1-22.田畑光子の憂鬱
あけまして、おめでとうございます。
……新年?の御挨拶って、これで良いのでしたっけ?
あ、田畑光子と申します。
曽祖父が召喚者でして、たまに異世界の風習を教えてくれます。
『おぞうに』とか『おせち』とか、食べて見たいなぁ。
あぁ、ひいじいちゃんは、自分が作れる料理以外は、駄目なんで、『こんな風だった』としか伝えられなくて。
なんちゃって『おせち』は、挑戦して見ましたが……ひいじいちゃんは、『無言』でした。
武良勇者様から、『おせち』や『かれー』のレシピを頂けたので、里に帰ったら、挑戦して見ます!
ガバッ!!
田畑光子は、気が付くと同時にベッドに上半身だけ撥ね上げ起こす。
「東郷!!」
くぅん?
寝て居たベッドの直ぐ床から、風牙が顔をあげ、嬉しげに白い尾を降る。
「あら、風牙。狼状態なの?」という事は、此の場は初めて過ごす部屋だが、風牙に取って『気が抜ける』安全な場所と言う訳だ。
おん♪
光子に声を掛けられて、風牙は嬉しそうだ。
とは言え、先に倒れた東郷はどうしたのだろう。
無意識に風牙の頭を撫で様として、右手を自然に挙げて思い出す。
右手の平を眺める。指を、握ったり開いたり。手の平を、何度か回内・回外する。
何ともない。
たしか此の右拳や右腕は、新参勇者のカウンター・パンチで、砕かれて無かったか?
その後、身体ごと激しい回転に陥いって仕舞った所までは、おぼろげに記憶にあるが。
くぅん?
風牙が心配そうに、光子の開いた右手に鼻先を近付ける。
「ありがとう。大丈夫よ♪」光子はそのまま、風牙の頭をグリグリかいぐってやる。
ふぅん♪
風牙は気持ち良さげに、目を細める。
ふと彼は、顔をドアに向ける。
わうーん♪
優しく声を出す。
「? 誰か……」
コンコン
控え目に、ドアがノックされる。
「ど、どうぞ」光子は、戸惑いながら答える。
ガチャ
「よーう♪ 光子。目覚めたか」東郷が厳つい顔に笑顔を浮かべて、空いたドアの隙間から首を突っ込む。
「東郷!!無事なの?!」光子は元気そうな東郷に安堵しながら、里に帰った様な気安い態度の彼を訝しむ。
東郷は、そのまま室内に入って来る。
風牙は立ち上がり、東郷を迎える喜びに、尻尾を大きく降る。
「光子の不寝番を、ありがとう」東郷は、右手での背中を空いてやる。
尻尾は、更に大きいく振られる。
何で『ふたり』は、私の知らない此の部屋で、里の自宅のリビングに寛いで居る様に、全身が安心感に溢れて居るのだろうか?。
「ねぇ、東郷。どう言う状況なの?ここはどこ?」
「ここはまだ、タイ・クォーン教会だよ。教会救護院の入院棟の個室だよ」
光子はその言葉に、現実を思い知る。
「……私達、負けたのね」光子は、呆然として仕舞う。
「あぁ」東郷は、穏やかに応える。
彼はそのまま風牙の前にしゃがみ、風牙の頭を両手で空き始める。
我々『さんにん』は、負けて捕虜と成ったのだ。
ベッドの上で膝を抱え、顔を伏せる。
ううっ。
光子の嗚咽が、漏れる。
光子は、負けた現実に、強い悔しさを感じる。
同時に、鍛えてくれた曽祖父への申し訳なさにも、身を悶える。
曽祖父から受け継いだ強化服にも、済まない気持ちに成る。
あ!強化服!!
