を三本番えている。こっちは四人だから一人は抜けられるわけだが、誰に飛んでくるのかは直前まで分からないので一瞬足が止まってしまう。
しかしまあ、大分見切れたのでね。この不毛な追いかけっこを続けるつもりは毛頭ないので、終わらせにかかろう。
「チィ……しつこい!」
怒声とともに放たれた三発。一発が俺、二発がヘンブリッツ君とクルニの方に飛んだ。何度見ても構えから打つまでが半端なく速い。ただしそれは速くはあるが、直ちに矢が到達することを意味しない。
番える動作が一瞬でも見えたのなら、それは躱せる。めちゃくちゃな理屈だけれどね、今の俺の中ではそうなるんだ。
飛んできた矢に真正面から走り込む。何故そんなことをするのか。答えは単純、見えているから。
どうやらこの目は、起こりと気配さえ読めれば弓の軌道も分かるらしい。なんとも頼もしい相棒が手に入ったものだと改めて感心するね。
「ッ! 馬鹿な!?」
暗闇で碌な視界も利かない中で、近距離から放たれた矢を叩き落とす。カイナとしてはたまったもんじゃないだろう。その驚愕が思わずといった様相で漏れ出ていた。
いや俺も馬鹿じゃねーのって思うよ。それくらい今の俺の目はおかしい。でも折角俺の手の内にあるんだから、使わなきゃ勿体ないというものだ。悪人を懲らしめるためなら尚更ね。
「今!」
「むんっ」
カイナは足も速い。クルニほどではないにせよ、しっかりと鍛えられている。
それでも逃亡しながら後ろに弓を構えると、人間の構造的に絶対に速度が落ちる。その隙を見逃さない。見逃さないために、向かってくる矢に走り込むという無茶をやったのだ。報われなければ困るというもの。
そして俺の踏み込みに合わせ、フィッセルが再度魔法を放った。走りながらではなく、しっかりと狙いを合わせて。
つまり、カイナがやっていることをこっちもやり返したわけだな。彼女の足元を囲むようにいくつか光の矢が突き刺さる。これでフィッセルは戦場からやや遅れるが、俺がカイナを止めればそれで帳尻が合う計算よ。
「ッ!?」
当然、カイナもそれを完全に予測するのは不可能だったろう。誰が飛んでくる矢に盾もなく真正面から突っ込むんだという話だ。
しかしこれで、ようやく至近距離でお話が出来るようになったぞ。よもやここまできて取り逃すのはあり得ない。しっかりと引導を渡すとしようか。
「チィッ!!」
「おっと」
俺の接近に、これ以上矢を番えるのは流石に無理と見たか。彼女は素早く思考を切り替え、拳を突き出した。
しかし残念。それも見えている。拳が、ではなく、グローブに隠された仕込み針が、だ。多分毒か何かだろうね。女の非力な拳と侮ってこいつを素手で受けていたら、思わぬしっぺ返しを食らっていたということ。
つくづく油断ならない相手だが、戦闘に関する経験、知見はかなり深いと見受けられる。技術の鍛錬は勿論、実戦経験も恐らく相当なものだ。強いて言えば、騎士というより冒険者や傭兵に近い感覚がある。
まあその辺りも追々、聞かせてもらおうかな。
「ふんっ!」
「うっ……ぐ……!」
身体を捻って突き出された徒手を躱し、躱し様に一閃。カイナは金属鎧の類を身に着けていないので、力加減は楽だった。つまり即死こそしないが、間違いなく戦闘不能に陥れるといった具合に。腹を掻っ捌いてやったから、自力で走るどころか立ち上がることすら不可能だ。
相手が女性だろうが年下だろうが関係ない。ミュイたちを攫った相手を斬ることに、躊躇いは微塵もなかった。
「さて、追いかけっこもおしまいだ」
腹を押さえて崩れ落ちたカイナに、改めて声をかける。矢の援護がなくなった今、ヘンブリッツ君とクルニの二人なら、あの大男はすぐに捕まるだろう。
ここはあの二人を信頼し、俺はこいつを絶対に逃がさないことに専念するとしよう。
「……ッ化け物め……!」
忌々しさを隠しもせず放たれた言葉は、なんとも酷い表現であった。
化け物ね。剣に身を委ねたという意味では、俺は少なくとも常人ではないであろう自覚はあるさ。その手で人を救うために人を斬ることを厭わない。何なら己の限界を知るために剣を振っているフシまである。そんな人間は多分、只人ではなかろう。
でも俺から見れば、カイナの方こそ化け物に映る。何の後ろめたさもなく子供を攫えるような人間を、同類だとは思いたくないし思えない。そっくりそのままお言葉をお返しするよ。




