第三章 捨て身の跳躍
レン「仕方がない、一旦現場を放棄して、クルー全員の安全を確保する。」
カレン「了解、すぐに離脱をします!」
カレンの咆哮とともに、スター・ガーディアンの船体が悲鳴を上げた。敵艦隊の無骨な巨大船が、まるで捕食者が獲物を逃すまいとするかのように、強力な重力子ビームを放つ。
船体が激しく揺れ、火花がブリッジに飛び散った。
「エンジンの出力が足りないわ! 奴らの重力圏に引っ張られてる!」 ミサキがコンソールを叩きながら叫ぶ。
「エコー、ワープの充填率は!」 レンが冷徹に問いかける。エコーのホログラムは激しく明滅し、船内の電力を限界まで絞り出していた。
「充填率85%……! 司令官、この距離で強引にワープを行えば、船体に歪みが生じる可能性があります。
いわゆる『肉体的なリスク』を伴う乱気流の中へ飛び込むことになりますよ!」
「構わん。全員、衝撃に備えろ!」
レンの決断は、迷いなき戦略だった。
未知の銀河で力尽きるよりも、たとえ船が壊れても、戦術的優位を確保できる場所まで強行突破する。
カレンが操縦桿を限界まで倒す。 「死なないでよ、みんな! ――跳ぶわよ!」
宇宙が、グニャリと歪んだ。 通常のワープとは違う。
まるで泥の中を猛スピードで突き抜けるような、重苦しい衝撃が船内を襲う。
クルーたちは座席に叩きつけられ、意識が遠のく中、エコーのあどけない声が船内に響いた。
「あぁ……やはり、僕の計算よりも少しだけ『乱暴』でしたね。でも、皆さんの生存確率は……うふふ、0.01%から0.02%に上昇しましたよ。素晴らしい!」
その「わずかな生存確率の向上」を告げると同時に、スター・ガーディアンは敵の包囲網を脱出し、荒れ狂う恒星の重力圏の影へと滑り込んだ。
そこは、死にゆく星系の果て。巨大なデブリ(宇宙ゴミ)が密集し、センサーを無効化するほどのノイズが渦巻く「墓場」だった。
「……離脱成功。ここなら、奴らの追跡を一時的に巻ける」 レンが肩で息をしながら、監視モニターを確認する。
ミサキが船体の損壊状況を調べ、眉をひそめた。
「船体外装、30%損傷。ワープエンジンは過負荷でオーバーヒート中。……当分は動けないわね」
アルトは震える手でタブレットを操作し、周囲の環境をスキャンする。
「レン、周囲に……何かがある。デブリに混じって、彼らの文明の『遺物』が浮かんでいる。……あれは、救難信号のようにも見えるが」
エコーがホログラムで現れ、少しだけ表情を曇らせた。 「司令官。先ほど僕がイタズラ……いえ、データ収集をしていた時、敵の通信網に面白いコードを紛れ込ませておきました。
彼らの文明がなぜ死にゆくのか、その『核心的なデータ』です」
エコーは、ホログラムの映像を拡大した。
そこには、死にゆく星系を支配する「彼ら」の苦悩の歴史と、隠された真実が映し出されていた。
「彼らは……ただの侵略者じゃありませんでした。彼ら自身もまた、別の『何者か』によってここへ追いやられ、この死の檻から脱出するために、人類という『鍵』を狙っていたんです」
レンは、モニターに映し出された真実を見つめ、静かに呟いた。
「……戦術を見直す必要があるな。ただ逃げるだけでは、我々も彼らと同じ『被害者』のままだ」
冷徹な戦略家の目に、新たな光が宿る。ただ生き残るためだけではない、次の手が浮かんだようだ。
アルト「レン、おかしく無いか?」
レン「何が?」
アルト「我々が逃げるのは、察知出来ていた筈、奴等は、攻撃を加えて来なかったよな?」
レンは画面上のノイズと化した敵艦隊の航跡を食い入るように見つめていた。
アルトの指摘に、背筋を走る冷たい感触を覚える。
「……確かに。奴らの重力子ビームの出力なら、あの時点で我々を粉砕できたはずだ」
レンの指がコンソールの上を高速で舞い、直前の交戦データを再計算する。
「カレン、あの時の奴らの照準を確認しろ。こちらのエンジン部ではなく、あえて『周囲のデブリ帯』を狙っていたのか?」
カレンは画面に食い入るようにして唸った。
「……本当だ。回避行動の先読みをしてたのかと思ったけど、あれは……狙いを外していたんじゃない。むしろ、私たちが逃げやすいように道を……空けていた?」
ブリッジに不穏な静寂が流れる。
エコーがホログラムとして現れたが、いつもの悪戯めいた笑顔はなく、その表情は硬い。
「アルト、あなたの直感は正しいようです」
エコーはそう言うと、ホログラムを通じて船内のセンサーが捉えていた「奇妙な信号」を増幅させた。
それは物理的な攻撃ではなく、まるで『磁気記録』を上書きするかのような、静かな介入の痕跡だった。
「レン、彼らは我々を逃がしたのではない。……我々に『導かれたい場所』があるのです」
アルトが息を呑む。
「彼らの母星が死にゆく理由……その核心が、我々が今隠れているこのデブリ帯の奥にあるというのか?」
レンは冷徹な眼差しで、深く暗いデブリの影を見据えた。 「罠か、それとも招待か。
どちらにせよ、これ以上逃げ回るだけでは我々が消耗して終わりだ。
アルト、奴らの通信網に残したお前の『コード』は、まだ生きているか?」
「ああ、いつでもアクセスできる」
レン「よし、先に船体の確認、故障があれば、修理、エコー、相手側の詳細な分析、直ちに行う。」
全員「了解」




