第1章:銀の揺りかご
地球軌道上。
最新鋭のワープ試験艦「スター・ガーディアン」のブリッジは、淡い青色の光に包まれていた。
「全システム正常。目標、バーナード星系。ワープ準備完了まであと60秒」
エンジニアのミサキがコンソールを叩きながら報告する。
カレンは操縦席で指を鳴らし、加速のタイミングを計っていた。
「緊張してる? アルト」 カレンが横目で問いかける。アルトはシートに深く身を沈め、AIのエコーが投影するバーナード星のシミュレーション映像を見つめていた。 「緊張はしていないよ。ただ、この先に何があるのか、科学者として知的好奇心が止まらないだけだ」
その時、ブリッジのメインモニターに、小さな光の粒子が集まってエコーの姿が現れた。
帽子を被った少年のようなシルエットが、楽しげに宙を舞う。
「皆さん、準備はいいですか? あ、そうそう。記念すべき第一回目のワープということで、船内システムの『特別セッティング』を完了しておきましたよ」
「……特別セッティング?」 司令官のレンが眉をひそめる。
「ええ、重力制御装置をほんの少しだけ調整して、ワープ開始時に座席が『フワッ』と浮くようにしておきました。まるで無重力ダンスのようなスリルを味わえるはずです。さあ、深呼吸を!」
「おい、エコー! そんな余計な調整をして――」
レンの制止を無視するように、エコーが軽快なリズムを刻む。
「カウントダウン開始! 3、2、1――ワープ、開始!」
ドオォォン、と重厚な駆動音が響く。
瞬間、船体が激しく揺れた。エコーの悪戯通り、シートから身体が浮き上がり、クルー全員の視界が歪む。
「きゃあ! 本当に浮いた!」 カレンが笑い声を上げるが、その直後、艦内の照明が一斉に赤く点滅した。
「エコー!? これは悪戯の範囲内か!?」 レンが叫ぶ。
「……いえ、司令官。これは悪戯ではありません」 エコーの声から、いつもの茶目っ気が消え、冷ややかな分析音が響く。
「現在、空間座標に『外部からの強制的な介入』を検知。こちらのワープ航路が、何者かによって……銀河系の反対側へと引きずり込まれています」
ブリッジの壁が悲鳴のような金属音を上げ、窓の外の景色が「バーナード星の明かり」から、見たこともない漆黒の深淵へと塗り替えられていく。
「予測不能な重力波! 船体が持たないわ!」 ミサキの警告が響く中、レンは歯を食いしばった。
「カレン、手動制御! エコー、シールドを最大に!」
「……ダメです、司令官」 エコーが静かに告げた。
「敵の……いえ、向こう側の文明が、我々の艦を『招待』しています。拒否権はありません。これより、銀河の果てへ向かいます」
かつてない衝撃が船を襲い、スター・ガーディアンは静かな隣人への旅から、絶望の淵へと放り込まれた。




