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片田舎のおっさん、剣聖になる ~ただの田舎の剣術師範だったのに、大成した弟子たちが俺を放ってくれない件~  作者: 佐賀崎しげる
第十章

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第295話 片田舎のおっさん、落ち着く

 彼は本当にこの時間まで真面目に鍛錬を続けていたのだろう。一目見て疲労感はすぐに分かったし、息も上がっている。それでも突如として現れた俺に対し、すかさず気を遣えるのは流石だと思う。つくづく出来た男だよ。


「すまない、火急の用件が……!」

「承知しました。まずは落ち着いてください」


 修練場内には、ヘンブリッツ君以外の騎士も少なからず居た。彼らもなんだなんだと視線を投げかけてはいるが、積極的に寄ってまではこない。

 恐らく一次対応を副団長に任せるべきと全員が判断したのだろう。一旦手を止め、静観の構えを見せている。本当にあらゆる面で、レベリオ騎士団の錬度は高い。咄嗟の出来事に対し、野次馬が出てこないというのは、当たり前に捉えがちだが凄いことだ。


「よろしければ、場所を変えますか?」

「いや、ここでいいよ。ありがとう」


 ヘンブリッツ君は変わらず俺を気遣ってくれているものの、申し訳ないが時間が惜しい。他の騎士たちに聞かれても特に問題のない内容でもある。

 別に言いふらしたりはしていないけれども、俺が幼子の後見人になっていること自体は隠し立てする必要がないからね。騎士団内であれば尚更であった。


「……ミュイが帰ってこない。学友の二人も行方不明だ。今は魔法師団が捜索に当たってる」

「!」


 端的に事実だけを伝える。俺の言葉を耳にした瞬間、ヘンブリッツ君の纏う空気が変わった。


「申し訳ありません。不躾ですが、今一度確認をさせていただきたい。ミュイ殿と、そのご学友が行方不明である。事実ですか」

「……事実だ。さっき学院の方に向かったらフィッセルと会った。彼女も動いている」

「フィッセル殿も――……承知いたしました」


 俺の言葉に嘘がないか、改めて確認を取るヘンブリッツ君。その姿勢は大事だと思う。当事者の俺としてはやきもきする数瞬であれど、騎士団の幹部としては必要な儀式だ。

 しかし、復唱されるとどうしても嫌な予感は増す。言葉にしようがしまいが事実は変わらないにせよ、人の口からそれを改めて耳にするのは、ちょっと心がざわついてしまう。分かり切ってはいることだが、焦りや不安という負の感情は、任意で出したり消したり出来るものじゃないからな。


「おい!」

「はっ!」


 ヘンブリッツ君が振り返り、同じく鍛錬の時間を過ごしていた騎士を呼びつける。その声にははっきりとした圧力があった。


「団長に伝令を出せ、非常事態だ。それと遅番の騎士を含め手すきの者を全員集めろ。守備隊への連絡も怠るなよ」

「はっ!」


 出された指令は、アリューシアへの伝令と手すきの騎士の召集。

 アリューシアへの伝令はまだ分かる。しかし手すきの騎士も含めて全員呼びつけるのは、流石に大ごとにし過ぎな気がしてきた。いやありがたいことに変わりはないのだが、そこまで初動で動かれると逆にこっちが委縮してしまうというか。なんとも不安定な精神である。


「えっと、ヘンブリッツ君? ありがたいけど、手すきの騎士まで呼ぶのは――」

「何が起きても常に動けるよう、当番が存在しています。ベリル殿の気遣いは無用です」

「あ、ああ……」


 理屈は理解出来る。何かが起きるのを予知するのは土台不可能だから、何かが起きた時に即応するために対応する人員が居る。当たり前だ。

 だが、ミュイが帰ってこないことがその「非常事態」に値するのかどうかは、正直自信が持てなかった。俺にとって大事件であることは違いないが、それはレベリオ騎士団を動かすに値するものなのかと。

 下手をすれば、ヘンブリッツ君の職権乱用にも当たってしまわないだろうか。そんな不安が一抹、脳裏を過る。


 実際、スレナが行方不明となった際、アリューシアはレベリオ騎士団を動かさなかった。動かせなかったと言った方が正しいかもしれないが、つまりはそういうことだ。個人の我が儘で組織を動かすことは本来ならあってはならない。


