第296話 片田舎のおっさん、動く
「……ふぅっ」
日が落ちたバルトレーン中央区をやや早歩きに。流石に日中ほどの活気はないが、それでも人通りがまばらにでもある辺り、流石都会だなと改めて感心するよ。ビデン村じゃ、日の入と同時に皆が家に籠るのが普通だからね。
「既に守備隊が各所にて動き出しております。騎士も捜索に当たっております故」
「うん、分かってる。ありがとう」
庁舎から共に動いてきたヘンブリッツ君が、俺にくぎを刺す。俺個人が走り回ったって全体の捜索網が広がるわけじゃないからね。ただのオッサンが一人増えたところで、大勢に影響はない。それは俺も分かっているつもりだ。
でもやはり、焦りはある。ヘンブリッツ君とのんびり歩いていていいのかという焦り。それを見越しての言葉だろう。
いやはや、俺はこの一日だけでどれだけ彼に感謝の言葉を述べればよいのか。バルトレーンに来て新しく結ばれた縁としては、この上なく上等なものだ。
勿論、その恵まれた縁に相応しい自身であり続けなければいけない。その類の圧力というものはある。別に直接言われたり気配を当てられたりしているわけじゃないが、そうやって己を律するのも大事なことだと、田舎から引っ張り出されて学ばせてもらった。
いやしかし。ルーシーなんかは割と直接的に文句を言ってきているな……。まあいいや。あいつは例外としておこう。能力的にも立ち位置的にも。
「騎士の士気も高い状態です。先生は何も心配せず、お任せいただければと」
「アリューシア……」
そして忘れてはいけない、レベリオ騎士団の若き団長、アリューシア・シトラス。彼女もまた、伝令からの急報を受けて駆け付けてきてくれた一人であった。
まあ普通に考えて職務を終えて休んでいる時間帯だ。それでも伝令を受けて即座に現れたのは流石、という感情もあるが、同等以上に申し訳なさも湧き出てくる。
「すまないね、夜分に――」
「謝られることではありません。ヘンブリッツから聞いていると思いますが、十分動くに値する案件です」
「そうか……」
言われた通り、まったく同じことをヘンブリッツ君から聞かされたばかりである。それでも縮こまってしまうのはもう、性根としか言いようがないんだろう。
彼女の表情や声色は、嘘を吐いているようには見えない。つまり本当に騎士団が動くに値する事件だということ。俺の立ち合い以外での観察眼なんてどこまで信用していいのか眉唾だが、そう思うことにしないと、俺自身が別の意味で参っちゃいそうだよ。
「むしろ、騎士団にお声がけを頂いて助かりました」
「というと……?」
そんな俺の信条を知ってか知らずか。彼女は再び語り始める。
「特別指南役である先生のお身内の捜索、救出に騎士団が動かなかったとなれば、逆に顰蹙を買う恐れすらあります。先生はそれほどの立ち位置に居るものだと捉えて頂ければ」
「えぇ……?」
続いて飛び出した内容には、流石に首を傾げてしまった。
百歩譲って、これがアリューシアやヘンブリッツ君の個人的な沽券にかかわる、とかならまだ分かるよ。俺も悪くない関係を築けているだろうくらいの自覚はある。
でもレベリオ騎士団全体の評価や見られ方に波及するとは思いもよらなかった。いや思い至りはしていたんだが、俺が思っていたのは逆方向の考えである。即ち、こんな些事で騎士団を動かしては対外的に拙いのではないかという方向だ。
「団長の申す通りです。ベリル殿は王室からの覚えもめでたく、一部貴族筋の評判も良い。それ程の人物の対応を渋ったとあれば、団の沽券にかかわりかねません」
「そ、そう……?」
そしてアリューシアの言にすかさずヘンブリッツ君が追従する。なんだかそんなことを考えている場合ではないんだけれど、ちょっと嫌な汗が出ちゃったよ。
まあ覚えがめでたいというか、陛下やサラキア王太子妃と面識があるのは事実。少なくとも敵対的な関係ではない。
