第298話 片田舎のおっさん、合流する
先導役が先ほどの騎士からアデルに替わり、追跡に向かう。
ちなみに、アデルもそこそこ馬は乗りこなせる。というか、ド田舎に住んでいる人間は大体が馬を多少なり扱える。足がないと遠出も出来ないからね。
その点は俺も含め、都会に来て役に立った数少ない田舎者の技だ。勿論、本職として長年磨かれてきた技術に対しては足元にも及ばないだろうが、「出来ない」と「出来なくはない」の差は結構大きい。俺も最初は馬に跨るのすら苦労したもんだ。馬を駆っていると、そんな感想もまろび出る。
「ここは……」
馬に乗ってまだ数分と言ったところだが、暗闇の中で微かに見える景色は急激に様変わりしていた。具体的に言えば建物のある区画を抜けて、一気に夜空が広がるようになった。つまり農業地区である南区の方面に抜けている。
確かにこっちなら、夜間ならほぼ人通りがない。闇夜に紛れれば、馬車一台を通す難易度は一番低いだろう。検問が敷かれる前であれば悠々と動けたはずだ。
誘拐犯が何処に逃げようとしているのかはまだ分からない。バルトレーン内に拠点があって、一時的な目くらましのために外に出ようとしているのかもしれないし、他都市の犯罪組織かもしれないし、他国の犯罪組織かもしれない。
まあそれらはひっ捕らえれば分かることではあるものの、気にはなるよね。宵闇の魔手なんかもそうだったが、レベリオ騎士団と魔法師団のお膝元で悪事をやらかす以上、何らかの旨味か、あるいは強制的な命令がないと難しい。
「アデル! 逃げた二人の人相は分かるか!」
「一人が男、一人が女です! 片方はとても大柄でした!」
駆けながらヘンブリッツ君が相手の確認を取る。男女一人ずつ、片方はかなりの大柄。ミュイとシンディは男が抱えていると見るのが妥当か。
クルニがあの体格でサーベルボアを持ち上げられたように、フィジカルギフテッドを得た人間なら、子供二人をまとめて抱えるくらいはやれるはずだ。そんな人間が何故悪事に手を染めているのかは不明なれど、単純に力持ちというのはシンプルに強い。
クルニがぽっと出の誘拐犯ごときに負けることなどは考えたくないが、腕利きというのは案外そこら中にポロっと落ちているもんだからな。
「……」
移動中、俺が誘拐犯だったらどうするか、みたいなことを考えてみた。
まあ普通に考えれば、初手は逃げから入る。でも追ってくる相手がクルニだ。単純な脚力で引き剥がせるとは思えない。相手が馬に乗っていれば別だが。
となると、どこかで肚を決めて打倒する構えに切り替えるだろう。つまり俺たちは、クルニが瞬殺されていない限りは追いつける。流石のその未来は考えたくないところだけどさ。
「しかし、こうも暗いとなかなか……厳しそうだが……!」
問題は、仮にクルニが足を止めて戦っていたとしても、その現場に正確に辿り着けるかどうかだ。
馬に乗っていると多少の戦闘音も拾いづらい。明かりを灯してくれればすぐに分かるけれど、戦闘に入ったとしたらそんな余裕はないはずだ。
誰かがクルニに合流していればいいんだが、その可能性はちょっと低い。早馬の報告を受けて到着したのは俺たちが最初だから。ここはアデルの記憶と勘を頼りにするしかあるまい。
「ん!?」
「うわっ!?」
そういう方向性で考えていたところ、夜空に突如として光が打ち上がる。夜空の中では大層目立つ光で、そう規模は大きくなさそうではあったものの、視認するには十二分の光であった。
「……魔法か!」
火花が散っている様子はないし、どうにも火薬っぽい感じはしないな。音も響いてこないから、爆発の類ではなさそうだ。さりとて、それ以外の手段でまとまった光量を放出するのは難しい。
とすれば、後は魔法くらいしか思い浮かばない。で、こんな夜中にわざわざ光の玉を打ち上げる理由なんて、ほぼほぼ限られてくる。