「いや、ありがたいことなんだ。ありがたいことには違いないが……もし君の立場を危うくするのなら、俺は個人で動くよ……」


 確かにありがたい。この上なく頼りになる。

 でもそれが、ヘンブリッツ君の政治的立場を悪化させる可能性があるのなら、それは俺としても素直に受け止めることが出来ない。

 極論、ミュイとヘンブリッツ君のどっちが大事なんだという、アホみたいな問いになる。そりゃどっちも大切なんだけどさ。


「――ベリル殿。大変失礼ながら、お分かりになっていないご様子ですので申し上げますが」

「う、うん?」


 そういう、定めどころのないふわふわした感情のまま言葉を吐露していると、ヘンブリッツ君の気配がまた一つ変わった。

 なんだか俺が詰められるような雰囲気である。彼はじっと俺の顔を見つめ、はっきりと告げる。


「レベリオ騎士団の特別指南役を務める者のご息女が、行方不明となっている。これは、立派に騎士団が動くべき案件です。何一つとして、心配は無用」

「……そうか。ありがとう」


 彼の真摯な言葉と表情。それにいい意味で中てられたか、俺の波もいくらか落ち着いた。

 つい先ほどまで、俺は騎士団の誰かに協力してもらう気満々だった。何ならアリューシアは難しくとも、ヘンブリッツ君のような幹部を捕まえられれば上々くらいに考えていた。

 それがいざその時になると、本当にそれでいいのか、と揺れてしまう。


 ここまで短時間でコロコロと精神状態が変わること自体が、かなり混乱している証拠。俺も一旦落ち着こう。幸いにも彼の強い言葉を受けて己を見つめ直す瞬間が生じ、結果として動揺が収まった。

 別段それが俺の驕りに繋がるわけじゃないが、使えるものは使っていい。今回の件においてレベリオ騎士団は明確に使える駒になるのだ。その意識をはっきりと持てただけでも大分心持ちが違う。


 今後も同様のことが起きないとも限らない。ミュイに限らず、将来俺の身内が増えた時、おやじ殿やお袋に危機が迫った時なども。

 そうなったら、今度からは余計な遠慮なくレベリオ騎士団を頼ろう。そう決め打つことで、自身の安定を図る。方針として間違っちゃいないはずだし、遠慮なくいっていいと言質を取れたことも大きい。


 しかしご息女。ご息女ときたか。いやまあ対外的な表現をするのならそれが一番穏当かつ妥当なのだろうと思うが、俺も恐らくミュイも、あんまりそういう自覚がなかったものでややむず痒い。

 とはいえ、今後そういう関係に遠慮なくなれたらいいな、くらいの展望は抱えている。そしてその未来をここで潰さないためにも、今を全力で守らねばならない。


「いや、すまない。変なことで慌ててしまった。重ね重ねありがとう」

「いえ、お気になさらず。それがベリル殿の美点でもあるということは、我々一同把握しているつもりです」

「ははは……」


 こんな優柔不断な性格を美点だとはっきり褒められれば、流石に苦笑の一つや二つが漏れ出ても仕方がないだろう。でも、それが本音か褒めそやしかはさておき。そういう言葉を躊躇いなく紡げる男というのは、やはり恰好よく映るね。俺もそうありたいと願いたいものだが、道のりは未だに遠そうであった。


「では私は捜索隊の編成と指揮に。ベリル殿、他に情報は」

「ああ。子供が遊ぶとなれば大体中央区か西区だろうとフィッセルが言っていた。魔法師団はそっちを重点的に探すらしい」

「なるほど……」


 ヘンブリッツ君は俺から伝えられた情報を整理しながら、そのまま修練場から速足で立ち去っていく。俺も今ここに留まる必要性はないので、自然と彼と帯同する形で修練場を後にした。


「ミュイ殿が帰ってくる可能性もゼロではありません。ベリル殿はどうされますか」

「自宅には書置きを残してある。俺も勿論、捜索に加わるよ」

「承知いたしました」


 勿論、彼の言う結末が理想だ。へとへとで家に帰ったらミュイが気まずそうに待っていて、しこたま怒った後に学院、魔法師団、騎士団への謝罪行脚にミュイを連れて向かう。

 これが一番ハッピーで平穏な決着。それを自宅で待つのも、一つの役割ではあると思う。だけどそれは少なくとも、剣士が優先して選ぶ選択肢ではない。

 多分それは、母親の役目になるんだろう。物理的にも俺が分身することは出来ないから、俺以外のもう一人が必要になる。まあ、進捗はすこぶる悪いけれどね。そもそもそういう視点で女性を見るのも失礼に当たるし。


「方針としてはどうなりそうかな」

「魔法師団、守備隊との連携次第ですが……恐らく、中央区から南区を厚めに見ることになるかと」

「南区?」


 さて、頭を切り替えよう。俺も立派な当事者の一人ではあるので、方針は気になる。大まかな指針だけでも聞いておこうかと思っていたところ、ちょっと想定外の単語が耳に入り、思わず聞き返してしまった。

 南区は俺も足を運んだことがあるが、マジで広大な農業地域という感じである。年頃の子供が遊べるスポットなんて何一つない。そりゃ天気のいい日なら眺めは良かろうが、ミュイたちがそれを有難がるかはまた別の話。