一部貴族ってのはもう間違いなくウォーレン……というかフルームヴェルク辺境伯だ。あと強いて言えばリカノール卿とか、シルヴァキンソン嬢とかになるだろうか。
フルームヴェルク領の夜会に出席した際に言葉を交わした人たち。思い当たる貴族筋としてはその辺りしか居ない。でもあの人たちってマジで一回軽く喋っただけなんだけどな。
俺の常識で考えると、覚えてくれているかどうかもかなり怪しい気がする。でも覚えてるんだろうな。貴族ってのはそういう面子で社会を生き抜いているらしい……ってのは、シュステから教えてもらったことだ。
正直、俺の評価がどこでどう巡っているのかはまったく分からない。俺も特に知ろうとしていなかったというのもある。
けれど実際に、その影響がこんなところに出ていると知ってしまうと、なんとも落ち着かない気分になってしまうね。
とはいえ、アリューシアやヘンブリッツ君からの評価を鵜呑みにしてしまうのも、ちょっと違う気がしている。なんというか、それほんとに? と言いたくなる高評価ばかりが飛び出してくるからだ。
でもそれをお偉い様方に確認しにいく術も度胸も俺には乏しい。なんともむず痒いものである。
「団長! 副団長!」
現在地は中央区から、やや南に寄ったくらいであろうか。スフェンドヤードバニアのディルマハカほどではないにしろ、やはり都市の中心部には目抜き通りというものが存在する。そこの一角を騎士団が抑え、探索の中継拠点としているらしかった。
勿論本拠点はレベリオ騎士団庁舎である。本来ならアリューシアもヘンブリッツ君もそっちに居て然るべきなのだが、何故か前線に出ているのはもう、俺が何かを言うことじゃないんだろうな。
「エヴァンス。首尾は」
「はっ。守備隊と連携し、東区の門は先ほど押さえました。西区の門は魔法師団が押さえています。現在中央区と南区を中心に人員を寄せています」
「結構」
中継地点に居たエヴァンス君から、情報の提供を受ける。もう既に東区と西区を押さえたのは物凄いスピードだ。俺が駆け込んでからまだ一時間も経過していないはず。
しかし、ミュイとシンディとフレドーラ。言ってしまえばこの三人を探すためだけにこれだけの人員が動員されているのだから、改めて考えると凄まじい。それが正しい国家権力の使い方かと問われると、ちょっと迷うくらいには。
でもここまで来たら、俺も本格的に肚を括るべきなのだろう。完全に納得しているかと言えばちょっと怪しいけどさ。
「……既に捜索は大規模に行われています。ですが、手掛かりすら見つかっていません。先生、万が一も」
「……ああ、分かっているつもりだよ」
エヴァンスの報告を聞き終え、アリューシアがやや口調を堅くして論ずる。
ただの事故ならその場から動かない。動けないと言った方が正しい。ここまで捜索の目が伸びている状態で、死体すら上がってこないのはおかしい。普通に動けているなら、騎士団、魔法師団、王国守備隊のいずれかがとうに発見している。
考えたくはないが、本格的に考えなければいけない状況だ。拉致か、隠蔽か。
「……こういう事態は過去にもあったのかい?」
そこまで考えが及んだところで、思わず口が動く。要するに誘拐事件やそれに準ずることがこの首都内で起きたことがあるのかどうか。加えて、騎士団がそれらの捜索に当たったことがあるのかどうか。どうしても気になってしまった。
「少ないながら。ゼロではありません。ただ、その大半は小悪党です。故に計画性にも隠密性にも乏しく、ほとんどは追跡、逮捕出来ています」
「そうか……」
そりゃ犯罪がゼロなんてことはあり得ない。これだけ人も物資も多様なら尚更。
そもそも宵闇の魔手のような小悪党がこそこそ暗躍していた時点で、全ての治安を完璧に維持するのは不可能だ。同様に、被害者を全員救うのも無理。それは俺自身も近しい過去の出来事で、強く痛感した。