光子は赤い目のまま顔を上げ、机やサイドボードへ視線を走らせ、ベルトを探す。
東郷も風牙も、ベルトを携帯して居ない様子だ。
「ねぇ。強化服は!?」
「あぁ。ちゃんと返して貰えるよ。今、整備して貰って居るんだ」
「え?!整備?!」光子は耳を疑う。召喚された曽祖父が指導した、里の開発部の人間しか整備出来無いはずなのに。
「優菜とかが、教会に呼び出されたの?」光子は、里の開発部の親友、山崎優菜の名を上げる。
「いいや」東郷は、風牙の顔の高さにしゃがんだまま、苦笑いする。
「どうかな?歩けそうかな」東郷は立ち上がりながら言う。
光子は思わず、東郷の右脚に視線を走らせる。
「あぁ。脚はもう大丈夫だよ」彼は、笑顔で右脚を軽く上げる。
「ちょっと待ってね」
両足を揃えて、風牙の居る側の床に足を着く。
徐々に、両足に体重を預けて行く。
「よし!」うん。立ち上がっても、ふらつきはしない。
「そうだ。あの日から、何日目なの?」
「2日目の昼前だよ。おぅ!そうだ、腹減ってるだろ。食堂に行こう」
ぐぐぅ
現金にも、光子の腹が鳴る。
「賛成」
◯ ◯ ◯
「お待ちどうー」光子は、トイレから出て来る。
「流石は教会救護院ね、隅々までピッカピカよ♪」
「本当だな。妙な匂いも無いし」一足先に出て居た東郷も、同意する。
匂いと言えば、2日寝込んで居た自分が臭くない事に気が付いた。
その事をつぶやくと「ここは救護院だぜ」と東郷は微笑む。
聞けばベテラン救護士を先頭に、研修救護士数人で朝夕に『清浄魔法』を、入院患者全員に唱えてくれるそうだ。
「年少の救護士も、覚えたての清浄呪文を真剣に唱えてくれるんだ。恐縮するぜ」と、苦笑いする。
わうん♪
穏やかな雰囲気の二人に、フウガも落ち着いて居る。
「此処が食堂だ」
教会の大食堂の大き目のドアを開けて、光子を先に案内する。
「どうもー♪」素直に先にドアに入る。
「あら、ミツコ。無事に目覚めたはね」全身迷彩のキャシーの声で、燃える紅毛の灰眼色白長身巨乳美女が声を掛けて来る。光子と同じ救護院服を着ているはずなのに、この不公平な艶っぽさは何だ?。
「あら、キャシー。素顔は『有象無象がよって来てイヤだ』って、言って無かった?」
「あー。ミツコ」キャシーは、右手人差し指を立てて、チッチッチと指を左右に降る。
「私達の立場を、思い出して」
回りの食堂の座席には、今回一緒に捕らえられた同じ救護院服を着て居る、現世トップクラスの刺客達が、ふてぶてしく座って居る。
女性二人の会話を、苦笑いしながら聞いている
「あ」
そうだ。私達は刺客で。教会敷地に不法侵入して。ここの教会が召喚した!新参勇者の命を狙って。あっさり負けて、拘束中 (今、ここ)……でした。
犯罪者として、十分告発されて仕舞う。
「もし犯罪奴隷に落とされるなら、私の魅力を最大限に表現して、上級お大尽様に、私を最大に高く売りつけないと」
バサッ!
キャシーは誇らしく宣言して、その燃える様な紅髪を、荒々しくかきあげる。
光子はキャシーらしい傲岸不遜さに、思わず苦笑して仕舞う。
そうだ。もう里には、帰れないのかなぁ。
里で、途中の用事とか約束は……
ふと、両親の顔、兄弟の顔、友人達の顔……勝手に思い浮かんで来る。
えー。これが『走馬灯』ってヤツかしら?
『別れの水盃』は済ませて来たので、涙は出ない。
しかし、奴隷の未来を想像すると……
参ったなー
チラリと、東郷を伺う。
彼は隣で、スポッターのハリーと雑談中だ。
二人纏めて、買ってくれないかしら。
ぷうん
!
「ねぇ!この香り!」
思わず隣の東郷右肩に、手を置く。
「あぁ♪ 今日のランチは『生姜焼き』だとさ♪」
二人とも師匠の光子曽祖父に、日中の厳しい修行の後。夕食に『野豚の生姜焼き』を作ってくれた、懐かしい香りだ。
「へぇ。ここの厨房に、生姜焼きを作れる人が居るの?」
「まあね」
「お待ちどうー♪」
厨房から、頭にタオルを巻いた男性が、大きなお盆を抱えて出て来た。
「えっ!?」光子はタオルを巻いた男性の顔を見て、驚いた。
「おや、田畑光子さんも起きれたかい♪ すぐ光子さんの分も出せるから、ちと待ってね」頭にタオルの男性は、にこやかに微笑む。
何と、タイ・クオーン教会召喚の武良勇者様ではないか……つまり、殺気を放って命を狙った相手だ。
「あぁ、武良様。後で、彼女に強化服を見せてあげて宜しいですか」東郷は、殺し合った相手に、気安く声を掛ける。
「あぁ。出来てるよ。少し説明が有るから、待ち合わせよう」と、東郷と簡単に打ち合わせる。
「では、後程」東郷は一礼する。
「うけたまりー♪」と、そそくさと厨房に引っ込む。
「うわー。これも美味しい♪」キャシーは器用に箸を使いながら、感嘆の声を上げる。
「うんうん」
「本当だな」
皆口々に、旨いうまいと、もりもり食べる。
そう言えば此処に居るのは全員、武良様に殺意を向けた物達だ。
殺意を向けられた奴らに、気さくに飯を振る舞えるのかぁ。武良様とは、どう言う人物何だろう?