「アデル! あの方角で合っているか!」
「合ってます!!」
「よし、急ぐぞ!」
そういう結論に、俺とヘンブリッツ君がほぼ同時に達した。前方から打ち上がっているから、アデルの進む方角にもズレはない。となれば、あれは場所を伝えるために誰かが打ち上げた魔法の光というわけだ。
問題は誰が、という話になる。敵方がやるメリットは皆無。そしてクルニは魔法が扱えない。
となると、たまたま先んじて合流した魔法師団の誰か、という線が濃厚だろうか。少なくともミュイにああいった芸当は出来ないと思われる。いや、隠れて練習してたりしたら分かんないけどね。
景色が本格的に農業地区のものに切り替わる中、馬を走らせる。光は既に消えてしまっているが、あれだけ派手に打ち上がっていれば流石に方向と、おおよその距離を把握するくらいは出来る。
打ち上げ地点から人が動いていない前提であれば、もう間もなく。しかしこれ以上進むと均一に整備された農作物ではなく、やや背の高い木々が姿を現してくる頃合いだ。
つまり相手方は、こういう道を使って逃亡を図っている可能性が高い。
ある程度地理に詳しくないと取れないルートだろう。いよいよもってきな臭くなってきたね。レベリス王国、ひいてはバルトレーンは相当平和な都市だと思っているし、今でもそう思っているが、やはり犯罪の根を断つことは難しいらしい。
まあ、どこに不届き者が潜んでいるかを全て網羅して叩き潰すのは土台不可能だしな。これは相手が人間でもモンスターでも一緒で、人間の都市圏が未だに広がっていないことと大枠は一緒だ。
モンスターの完全排除は今の人口と技術では不可能。同様に、悪人を完全に排除するのも不可能。目に見えた杭から叩き潰していくしかないわけで、その辺りは騎士団は勿論、魔法師団や王国守備隊も奮闘しているが及んでいないのが現状だ。世知辛いものだね。
「……見えた!」
とはいえ。目に見えた悪を見逃す道理も、またない。それを排除出来る力を持ち合わせているのなら尚更。
ついに暗闇の中で動き回る人影を捉えた。あの大きさと動きの激しさ、間違いなくクルニである。どうやら戦闘はまだ継続中らしい。これは早急に増援に入らないとね。
「アデルは我々の馬も連れて後退せよ! 後続の本隊を呼べ!」
「はい! お気をつけて!」
「アデル、頼んだよ!」
馬の速度をある程度落とし、飛び降りる。悠長に止めている時間はない。お馬さんはある程度パッパカ走ってしまうが、その辺りの後始末はアデルに任せる。今はそれより優先しなきゃいけないことがあるからね、すまない。
「クルニ!」
「副団長! って、先生もっすか!?」
「増援に来た! 相手は!?」
馬から飛び降りると同時、赫々の剣を抜く。いつでも戦闘可能な体勢を作り、クルニと合流。
クルニはヘンブリッツ君の登場はともかく、俺の参戦にはちょっと驚いていた。そりゃ出張りますよ、ミュイが攫われたとなったらね。
しかし妙だな。先ほどまで戦闘をしていただろうに、クルニの相手が見えないぞ。そして倒れている人も居ない。逃がしたとなればクルニは追いかけているはずで、どうにも状況の統一性がないように見受けられるが。
「フィスちゃんが追っかけてるっす!」
「フィッセルも居るのか? となると、さっきの明かりは……」
「フィスちゃんが打ち上げたやつっす。とりあえず誰かに伝わればって言ってたっす」
「……なるほどね」
情報がないのも困るが、いきなり情報がワッと飛び出し過ぎても困る。そんな感覚を頭の片隅で浴びながら、状況を整理する。
どうやってかは分からんものの、フィッセルが既に合流していた。で、先程の明かりは彼女が魔法で打ち上げたもので、同時にフィッセルが敵を追跡中。クルニも本当につい先ほどまで戦っていたのだろう、息遣いがやや荒い。とはいえ、目立った負傷はしていない様子で何よりだ。
