第297話 片田舎のおっさん、祈る
「こちらです!」
先導役の騎士を戦闘に、数騎の馬が駆ける。
騎士団はその名の通り騎士の集まりなので、勿論庁舎には馬房が備えられている。俺がそこに向かうことは今まで一度もなかったけどね。馬に用がないから。
しかし今この時となってくると流石に事情が違う。当然、広範囲を捜索するにしても移動するにしても馬は必須となり、俺も騎士団内で繋養されている馬を拝借しているわけだ。
馬を駆っている間、幾人かの守備隊、騎士、そして魔法師団の所属と思われる人物とすれ違った。やはり全組織を挙げて捜索が行われているのは事実な様子で、ありがたい限りである。
勿論、まだミュイたちが見つかったわけじゃないけれど、事態が収束したらきちんとお礼行脚をしないとな。
アリューシアやヘンブリッツ君は、俺にはこの待遇を受ける資格がある、みたいなことを言っていたが、百歩譲ってそれを認めるにしても横柄になりたくはないからね。
そしていかに夜間とはいえ、これだけ兵がうろついていれば市民の間にも多少の違和感や不安は生じる。でもその辺りは主に守備隊の方々が上手く動いてくれているようだった。
本当に頭が上がらない。お騒がせして申し訳ありません。今夜でケリを付けますのでどうかご勘弁ください。心情としてはこんな感じである。
「……」
馬を走らせる最中、恐らく皆が暗黙の了解的に呼んでいる場所、南東区らしき区域に踏み入れた。
ぽつぽつと家屋が建っているものの、どれも古く、背が低い。暗闇でよくは見えないが、ちらちらと家の影に座り込んでいるであろう人影も見えた。
実際に訪れるのは初めてだが、こういう場所もあるんだな。話として聞くのと実際に目にするのとでは情報量が違う。ミュイはこんなところで生活していたのかと思うと、庇護欲もいくらか駆り立てられるというものだ。
他方、じゃあここに住む皆を救ってあげよう、なんて考えは湧いてこない。土台無理な話であるというのは勿論ある。ただそれ以上に、そもそも俺は善き人であろうとは思っているが、聖人になりたいわけじゃない。
無理なものは無理。割り切りが大事だ。その分、無理ではない範囲は全力で守る。
どれだけ剣技に優れていようとも、所詮は一個人の腕は二本しかなく、手のひらも小さい。すべてを抱えるには、身一つというのは小さすぎる。
身一つで救える数と範囲に限りがあるのなら、沢山の人を動かせる立場になればいい、というのは一理あるにしても。俺自身にそのつもりがまったくないからね。
多少自分の剣の腕に自信が持てるようになって、多少視野が広がったとしてもこの考えは変わらなかった。きっとこれからも変わらないだろう。
「間もなく到着です!」
「分かった!」
特に妨害を受けるでもなく、閑散とした街並みを進むことしばし。先導役の騎士が声をあげる。
周囲からの喧騒は聞こえず。風の音と馬の蹄の音が響くから、多少の雑音は耳に入らない。この先に待ち受けるものが一体何なのか、まだ分からないままであった。
「!」
大通りとまでは言わずとも、少し開けた通りを進んでいると、前方に明かりが見える。恐らく件の馬車の光か、あるいは誰かが灯したか。どちらにせよ、誰かが居ることは確定。
僅かながら静寂に紛れて、戦闘音らしきものも聞こえてくる。金属と金属が激しく触れ合う音。剣戟だ。
つまりまだ、どちらも全滅はしていない。騎士団が優勢だと大変に助かるんだが、それはもう少し近付かないと分からないこと。馬は快足を飛ばしてくれているが、それでもこの猶予はまどろっこしく感じてしまうね。
「――っだりゃあ!」
「ぐ、お……」
俺たちが現場に到着するのと、現場での決着がついたのはほぼ同時。即ち、騎士が不届き者の最後の一人を切り捨てたところであった。
「状況報告!!」
現着するや否や、ヘンブリッツ君が大声をあげる。まずは出だしの第一声でその場の耳目を一瞬にして集めた。合わせて空気が引き締まる。やはり上に立つ者のカリスマというやつは無視出来ないよな。俺にはなかなか真似出来ない芸当だ。
「はっ!! 損害は軽微! えっと……守備隊が数人軽傷! あと、二人逃げました! クルニさんが追っています!」
「……ご苦労!」
なんか戦況報告にしてはえらくたどたどしいというか、拙い印象を抱いちゃったんだけど、これ報告者アデルやんけ。君も動員されてたんだねという感想がまず脳裏に走った。
ヘンブリッツ君も、まあそこまではまだ彼女に求めていないんだろう。多少逡巡した後にご苦労の一言でまとめた感じがある。
その辺りはじっくり教えて、かつ実践を積んでいかないとなかなか難しいであろうことは、俺にも分かる。俺も年だけは取っているからそれなりの取り繕い方というやつは分かるけれど、上位層に合わせられるものかと問われればはっきりと否だ。
アデルにも頑張ってほしい。そういう知識と経験は絶対に無駄にはならないからね。
「クルニが向かった方向は!」
「あっちです!」
さて、アデルへの感想は程々にして、事件に立ち向かわねばならない。
二人を取り逃した。この事態は小さく見えて、大きい。見た感じ、切り伏せられているのは十人にも満たない。つまり相手は大集団ではなかった。
その上で、守備隊十人強、レベリオの騎士二人を相手に逃げ果せている。いやまだ果せてはいないかもしれないが、戦線を離脱出来ただけでも相当な手練れだ。