「ご学友も含めて三名が同時。単なる事故なら西区でも十分あり得ますが……拉致や誘拐の可能性まで考えますと、当然人通りの少ないエリアを使うはずです」

「っ! ……なるほどね……!」


 言われて合点がいった。やはりこういう思考は俺には向いていないな。流石副団長といったところだろう。

 単なる事故。これも十分あり得る。それでも三人が同時に動けなくなるというのは珍しいが、まあゼロではない。

 しかしヘンブリッツ君の言う通り、拉致や誘拐……平たく言えば事件性のある内容であった場合。中央区や西区のみで完結する可能性が逆に低くなる、ということか。


 人を攫うのは大変だ。大変だが、人混みで溢れかえっている中でやる分には、案外気付かれない。無論、上手くやる必要はあるけれど。

 完全に人通りがない場所なら一気に楽になるが、そういう場所にはそもそも人が居ないし、半端に静かなら騒がれた時に悪目立ちする。


 だから攫う時は喧騒に紛れ、移送する時は闇に紛れる。

 勿論だが、ミュイもシンディもフレドーラも、最低限の抗う力は有している。伊達に魔術師学院で研鑽を積んでいない。

 だがそれはあくまで、年相応でのレベルだ。本物の悪意に晒された時、ミュイはともかくシンディとフレドーラが咄嗟に動けるとは考えにくい。二人は良くも悪くもその空気を知らない。出来れば知らずに過ごせるのが一番だが、どこかで当事者になってしまう可能性は避けられないからな。


「南東区もあることだしね……」

「……ええ。ベリル殿にとってはあまり、耳当たりの良い単語ではないでしょうが……」

「仕方がないよ。そればっかりは」


 南東区。区政として正式名称があるわけではない。あくまで通称というか、非公式な言葉ではある。俺もその存在を知ったのは当然、バルトレーンに越してきてからだ。

 より正確に言えば、ミュイと出会ってから。彼女はそこで生まれ育った孤児だから。

 耳障りが良くないのは事実なれど、それはヘンブリッツ君にとってもそうだろう。治安維持の本丸だからね、レベリオ騎士団は。そのような存在を非公式でも認めたくはないはずだ。


 だが人が集まると自然とそういうものは発生する。言った通り、仕方がない。無論、だからとて放置するのは愚策。そんなことは俺に限らず誰にだって分かっていることだ。

 でも現実、一気に解消は難しい。その辺りは俺なんかでは到底思いつかない様々なしがらみがあるんだろうね。そこまで突っ込むつもりはないからな、流石に。


「……単なる事故ならば、魔法師団が間もなく保護するでしょう。しかしそうでない場合、どちらにせよ捜索の範囲は広げる必要があります」

「分かった。君の判断に従おう」


 ただの事故なら発生した現場で保護出来る。それはまさにその通り。問題はそうでなかった場合に対し、今のうちに手を広げるだけ広げておくこと。

 俺は正直、そこまでの判断にはまったく至れなかった。これこそが、個人の戦闘力とは別で必要な、人の上に立つ資質というやつなのだろう。その意味でも、俺に組織を統率するのは向いていないよ。


「君たちに言うのもお門違いかもしれないが……荒事になったら任せてほしい」

「無論、この上なく頼りにしておりますとも」

「ははは。そうならないことを願いたいけれどね」


 けれど、一人の剣士として譲れない領分はある。更に今回は剣士としてのみならず、親代わりとして譲れない領分も顔を覗かせている。

 何処のどいつがやらかしたのかは分からんが、もしそうであった場合。そして首謀者が抵抗の意思を見せた場合。

 俺には手加減が出来る自信がない。任せてくれとは言ったが、もし踏み越えそうなら止めてほしいくらいだ。


 大事に至っていないことを祈りつつ。俺はヘンブリッツ君とともにしばしの間、情報の伝達と構築を待つことにした。

 動きたいのは山々だけど、俺一人で出来ることはここまで状況が進んだらほとんどない。関係各所が動き始めた今、単独で場を乱す理由もないからね。


 今は待つ。そして機が来たら動く。最速で。

 その構えを忘れず、この時間を耐え忍ぶとしよう。

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― 新着の感想 ―
ベリル自身が早く物事が動いてほしい、見つかってほしい、とやきもきしているのが、こちらまで伝わってしまいました。早く、どこに、いっそうのこと荒ゴトになっても構わないから行方を知りたい。いや読者としては、…
最近ベリルの心の声が多すぎて、話の展開遅すぎる。 心情に機微なのはいいけど、説明臭く感じる。 登場人物間の会話のやり取りでストーリーを展開してほしいなぁ。
ミュイを利用していた残党の怨恨とか?
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