「クルニ、まずは追跡するぞ!」
「はいっす! 先生、追いかけながら話すっすよ!」
「ああ、分かった」
さて、クルニと無事合流出来たとはいえ、のんびり足を止めている場合ではない。彼女もフィッセルも簡単に不覚を取る手合いではないが、万が一は考えなければならん。そしてここまで来て、ただの夜間観光で終わらせるつもりは毛頭ない。
走り出したクルニの後を、俺とヘンブリッツ君が追う。しかしこの二人のスピードに俺がついていけるかはちょっと不安が残るな。あんまり飛ばされると戦闘前に疲れ切ってしまいそうだ。
「クルニ、相手の印象はどうだ」
「弓使いっす! 相当っすね、追えはするんすけど捕まえられなくて……」
「弓か……」
ここでクルニが苦戦していた理由が分かった。
相手は弓使い。当然、剣士では基本的に相性が悪い。恐らく単純なフィジカル差で追いつけはするものの、その度に弓矢で邪魔をされて足を止められて……の繰り返しだったんだろう。
その意味ではまだ、フィッセルの方がいくらか相性は良さそうであった。魔術師なら射程距離の差はある程度潰せるし、フィッセルは剣技も十分。むしろ接近戦の方が本職である。
しかし、クルニをして相当だと唸らせる弓使いというのは、ちょっと俺も戦った経験がない。大体弓使いは近寄れさえすればしばき倒せるものだから。
クルニ相手に捌けている時点で、近接戦でもかなりの手練れなのだろう。弓というとジョシュアと行動を共にしていたミスティが背負っていた記憶が蘇るが、イド・インヴィシウス相手では使う場面がなかった。
一言でまとめると、対人かつ遠距離ではめっぽう強い武器。というか多分、魔法を除けばほぼ最強である。無論、当人の技術に強く依存する点はあるものの、それは剣でもそう変わらない。
更にこの暗闇、どこから矢が飛んできてもおかしくない。うっかり射抜かれないように注意しなければ。その辺りはフィッセルが相手を上手く縫い留めてくれている、と信じたいところだね。
「……見つけた!」
密度の低い雑木林のような場所に突っ込んだ直後、戦闘の音と光を俺の五感が捉えた。フィッセルは魔術師だから、魔術を行使した際に光が漏れるのは結構助かる。普通に見つけやすい。
「フィッセル!」
「! ……先生?」
クルニ、ヘンブリッツ君に続いて戦場に滑り込む。やっぱりこの三人だと俺の足が一番遅いな。置いていかれなくて助かったよ。
俺の声に反応したフィッセルはしかし、その顔と視線を俺の方には向けず。相手方から視線を逸らさないまま、声で恐らく俺の存在を認識した。
「フィッセル殿、ご無事で」
「余裕。でも気を付けて。あいつ、相当強い」
ヘンブリッツ君の声掛けにも、彼女は視線を外さない。ずっと前方を睨んでいる。
そして、「相当強い」という短評。フィッセルが対戦相手を、それも敵方を褒めることは滅多にしない。彼女のプライドが許さないからだ。
しかしそのプライドをへし曲げてでも、強さへの評価を優先した。つまり、言葉通り相当強い。そもそも、クルニとフィッセルに追われて未だに無事な方がどうかしている。普通は十秒すら持たない。
「……お前たちか、誘拐犯は」
思わず声が零れ落ちる。光の少ない夜中であっても、ある程度活動していれば目は慣れていく。
その中で視界に捉えられたのは、アンバランスな二人組。細身な女性と、見るからに大柄な男性のペアであった。そして男の両脇には人が抱えられている。間違いなくミュイとシンディだ。
「……チッ」
俺たち三人の合流によって、戦況が一瞬停止した。その間、相手側から漏れ出たのは忌々しそうな舌打ち一つ。
忌々しいのはこっちだよ。うちの教え子と娘を攫いやがって。ここまできたら相手が男だろうが女だろうが関係ない。二人まとめて牢屋にぶち込んでやるからな。