しかし、騎士の二人というのはクルニとアデルだったか。恐らくエデルもどこかで働いているはず。流石に新人だけで組ませてはいないということかな。
クルニもああ見えて、今では相当腕が立つ。多少の不届き者なら鎧袖一触でしばき倒せるし、追跡に回ったのも頷ける話だ。彼女の化け物じみたフィジカルから逃げ切れる人間はそう多くない。
逆に言うと、クルニでも仕留め切れず追跡するまでに至っている。これは相当に厄介な相手かもしれん。
「馬車の荷は?」
「……子供です! 申し訳ありません! 二人連れていかれました!」
「!」
そんなどこか呑気な感想は、続いた応答によって吹き飛ばされた。
「荷を確認させてくれ!」
「あ、先……あ、いや、指南役殿! あちらです!」
急いで馬から降りて、立ち止まった馬車へ向かう。戦いの現場からはそう離れておらず、守備隊の何人かが馬車を囲んでいるのはすぐに分かった。
不届き者は二人逃げている。そして子供も二人、確保に至っていない。勿論、子供の命は皆すべからく保護されるべきだ。そんなことは分かり切っている。しかし。
「無事か!?」
守備隊の面々がやや驚いた表情をしているが、悪いが今気を回している余裕がない。馬車の後ろから声をかけると、いくつかのくぐもった幼い声が響いた。
数は複数。どう多めに見積もっても十人を超える大人数ではない。暗闇に少し慣れた目を凝らすと、見知った顔を発見した。
「あ、ぇ……ベリル、さん……?」
「フレドーラ……! 無事だったか……!」
生気を失ったような顔つきで小さく呟いたのは、剣魔法科の女子生徒、フレドーラ・エネック。随分と消耗はしているものの、目立った怪我はなさそうで何よりだ。
しかし、やはり誘拐だったとはね。しかもバルトレーンでことに及ぶとはかなり大胆な犯罪だ。余程の裏があるのか、それともただの勘違いした小悪党なのか。
「す、すみ……、ミ、ミュイさんと、シンディさんが……!」
「大丈夫。大丈夫だ。君のせいじゃない。落ち着いて」
誘拐されたことと、ミュイとシンディが未だ囚われの身であること。この二つが彼女の精神を完全にパニックに追いやってしまっている。
俺も冷静ではいられないが、目の前に自分より冷静じゃない人がいると案外落ち着いてしまうものだ。まさかこんなシーンで実感するとは思わなかったけれどね。
勿論、何故こうなるに至ったのかは気になる。気になるが、ここでフレドーラを問い詰めても仕方がない。更に彼女を追い込むだけである。そんなことは俺も流石にしたくない。
「他の子たちも。君たちは国の庇護下に入った。どうか、落ち着いてほしい」
そしてフレドーラの他には、見知らぬ子供が数人。誰もがフレドーラやミュイと同年齢か、やや下あたり。どうやら誘拐犯は性別は問わなかったらしい。
身なりはフレドーラが一番綺麗だけどね。貧しい子を狙ったのだろうか。だがそれなら南東区でやらかす方が効率がいいはずだ。遊びに行くといった彼女たちが巻き込まれた理由は、まだちょっと分からない。まさか貧民街に遊びに来たわけじゃなかろうし。
「ベリル殿。現場の保全は後続と守備隊に任せます故」
「……ああ」
ぐるぐると思考は回るが、答えは出てこない。そこにヘンブリッツ君が待ったをかけ、考えが止まる。
そうだ、今は目の前の事件を解決するのが先。悩むのは後。犯人どもをぶち転がして、ミュイとシンディを取り返した後に考えればいい。
「アデル、クルニが向かった方向へ案内せよ! 馬は必要か!」
「はい! 相当な速さでした! 馬に乗った方が早いかと!」
「よし、使え! 一人早馬を出し、残りは現場の保全だ、後続を待て!」
「はっ!」
ヘンブリッツ君が素早く指示を纏め、クルニの追跡に向かう。俺も再び馬によっこらせだ。結構酷使してしまっているが、何とか耐え忍んでほしいところである。
「行くぞ!」
副団長の号令で再び動きだす。クルニの足跡を追うのは俺とヘンブリッツ君とアデル。クルニが相手を仕留め切れていない場合、アデルでは流石に荷が重い。彼女は案内が終われば後続に合流させるべきだな。まあその辺りの戦力換算を見誤る彼ではないだろう。
とはいえ、まだ疑問は残る。
ミュイとシンディは性格的にはほぼ正反対と言っていいが、どちらにせよ人質として扱いやすい部類ではないはず。それならフレドーラや、他の子をとっ捕まえた方が遥かに言うことを聞かせやすい。
何故あの二人なのか。勿論、騎士団と遭遇して逃げるまでの間に、選んでいられなかったという線は残る。だがそれにしたって、攫った段階である程度分かったはずだ。
あえてその二人をチョイスした理由。その辺りもひっ捕らえれば聞かせてもらえるだろうか。情報収集のためにも出来れば殺したくはないが、ミュイやシンディに危害が及ぶくらいなら迷いなく斬る。それくらいの心持ちで臨もう。
「頼むぞ……!」
わざわざ人質として連れ出された以上、殺される可能性は低い。けれどそれはゼロじゃない。いよいよ捕まるとなれば人質を解放するか、殺すかして逃げる選択肢は大いにある。
フレドーラの命は助かった。だからミュイとシンディも助かる。そんな安易な考え方では駄目だ。
故に、祈らずにはいられない。祈る相手が神様なのか、剣なのか、それとも自分なのかも定まらないままであっても。