でもやはり、ほとんどがお縄になっていると聞くと、少しばかりは安心と信頼が出来る。無論、それを聞いたとて今回の件も同様に終わることが確定したわけじゃないけれど。それに犯人が逮捕されたとしても、その被害者が無事とも限らない。
……俺はこれを聞いてどうしたかったんだろうな。僅かばかりの心理的安全を取りたかったんだろうか。
つい先ほど口から飛び出た言葉ではあるものの、それが行われた心理にやや毒づく。いかんな、再び不安で思考の方向性がごちゃごちゃしてきた。早いところ悪者をひっ捕らえて成敗してやりたいところである。
「伝令! 伝令!」
「!」
日が落ちたバルトレーンの中央区。そこで不安定な精神を宿したまま時を待つことしばし。騎士の一人が馬に乗り、慌てた様子で駆け込んできた。
やっぱり機動力という点で馬の扱いは欠かせないね。俺もヴェスパタに赴いた時に痛感したよ。人の足だけでは、情報の伝達速度に限界があるからな。
「どうした!」
騎士の声に、ヘンブリッツ君が鋭く反応する。こういう時、普通の素人が相手なら様子だけで良い知らせか悪い知らせかある程度分かりそうなものだが、生憎と彼らはあらゆる意味で訓練を積んだプロである。
焦燥の気配こそ窺えるが、声質や表情は極めて事務的。果たしてどう転ぶか。
「東区南方にて所属不明の馬車を発見! 制止命令に従わず戦闘を開始!」
「規模は!」
「相手方は不明! 騎士二名、守備隊十名強が応戦中!」
齎された情報がその場の雰囲気を一気に塗り替える。
正体不明の馬車、御者含め人数は不明。騎士団や守備隊の制止命令に従わず、戦闘に入った。
この連中が、ミュイたちが行方不明となっている原因かどうかは未だ不明。しかし何かしらのやましい背景がなければ、強行突破の選択肢は出てこない。どちらにせよ、騎士団としては捕らえるしかないだろう。
「ご苦労、しばし待て! ……団長」
「ええ」
報告を受けたヘンブリッツ君とアリューシアが数瞬、思案する。
レベリオの騎士が二名に加えて、守備隊も十人以上。馬車一台が相手なら、まあ普通に考えれば十分な戦力だろう。
とはいえそいつらは、魔術師学院の生徒三名を攫うというトンデモをやらかした可能性がある。静観も一つの手段ではあろうが、判断に悩むところだ。
勿論、俺としては飛び出していきたい。しかしそこにミュイが居る未来がまだ確定していない。
「ヘンブリッツ、何名か率いて加勢に向かいなさい。私は総指揮としてここに残ります」
「はっ!」
アリューシアは少し考えた後、ヘンブリッツ君という轟剣の楔を打ち込む作戦を採った。
妥当な判断だと思う。俺に戦略は分からないけれど、ひとまずヘンブリッツ君を投げ込んでおけば、大抵の場合においてぶっちゃけなんとかなる。それくらいの戦闘力を有している個人だ。逆にそれでなんとかならないなら、今応戦している騎士も守備隊も無傷では済まない。
「ベリル殿はどうされますか」
「俺も動いていいなら動くよ。何にせよ、悪事は見逃せない。アリューシア、いいかな?」
「問題ありません。もし他の進展があれば、こちらから早馬を飛ばします」
「ああ、頼むよ」
というわけで、俺もヘンブリッツ君と同行することにした。
これでミュイが見つかれば理想だ。悪党どもをしばき倒して終わり。仮にミュイたちが居なくとも、捜索の手が多方面に伸びている今、いずれは見つかる。それはそれとして、騎士団と交戦している悪者はしばいておくに限る。
「よし! 現場まで我々を案内しろ!」
「はっ!」
先ほど伝令に駆けつけてくれた騎士には悪いが、もうひと働きしてもらうとしよう。俺とヘンブリッツ君、加勢に加わる騎士たちを案内してもらわねば困る。
さて、この先に待っているのは何処のどちら様かな。ただの悪者ならついでに成敗する。ミュイたちに危害を加えた張本人なら、その報いはきっちりと受けてもらう。
俺の娘を攫ったんだ。覚悟はしてもらわないとな。




