1-86.魔犬(5)
「わぁ。御父様♪セルビオの花が咲いてますわ♪何てキレイなの!」
ロービンスン騎士爵亭に広がる、里山の様に広い中庭に通る散歩道に、ミィーファのほがらかな声が響く。
正午に近い御天道様は、ほど高い。
太陽の方向に高く舞う二羽の鳥だろうか、大きく広げる翼が見える。
セルビオと呼ばれた花は、日差しを受け、七色にきらめく。
「そうだな。香りも良いなぁ」
ロービンスン騎士爵も、微笑む。
彼は左手を、ミィーファの右手とつなぐ。
ミィーファの左手は、母親の右手とつなぐ。
しかしミィーファは、自分の両足で、しっかり歩いている。
タムは微笑みながら、三人の一歩後ろをついて行く。
久しぶりに親子四人で散策する、水入らずの優しいひと時が流れる。
ひょこりと森から、リスの様な小動物が、歩道の端に出て来る。
「あ!仔リスだは♪」
ミィーファは思わず、小走りに走り出す。
仔リスは反射的に、広い芝生の方に逃げてしまう。
「仔リスさん!まってー!」
仔リスはもちろん、全力で逃げる。仔リスにとって不幸だったのは、駆け上がれる木が、周りに無かったことだろうか。
ミィーファは、案外早く駆ける。
「……走ってる……ミィーファが、走ってる……」
メルナ夫人は、ミィーファの元気に走る姿に、ただただ嬉し泣きに泣く。
しかしロービンスン騎士爵は、不思議そうな表情をする。
「……タム」
「はい、父上」
「ササキ勇者殿が優秀な魔道技師なのはわかるが、久しく寝込んでおったミィーファが義足を付けただけで、ああも走り回れるものなのか?」
ロービンスン騎士爵も武人の端くれ、しばらく寝込んだ戦士は、筋力が落ちてしまうことは知っている。
「あぁ」
タムはもっともな疑問だと、楽しげに駆け回るミィーファを見て、うなずく。
「ミィーファが、笹木勇者様からの『すぱっつ』を履いていることは、ご存知ですね」
「うむ」
「あれが、弱った筋肉の所まで広がり、弱った筋力を補強するそうです」
「ほう」
「日常生活を、自然体で暮らすことにより、自然と筋力が鍛えらます。筋力上昇に合わせて『すぱっつ』の補強力を弱めて行くそうで」
「ふむう。なんとも合理的なのだな」
「はい」
タムは尊敬する武良が、また尊敬する父に褒められて嬉しい。
にこにこと微笑んでしまう。
ロービンスン騎士爵は、微笑む息子を、改めて見つめる。
「えと?父上。なにか?」
「ふむ。久しい間に『一角の武人』の顔になった」
彼は、頼もしそうに息子に微笑む。
「あ……ありがとうございます」
タムの頬は尊敬する父に褒められて、照れ臭くて、嬉しくて、ほんのり赤くなる。
「良い導師に出会えたの」
「はい」
キラリ
タムは、母親譲りの清々しい笑顔を、父親に向ける。
「……タム、言霊を交わそう。『御主は我にとって、良き息子なり。誇れる息子なり』」
ロービンスン騎士爵は厳かに、息子に告げる。
「ありがとうございます。『貴方の息子と生まれ、幸せです。悔いなく『我の使命』に、命を捧げます』」
タムは言い終えると、深く一礼する。
……己の腕っ節一つで生き抜く此の世では、例え貴族の子だろうと、死ぬ時は死ぬ。
親・子・兄弟姉妹・夫・妻が、朝出かけて行き、出先で『急死』。
それっきり会えなくなるのは、日常茶飯事である。
『あの時、会話をしておけば』と、後悔のしがちであった。
そこで武人の家では、『言える時に、親子のお互いの礼を済ませて置く』風習がある。遺言とは異なるが。
特に父親が、『息子はちゃんと、どこに出しても恥ずかしくない武人に成長した』と感じ取れた時などに、交わされる。
ある意味『成人の儀式』なのかも知れない。
「タケヨシ勇者殿の元で働くのは、どんな様子かな?」
「あはは。毎日が『驚き』の連続で、気が抜けませんね」
タムは、楽しげに微笑む。
「『ミィーファの義足の驚き』の様にか?」
「正に。しかし全ては『勇者様の使命』の為に、笹木勇者様は知恵を絞り、多種多様の一手を、繰り出されます」
「勇者の使命とは、庶民から『信用・信頼を得ること』だな?」
「はい。そして『庶民の命を守りたい』と」
「そうか……タムもか?」
「はい……守る為に、命をかけます。『先に行くこと』に成りましたら、ごめんなさい」
「良い、悔いなく生きよ」
父と息子は、微笑み合う。
「うぅ。タムも『言霊』を交わせる様にまで、成長されましたのね」
母親のメルナ夫人も、またさめざめと泣く。
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次回更新は、10月31日(月)を予定しております。
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