「お待ちどう♪」
一人分のワンプレートに、山盛りの生姜焼きに大盛り御飯、てんこ盛りサラダが乗っている。
「ほい、こっちも」
これは!「味噌汁!?」
「やっぱり、伝わっているかな?」
「はい、曽祖父が良く作ってくれます」
「さぁ、冷めない内に♪」
「は、はい」慌てて生姜焼きを箸でつまみ、口に運ぶ。
「……美味しい♪」
光子は懐かしい味に、胸がつまる。いや、曽祖父のよりフルーティーで味が深い。
「ねぇ、タケヨシ♪」キャシーが急に武良の背に、豊満な上半身で、しなだれかかる。
「美味しいカクテルも、欲しいなぁ♪私の部屋で二人で味合わない?」
「作れるけど『二人きり』は、もう先約が決まってるんだ」武良は、さり気なくキャシーから離れながら答える。
「あら。一人で召喚されたのでしょ?」
召喚されれば、数年は元の世界に恋人なり妻なりを置いてきぼりに成って仕舞う。だからキャシーは、武良勇者様の現地妻として、ねんごろに成りたいのだ。
「あぁ。言って無かったか。私は何度も自由に『往来』出来るんだ。この生姜焼きの材料も朝一で、私の世界の『市場』で仕入れて来たんだよ」武良は、皆の前にゴロリと爆弾発言を転がす。
「「「「えっ!?」」」」
「初めはセルガさんの召喚術に、ぶつかったんだよ。でも弾いちゃった♪」( てへペロ♪ )
「「「「えぇっ!!」」」」
「その時、セルガさんを逆召喚しちゃって。改めて『招待』を受けたんだよ」
「「「「…………」」」」
現世トップクラスの刺客達が、余りにも理解出来ないデカイ話に、茫然自失に陥る。
くぅん♪
食堂入口で、大人しく寝そべって居た風牙が起き上がり、武良に甘えた声を掛ける。
「あぁ。風牙、ゴメン!君の分も今持って来るよ」
武良は再度、そそくさと厨房に消える。
「まったく!勝てる訳無いじゃん!!」
キャシーは再度やさぐれて、椅子の背もたれに勢い良くのし掛かる。両腕を組んだ中で、巨乳が( たゆん♪ )と揺れる。
セルガ様の召喚術とは、強大な教会聖魔核エネルギーを、全力全開させて行うはずだ。
それを、跳ね返すとは。
更に、逆召喚出来るとは。
「だから、『往復』出来るのか」スポッターのハリーが、重々しく言う。
「……なぁ……じゃぁ、武良様の魔力レベルって、どれ位何だろうか?」まだ衝撃から覚めやらぬ東郷が、つぶやく。
皆、押し黙る。
そうだ。教会聖魔核でさえ、一度の召喚陣と召喚魔法を起動するにも、『何年分か貯めた魔力』が必要なはずだ。しかし武良様は何度も『往復』してると、確かに言った。
ぞくり
改めて武良の『底知れぬ』凄まじさに、全員の背筋が寒くなる。
「お待ちどう♪」
武良は皆の畏怖な視線にも、『どこ吹く風』な笑顔で、骨やブロック生肉を大量に盛り付けたタライの様な大皿を抱えて来て、風牙に持って来る。
風牙はすっくと背を伸ばし、キチンと前脚を揃え、パタパタ尻尾を降り、耳をピンと立てて居る。畜生め。あれは風牙の『最敬礼』のポーズだ。
そうとう喜んでやがるな。
風牙を母狼から取り上げた光子は、( 私や里者以外から、喜んでエサを貰うなんて )と、やや嫉妬が絡んだ複雑な心境だ。
やけ食い気味に、生姜焼き→御飯→サラダ→生姜焼きと、ガツガツ食べる……うー、まー、いー♪
気分が、やや、ほぐれる
ズズッ。
味噌汁も、うまいー♪ ダシ取りが絶妙なんだは。五臓六腑に沁み渡る旨味に、つい風牙への憤慨を忘れる。
バリバリ、バリバリ。
風牙が旨そうに、骨を噛み砕く音が響き始める。
「コーヒーだよ」
「ハイ」キャシーが手を上げる。
「ハイよ。マイク。ハリーとアランにも、回しておくれ」
マイクは、二人に回す。
「うわー♪ いい香り♪」キャシーは、良い笑顔をする。
「はい、玉露だよ♪」光子と東郷の前に、湯呑を置く。
「え!? 曽祖父が、その銘柄を懐かしそうにこぼしたた事が」光子は、目の前の緑茶に目を見張る。
「そうか。じゃあ、曽祖父殿に一箱贈呈させて頂こう。後で里に届けてあげなさい」
皆、武良の言葉に( ぴくり )と、反応する。
え、それって、里に帰って良いの? 捕虜から解放されるの?。
「武良様……我々は、どうなりますか?」
スポッターのハリーが、不安気に問う。
「?……どうって? 今、皆の所属組織からの返事待ちだよ。『すべて不問にするから、皆を何も無かった事にして、引き受ける様に』とね。前代未聞だろうから、返事はもう少し掛かるかもね」
武良は、事も無げに述べる。
不問!? いま、不問って言ったよね。
「はぁ~」キャシーは、あからさまに安堵のため息をつく。
でも、解る。やっぱり奴隷の人生は、イヤだもん。
御読み頂き、ありがとうございます。
登場人物それぞれの『背景』を、キチンと描写したいですが、如何でしょうか。
御意見・御感想を頂ければ幸いです。
次回は、明日、1月6日(水)を予定して居ります。




